最終更新:2021/04/14
今までに無い読書体験をしたい人、
幻想小説を読みたい人、
実際読んでみて感じた「??」を共有したい人
…向けの記事です。
「飛ぶ孔雀」あらすじ…?
2018年の山尾悠子の幻想小説。「火が燃え難くなった世界」での人々の群像劇。
前半部分「飛ぶ孔雀」では庭園で二人の少女が孔雀に追われながら火を運ぶ儀式が描かれる。後半部分「不燃性について」では火が燃え難くなる原因になった事故が起こったという「山」へと舞台が移る。
「飛ぶ孔雀」解説…?
お詫びと言い訳
すみません、あらすじをまとめる努力を放棄しましたことをお詫びします。
筆者が本作を読んでいたときの気持ちは、「重力の虹」や「やし酒飲み」の時のそれに近かった。ずばり「何かよくわからないけど、これはすごい気がする」という小学生並みのふんわりとした感触だ。
本作にはあらすじに収まらない部分があまりに多く、普通の小説が備えているような「筋」がつかめない。様々な登場人物たちの行動が章ごとに並行して描かれていき、全体像がはっきりと見えないからだ。
だからこそ、読者は考察欲を刺激される。厳密に分析すれば、各章のつながりを徹底的に洗って筋を描き出すことができるだろう。実際「飛ぶ孔雀 考察」と検索すれば、先達たちの見事な考察がいくつも見られる。
しかし筆者はここで、(考察を披露できなかった罪滅ぼしに)敢えて別の読み方を提案したい。
繰り返されるモチーフ
本作の一見バラバラに見える各章には、思わせぶりかつ微妙な「つながり」が存在する。成長していく石、岩風呂、山の決まった場所に落ちるという雷、「骨」というイメージ、こうした要素が繰り返し登場する。そしてそういった繋がりの元締めとして、「火が燃え難い」という全編に共通する設定があり、「火の燃えづらさ」は作中で「繰り返し」強調される。
設定だけでなく登場人物たちにも「繰り返し」が見られる。変装しながらQの前に何度も姿を現すHや、タロットのようなカードを操る謎の集団、そして最後の最後で再登場を果たす二人の女性たち。名前を、そして時には性別さえも変えながら、彼ら彼女らは何度も読者の前に姿を現す。
実際に本作を読んでみると、どこかで見た気がする要素が繰り返し登場するので、なんとなく話が繋がっているような感覚に陥り、先へ先へと読み進めてしまう。また同じ設定、人物の描写が繰り返されるといっても飽きは感じられず、むしろ再登場時に懐かしささえ感じてしまう。
こうした繰り返されるモチーフのおかげで、筋がつかめない割には不思議とストレスなく読めたのではないだろうか。ちなみにこの手法は作者の最新作「山の人魚と虚ろの王」でも健在だ。
ついでにこちらの映画にも同じような手法が使われていたので。
流されよう!
本作は筋よりも、幻想的な世界観が主な作品であると筆者は思う。その世界観を「小説」という形で表現するために作者は前述のような「絶妙な間で繰り返されるモチーフ」を取り入れたのではないだろうか。いわば、こうした繰り返しは読者がストレスなく読み進めるための補助装置だ。
だとすれば、筋を掴もうともがくのではなく、次々と浴びせられる幻想的な描写に身を任せ、繰り返されるモチーフに助けられながら「流される」読み方をするのも一興だろう。これから本作を読む方は、筋を追うのに疲れたら是非「筋を追わない」読み方を試して欲しい。今までにない読書体験ができるはずだ。
最後に—「鴨が好き」
本作の特徴として「繰り返されるモチーフ」を挙げたが、筆者は以前似たような映像作品を見たことがある。
キューライス(Q rais)氏の2017年の作品「鴨が好き」。この作品もまたあらすじを書こうとしても、「中年男性が散歩がてら公園に鴨の餌やりに行く」としか書けず、それでいてあらすじだけでは表すことのできない何かを含んでいる不思議な作品だ。
顔が赤く染まった長髪の謎の存在、赤い服のカップル、Y好きな謎の監視人、黒い顔のボブカットの女性など、この作品もまた「飛ぶ孔雀」と同様に多くの繰り返されるモチーフを含む。コメント欄には各々が考えた様々な考察が並んでおり、そういった考察に目を通すのも楽しみ方の一つだ。
とはいえ、最初はあえて筋を追わずに、繰り返すモチーフに心地よく身を任せてキューライス氏の不思議な世界を感じてみてはいかがだろうか。イヤホンで視聴するとさらに作品世界に没入できるのでおすすめだ。