Sheep's Bizarre Book Review

邦訳:緬羊書評協会。文系大学生がSFを読むブログです。SFは文理の壁を越えます、多分。

チャレンジ企画 天冥の標×東大世界史 解説編②

最終更新:2021/03/21

 

小川一水の長編SF小説「天冥の標」の中の人類史を、東大世界史の形態で概説する無茶振り企画の第三回。今回は解答・解説編の第二回となります。

 

 問題及び詳しい企画の説明はこちらの記事からご覧ください。

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

①地球主導の宇宙開発(前回)

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

②小惑星国家の台頭(23世紀)

該当する指定語句は「ケープコッド自由連盟」と「ロイズ社団」の二つ。基本的にはクアッド・ツーの締結と地球保護戦争の発生を大枠として書けばよい。まずはそれぞれの指定語句について説明していこう。

 

 

ケープコッド自由連盟

テミス群に本拠を置く、敬虔なカルヴァン派が主導する保守的国家。当時の小惑星国家の中では比較的歴史が長く、最有力の勢力であった。後述するクアッド・ツーや通称「酔いどれ保険」を巡るロイズ非分極保険社団との対立を経て、2249年に地球と連合し小惑星国家群に対し地球保護戦争を起こす。しかしノイジーラントの「酸素いらず」たちの活躍で敗れ、主星は衰退。戦後の混乱に紛れて多数の国家が独立した(2p78、6②p84-85)なお、地球保護戦争開戦時にケープコッドが行っていた木星大赤斑の宇宙遺跡「チャンク」の探査が、後のドロテアを巡る騒乱の端緒となった。

 

 

ロイズ社団(ロイズ非分極保険社団)

宇宙船の核融合エンジンの普及により核が拡散し、多くの死者が出た前世紀の惨禍への反省から、太陽系諸国は23世紀初頭に「2222年第三次拡張ジュネーヴ条約(通称クアッド・ツー)」を締結する。

 

この条約の最大の特徴は、致命的宇宙戦闘の禁止を掲げ、「いかなる国家・集団・個人も、殺戮を目的とする物理攻撃を・情報攻撃を、先制の形で行ってはならない」という条項を取り入れた点だった。この際、違反者に制裁を加える仲裁調停機関として設立されたのがロイズ非分極保険社団である*1。ロイズ社団は太陽系の中で唯一致命的戦闘能力を持つことが認められ、太陽系最大級の戦艦であるアストライア級法廷戦艦を所有した(3p76、6②p83-84)

 

クアッド・ツーの運用監視機関としての側面を持つ一方、ロイズ社団は保険会社としても隆盛を誇った。戦災被害者の補償のために設けられた基金集金分配部門が行った保険業務が始まりで、「全てのものに箔をつけ、優越せずに治む(Premium on all,rule without supremacy)」のスローガンを掲げ太陽系全体の保険契約を独占した(3p172)。

 

ロイズ社団は太陽系最大の準惑星セレス*2の北極地下のセレス・シティに本拠を構える。ロイズ社団は国ではなく、統治を行わないが、自社の利益を最大にするような保険契約を売り出し、時に太陽系の情勢をも動かす。

 

全盛期のロイズ社団は大数の法則の応用技術を極限まで高め、「太陽系のあらゆるものを対象に保険契約を成立させており、ほとんど何が起きても保険料収入を失う恐れがなくなって」いたという。厳密な保険料率計算が、少数の特殊例が多発して乱されることがないよう、ロイズ社団は太陽系の均質化を望み「非分極」を名乗る。ロイズ社団が進める太陽系の均質化には、こうした動機があったこともおさえておこう。

 

まとめると、ロイズ社団は国際紛争の仲裁調停機関であると同時に貪欲に利益を追求する保険会社で、太陽系に大きな影響を与えるという特異な勢力である。

 

なお、現実で「ロイズ」と言えばイギリスの再保険市場のことであり、こちらのロイズは保険会社ではない。そのため、ロイズ非分極保険社団は現実のロイズとは別物の組織であると考えられる。本稿では混乱を避けるため、天冥の標のロイズは「ロイズ社団」と記述することにしている。

 

 

補足:ノイジーラントの発展

 「ノイジーラント大主教国の例を中心に」という指定があるので、ノイジーラントの動向についても触れておこう。2200年頃からノイジーラントで真空環境下に適応するための「酸素いらず(アンチ・オックス)」化と呼ばれる肉体改造がはじまった。

 

「酸素いらず」は体内に蓄積した電気を使う二酸化炭素還元をはじめとする諸機能により、生身の体で宇宙空間で長時間活動することができる(3p59-60)。また、体内電気を利用したコイルガンの扱いにも長けるが、これはあくまで改造の副産物と考えられる。遺伝子レベルで改造を施すためこの体質は子にも受け継がれ、ノイジーラントは以降「酸素いらず」の国として名を馳せることになった。

 

「酸素いらず」はクアッド・ツー締結後宇宙戦闘で大きな活躍を見せる。従来の宇宙戦闘は遠距離から実体弾やレーザーで攻撃するのが主流だったが、そうした戦法は多くの死者を出しクアッド・ツー違反になるため使えない。もともと「酸素いらず」の体質を生かして他国でのEVA(船外活動)や宇宙戦闘を請け負っていたノイジーラントはここに至り減速強襲という新たな戦術を生み出した。

 

大加速で目標に接近した後、艦を反転させ艦尾を敵に向けて急激に減速し、敵艦に接舷。あとは「殺しすぎない」白兵戦で決着をつける。奇妙な戦術だが、クアッド・ツー体制下では有効であり、地球保護戦争では地球側を苦しめることになった(3p77-78)。

 

地球保護戦争終結後の混乱の中海賊が増加すると、ノイジーラントは「太陽系の治安維持」という名目を掲げて海賊の掃討を行った。少数の例外を除きこれらの軍事活動は各国の軌道専守権*3を尊重したこと、またノイジーラントが各国と用船契約を結び軍艦と兵士を貸与していた(3p242)こともあったせいか、ノイジーラントが国際的に非難されることはなかった。「マッチポンプの傭兵屋」と揶揄されることはあったものの、奇異の目で見られながらも太陽系の警察として国際社会に受け入れられていたようだ。

 

以上を踏まえ、クアッド・ツー締結~地球保護戦争までの流れを中心に、ノイジーラントの動向を盛り込みながら記述していけばよい。

 

 

次回(解説最終回)に続く

③ロイズ社団と小惑星国家との対立(次回)

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*1:本文中の記述から「ロイズの幹部」とされているコニストンが準惑星セレスの地下に湖をつくったのが2208年であるとわかる(3p156)。これは、ロイズ社団の発足が2222年であることや、保険業務の開始がそれ以降であることと矛盾する。あるいは「ロイズの幹部」というのは、現実世界のロイズを指しているのか

*2:現実での発音は「ケレス」になる

*3:排他的経済水域のようなもの