Sheep's Bizarre Book Review

邦訳:緬羊書評協会。文系大学生がSFを読むブログです。SFは文理の壁を越えます、多分。

チャレンジ企画 天冥の標×東大世界史 解説編③

最終更新:2021/03/21

 

小川一水の長編SF小説「天冥の標」の中の未来史を、東大世界史の形態で概説する無茶振り企画の第四回。今回が解説編の最終回となります。

 

 問題及び詳しい企画の説明はこちらから

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

①地球主導の宇宙開発(前々回) 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

②小惑星国家の台頭(前回)

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

③ロイズ社団と小惑星国家との対立(24世紀)

対応する指定語句は「艦隊化ヒューマノイド」「ヴォルガ号事件」「ミールストーム」の三つ。ノイジーラントとロイズ社団の対立を具体例を挙げつつ説明し、ロイズ傘下の星間企業の台頭によるノイジーラントの衰退と太陽系の均質化のはじまりまでを書けばよい。まずはこれまで通り指定語句の説明をしていこう。

 

「艦隊化ヒューマノイド」

24世紀前半にMHDが発売した機械化艦隊。まずはMHDについて解説する。

MHD(マツダ・ヒューマノイド・デバイシス*1)社は23世紀後半にロイズの子会社として設立された*2、地球の旧黒海系企業に連なる古参ロボット企業である。

 

当初は家庭用のメイドロボットを主に扱っていたが、技術開発を進め人型攻撃兵器や大型の多目的土木工作ロボットなど多方面に進出。そしてMHDが各産業で進めてきた自動化の極致ともいえる商品が、艦隊化ヒューマノイドだった。

 

各種のAI宇宙戦艦の集合体にロボット化された整備システム、補給ライン、艦隊司令部や統合参謀本部を加えた自動艦隊で、発売以降人間の戦闘艦に対して全勝している*3。また、艦隊化ヒューマノイド同士を戦わせようとすると自動的に停止するため、MHDと契約した国同士は事実上の不可侵条約を締結したことになる(5p137-138、6①p133-134)。各艦に戦意減殺用のポップでファンシーな迷彩が施されていることも、艦隊化ヒューマノイドが人間の運用する艦隊と戦うことを前提に設計されていることをよく示している。

 

また、MHDの親会社のロイズ社団はクアッド・ツー護持のために太陽系艦隊(システムフリート)という構想を打ち出した。MHDが各国に割引でリースする艦隊化ヒューマノイドを、有事の際に引き上げて大規模の艦隊を編制し、クアッド・ツー違反勢力に対する戦力に充てる、というものである(6②p310)結果的に艦隊化ヒューマノイドはノイジーラントに代わって太陽系の治安維持を一手に担う存在となった。

 

 

「ヴォルガ号事件」

2349年に発生した、ノイジーラント艦隊と艦隊化ヒューマノイドとの小競り合い。2349年秋、汎天体動的共同体(Pan Astro Dynamic Community、通称パナストロ)の主星パラスで発生した誘拐事件の犯人を追ってノイジーラント艦隊が出動した。このうちの一部がパラス近傍でMHD艦と撃ち合いを起こし、ノイジーラント側は軍事演習、MHD側は商業的デモンストレーションと主張したものの激しい戦闘が行われた。最終的にはパナストロの艦隊が介入し衝突は鎮静化した(5p408-410)。

 

 

「ミールストーム」

MHD全面提携の自動化農業企業。別名太陽系食料機構。高品質、低価格の農作物を植物工場で「製造」し、巨大な星間チェーンにのせて太陽系全体に送り届ける。小規模小惑星農家からは「怪物」と称された(5p138)。24世紀には星間流通のコスト低下により、太陽系全体でグローバリゼーションに似た現象が起こり(5p18-19)、地場産業はミールストームのような巨大星間企業におされ衰退していった。

 

 

補足

小惑星国家とロイズ社団の対立例として、他にはドロテアを巡る騒乱が挙げられる。2310年、ケープコッド軍の将校が遺した報告書が世に出て、木星の宇宙遺跡「ドロテア・ワット」が莫大なエネルギーを持つ動力炉として軍事転用できることが判明する。この情報をつかんだ救世群とノイジーラント艦隊、そして海賊組織が当時行方不明になっていたドロテアを巡り三つ巴の戦いを繰り広げた。ロイズ社団は戦闘にこそ参加しなかったものの、戦後処理を巡りノイジーラントと対立した。

 

星間企業への抵抗という面から言えば、パラスの農業組合の取り組みについて書いてもいいだろう。24世紀中ごろ、パラスの個人農家が変異種のリンゴ「明星(アケボシ)」の栽培に成功する。明星はもともと「星のリンゴ」と称され高い人気を誇り、また植物工場では果樹栽培が実現されていなかった(5p132-133)。ミールストームの圧迫を受けていたパラスの農家たちは敢えて広域流通網に明星をのせず(6①p16)、結果明星はパラスの特産品としての地位を確立した。

 

ノイジーラントの動向について補足しておこう。ドロテア騒乱で名を挙げたノイジーラントは以後2335年頃まで「海賊戦争」と呼ばれた掃討戦を行った(5p136)。しかし海賊の減少と共にノイジーラントは次第に存在意義を失い、また艦隊化ヒューマノイドの登場もあって勢力を縮小させた。

 

 

おまけ:ロイズ社団とMHDによる支配体制の確立(25世紀)

参考までに、本問の時代設定からは外れるが25世紀の展開について説明する。25世紀に入ると小惑星帯の独立国家の大半が艦隊化ヒューマノイドを採用し、ロボット市場の7割のシェアをMHDが独占した。

 

こうして「ロイズ社団の保険契約を根拠にMHDが各国に介入する形で、両者が太陽系の立法と行政を支配している」という言説が生まれ、ロイズ社団は否定したものの、事実上はその通りの体制が完成した。

 

ロイズ社団との戦いに敗れたノイジーラントはかねてより進めていた系外惑星への移民計画「ジニ号計画」を推し進め、26世紀初頭には移民船を出発させる目処を立てた。

 

解説は以上です。次回はようやく解答例の提示となります。

 

 

*1:第五巻の断章五では「マツダ・ヒューマノイド・デザイン」となっている。この章は「サインポストB」としてSFマガジン2011年2月号に掲載されたのが初出。7か月後に第五巻が発売されるが、その過程で設定の変更があったと考えられる。これ以降は「デバイシス」表記に統一されるので、本記事でもこちらを採用する

*2:設立の際には「出所のわからない明らかに不自然な数百個の特許申請」があったとされる(5p407)

*3:2500年時点