Sheep's Bizarre Book Review

邦訳:緬羊書評協会。文系大学生がSFを読むブログです。SFは文理の壁を越えます、多分。

チャレンジ企画 天冥の標×東大世界史 反省編

最終更新:2021/03/21

 

 

「チャレンジ企画 天冥の標×東大世界史」の反省など。 企画の説明はこちらから。

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

 

3つの反省点 

①未読者向けの企画だったか?

「天冥の標」を読んだ人向けにするのか、それとも未読の人が「天冥の標」に関心を持つようにするための記事にするのかを決めていなかったこともあり、誰をターゲットにしているのかが不明瞭になっていました。

 

書き終えた今では、「天冥の標を一通り読み終えた人向けに、表立って語られなかった作品世界のバックボーンを整理する」ことに向いている企画だったと思っています。

 

 

②歴史の問題になっていたか?

そもそも小説の中で語られる未来史を題材にしている以上限界はあるわけですが、やはり資料が不足している感は否めませんでした。

 

実際に世界史の記述問題を解く際には、解答に使えそうな歴史的事実を列挙して、取捨選択するというプロセスがあります。

受験生からすれば骨が折れる仕事ですが、今思えばフィルタリングしなければならないほど多くの情報を与えられているのは幸せなことだったのかもしれません。解答のために豊富な材料があるわけですから。

 

今回の企画では解答の中に作中で提示された情報を全て盛り込むに近い状態になり、情報を取捨選択するプロセスが欠落してしまっています。とはいえ、「作品世界のバックボーンの整理」という点から見れば余すところなく情報を拾えたわけで、成功といえるかもしれません。

 

 

③東大世界史らしさはあったか

「タテヨコの世界史」

東大世界史では「ヨコ」と「タテ」で歴史を区切る、というケースが見られます。

 

「ヨコ」は時代を限定して空間的な広がりを捉えるパターン。例としては挙げられるのは、西はセヴァストーポリ、東は旅順に至るまでの広範な地域に及ぶロシアの南下政策がテーマになった2014年の問題。

「タテ」は地域を限定して時間的な広がりを捉えるパターン。例として挙げられるのは、エジプト5000年の歴史を記述させる2011年の問題でしょう。

 

一方、本企画は太陽系全体を対象にしているのに加え、時期も300年と長いのでこのどちらにも当てはまりません。

 

歴史観の提示

また、東大世界史のもう一つの特徴が、解答を通じて一味違った歴史観を提示する、というものです。

 

1990年の問題は第一次世界大戦後の大衆的な政治運動がテーマでした。当時の時代は刑を考えると、前年の1989年にベルリンの壁が崩壊し冷戦が終結に向かっていっていた時期です。東京大学は、「大きな対立構造が消滅した後、大国に押さえつけられていた民族運動が多発する」という冷戦後の展開を予測したかのような歴史観を奇しくも提示していたわけです。

 

ひるがえって本企画を見てみます。提示しているのは「初期には小惑星国家群は独自性を持って発展するが、最終的には星間企業の影響で収斂していく。」という歴史観です。

 

白状すれば、この歴史観は「天冥の標」の中で語られるもの*1をパクッたものに過ぎません。

「人類各所で見られた分極化の、興味深い一例ですな」

「もっとも昨今では、その分極化も一段落して、人類は再び収斂する方向に向かいつつあるようですがね。」

 

(「アウレーリア一統」p228)

 

 

まず事実があり、それをもとに多くの人を納得させる物語をつくっていくのが歴史という営みだと私は勝手に思っています。この理論で行けば、作者が頭に描いた物語が先にあり、それを裏付けるための事実が織りなされていく点で、小説は歴史の対極にあるわけです。小説の中で語られる未来史は本質的に作者の歴史観を反映したものになるわけです。

作者の意図に沿って作問をした本企画は新しい歴史観を提示するというよりも、作者が提示した歴史観の再生産といえるでしょう。

 

 

 

まとめ 

本企画を完遂した感想ですが、歴史を創造することの困難さと、東大世界史の奥深さを思い知らされました。結局、「天冥の標」の世界のバックボーンを整理するのならば、わざわざ東大世界史を持ち出す必要はなかったといささか後悔もしています。

 

コンセプトからして随分謎な企画でしたが、それだけにここまで付き合ってくださった読者の方には感謝しきれません。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

おまけ

本企画の副産物として、政治史にスポットをあてた「天冥の標」の年表のようなものが出来上がったのでお暇な方はどうぞご覧ください。第六巻の巻末に付属しているものとは一味違うものになっているのではないかと思います。

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

 

 

天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ(上)

天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ(上)

  • 作者:小川 一水
  • 発売日: 2013/01/25
  • メディア: Kindle版
 

 

 

 

 

*1:SFマガジンのインタビュー記事での作者の発言も参考にしています。

「悪政を逃れて火星に行く人はけっこういるんじゃないか(中略)それが理由で22世紀から宇宙に出て行った、というのが《天冥》の設定です。この話の2300年時点では、あちこちに亡命政府が作られて、小惑星帯がある種のユートピアになっている。」

(SFマガジン 2012年1月号 p12)