Sheep's Bizarre Book Review

邦訳:緬羊書評協会。文系大学生がSFを読むブログです。SFは文理の壁を越えます、多分。

チャレンジ企画 天冥の標×東大世界史 解説編①

最終更新:2021/03/21

 

小川一水の長編SF小説「天冥の標」の中の未来史を、東大世界史の形態で概説する無茶振り企画の第二回。今回から解答・解説編です。

問題及び詳しい企画の説明はこちらの記事からご覧ください。

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

 

解説

解答の方針

リード文は

①既存の国家や国際組織による宇宙開発

②新国家が勃興し主導権を握る

③小惑星国家群と「均質化を図る勢力」の対立

 

という流れを示している。「既存の国家や国際組織」は当然ながら地球の諸勢力を指す。また、「均質化を図る勢力」は指定語句にもある通りロイズ非分極保険社団だとみていいだろう。時代設定が24世紀までであることを加味すれば、ロイズ社団とMHDの覇権確立までは含めなくても良いことがわかる。

 

以上を踏まえると、解答は3つの部分に分けることができる。

①地球主導の宇宙開発(22世紀)

②小惑星国家の台頭(23世紀)

③ロイズ社団と小惑星国家との対立(24世紀)

 

本問は一見540字の大型記述のように見えるが、実際にはこのような180字前後の3つの記述問題の集合だ。あとは指定語句に従ってこれらの記述問題に各々解答していけばよい。基本的には六巻巻末の年表を参考にしつつ、適宜本文から情報を拾っていくことになる。

なお、解説文では本文中の参照箇所を、例えば第六巻part2の50ページの場合には「6②p50」のように示す。

 

 

①地球主導の宇宙開発(22世紀)

対応する指定語句は「救世群」「ノイジーラント」「MHC」の三つ。まずはそれぞれについて解説していこう。

 

救世群

「救世群(プラクティス)」は2015年に初めて確認された感染症「冥王斑」の患者群。冥王斑には症状が治まってもウイルスが体内に残存し、感染能を保ち続けるといいう特徴がある。高い感染力や致死率(原種冥王斑は95%、ウイルス進化後の25世紀末には20%(5①p234))、根本治療薬開発の行き詰まりから、生還者には徹底した隔離が行われてきた。21世紀初頭に患者たちが自分たちの権利の擁護のために作った人権団体が救世群の始まりであり、以来冥王斑生還者の受け入れ母体として、半ば国家のような形態で存在し続けている。

 

救世群は宇宙開発のコストが一時的に低下した2100年に月面への移住を開始し、月面でのヘリウム3の採掘に従事した(5②p83)。ヘリウム3は核燃料として用いられたため、救世群の事業は核融合宇宙船の普及に貢献したと言える。

 

 

ノイジーラント

「ノイジーラント(ノイジーラント大主教国)」の開闢は2110年。北欧極地宇宙機構(NPSA)の宇宙飛行士のジョージ・クリステンセンが開祖である。NPSAが主導する小惑星セナ―セーでの基地建設初期に、閉鎖環境維持機器でトラブルが発生した。酸欠でクリステンセンは一時人事不省に陥り、機器が再び稼働するまでの間に「主神代理ケブネカイセ」の啓示を受けたとされる。こうしてノイジーラントは封建的宗教国家として独立を宣言し、小惑星国家の中でもひときわ風変わりな一国としての歴史を歩み始めた。

 

クリステンセンは人口の少ない小惑星基地での交配の機会を増やすため、国是として同性婚を推奨し、人工繁殖で子孫を増やす方針を定める。結果的にノイジーラントには人工繁殖や肉体改造、同性婚に抵抗を持たないリベラル派が集まり、進取の気性に富む国家として独自性を確立していった(3p220-227)。

 

 

MHC

「MHC」は国連火星可住化委員会(恐らくMars Habitualization Committee)の略称。宇宙開発が軌道に乗った22世紀半ばに「白の革命」計画を火星で行った組織である。「白の革命」計画とは、稲と麦を掛け合わせて稀薄大気・低気温の環境に適応させた新種の穀物を、火星の氷結地下水を利用し大量に栽培し、食料生産と酸素供給を一挙に実現する計画だった。しかし、食用に出来ない品種が研究所から流出し火星全土に拡散。火星の耕地的価値は以後数世紀にわたり失われ、拡散した品種の名をとりこの事件は「レッドリート優占(ドミナンス)」と呼ばれた(5p63-64,237、6②p81-82)。

 

 

補足

以上の指定語句に関する事柄に加え、宇宙への人口流出を助けた要因について記述すれば良いだろう。軌道エレベーターの完成(2145)や、環境破壊技術への規制強化に伴う企業・研究者の星外進出などが挙げられる。あるいは、CPC(包括的人口制御)体制への反発という要素を挙げてもいいかもしれない。

 

また、問題文は「ノイジーラントを中心に」説明せよ、と指示しているが、他の小惑星国家の名を挙げてもよい。例えば、黒色中原人民帝国のルーツは21世紀初頭にコンゴ盆地に流入した中国系技術移民と現地民の交流の結果生まれた混血民だ(3p287、5p374)。国民への軍役義務や、栽培肉を実用化した宇宙農学教授エトワール・鄭を輩出したことで知られる(5p77、370)

 

 

②小惑星国家の台頭(次回)

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

③ロイズ社団と小惑星国家との対立(次々回)

bookreviewofsheep.hatenablog.com