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最強の「スタンド」使い? 乙一「The Book」

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   荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」の第四部「ダイヤモンドは砕けない」のスピンオフ「The Book」の解説記事です。

 

 「夏と花火と私の死体」の乙一が、「本」にまつわるスタンドを持つ謎の殺人犯を追うたち東方仗助ら「ダイヤモンドは砕けない」の登場人物たちを描きます。

 

 

 

「The Book」あらすじ

 乙一作品によくあるように*1、複数のストーリーを同時に追う構成になっています。一つ目は第四部の登場人物たちが血塗れの猫をきっかけに殺人犯を追っていくストーリー。二つ目は本作オリジナルキャラである犯人の素性や能力が次第に明かされていく犯人側のストーリーです。

 

 そして三つ目がオリジナルキャラ「飛田明里」のストーリー。ビルの挟間で何か月も過ごした彼女の壮絶な物語は、一体彼女の物語は仗助たちと犯人にどう関わっていくのか。そして被害者を「屋内で交通事故に遭わせた」犯人の能力の正体とは何なのか。最後の最後まで息をつかせない展開が続きます。

 

最強の「スタンド」使い?

 本作で特筆すべきは「スタンド」の扱いのうまさです。「ジョジョの奇妙な冒険」で第三部から登場した設定「スタンド」は、登場人物が守護霊のような存在を持ち(超能力を人間の姿で表現したものという設定もある)、それらが持つ特殊能力を使って戦うという設定。敵味方の「スタンド使い」たちが互いの能力を駆使して戦うスタンドバトルが「ジョジョの奇妙な冒険」の醍醐味の一つですが、本作のスタンドは

 

 いきなりでもうしわけないが、背後霊とか守護霊とかそういう類いのものがボクたちには取り憑いていた。(p75)

 

というつつましい紹介と共に登場します。スタンドバトルもクライマックスまで起こらず、スタンドたちは過度に存在を主張しません

 

 二次創作やノベライズをする際、この手の魅力的な設定を自由に使えるとなるとその便利さゆえについつい濫用してしまうのが人の性です。そして「ぼくがかんがえたさいきょうのスタンド」みたいな陳腐な作品が生まれるのが関の山なのですが、乙一はうまく手綱をとって「スタンド」という設定を使いこなしています。ある意味作者の乙一こそが、作中の人物にも劣らない最強の「スタンド」使いと言えるかもしれません。

 

成功したノベライズ

 第四部で登場したスタンドが活躍する場面ももちろんありますが、どちらかと言えば重点が置かれるのは犯人のスタンドの全貌を解き明かしていくプロセスです。漫画では絵面が映えるスタンドバトル中心、ノベライズではスタンドが発現した経緯や能力に気づくまでのプロセスが中心、というように描く内容の面で原作漫画とノベライズでうまく住み分けがされています。

 

 また犯人のスタンドの特性も小説という媒体ならではのもので、ある種メタフィクション的な面白みがあります。総じて言えば、ノベライズが陥りがちな「原作の文字起こし」という落とし穴を軽々と飛び越えて、「小説でなければ出来ないジョジョ」を実現させた作品と言えるでしょう。

 

 

溢れる原作愛と億泰愛

 基本的に原作を読んでいなくても十分楽しめますが、ジョジョを履修しておくとニヤリとできる箇所も散りばめられており、原作のファンならより一層楽しめること請け合いです。吉良吉影が勤めていたカメユーデパートも登場するし、ディオのあの名言のパロディもでてきます。

 

 ストーリーも、原作の要素をふんだんに盛り込んだ上でよく練られています。例を挙げれば、物語の舞台になる杜王町は「ベッドタウンとして急速に発展した」と原作でさらりと紹介されていたと思います。この設定が、本作では飛田明里がビルの挟間に落とされることにも関わる重要な背景として生かされており、余すところなく原作の設定を使い切っている感がありますね。

 

 また登場人物の面では、虹村億泰が終盤で中々の活躍を見せます。あと一歩で敵に出し抜かれて勝利を逃したり、仗助にスタンド能力を逆手に取られて撃退されたりと、ありていに言えば本編の億泰は戦闘ではあまり良いところがありませんでした。しかし本作ではスタンド「ザ・ハンド」が底知れない能力を持った不気味なスタンドとして描かれ、また本体も相手の裏をかく戦い方をするなど、猪突猛進型だった本編の頃から一皮むけた億泰を見ることができるので、億泰ファンにはお勧めです。

 

 純粋なミステリー小説としても、またジョジョのノベライズとしても非常に面白い作品であり、原作ファンであるかどうかにかかわらず一度は読んでみることをお勧めします。

 

 
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*1:犯人とそれを追う主人公を並行して描くのは、「GOTH」や「暗黒童話」「ワンダーランド」でも見られる乙一作品の典型ともいえる手法だ