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「球状閃電(英訳版)」(劉慈欣)あらすじと解説

 「三体」シリーズの前日譚「球状閃電」(劉慈欣)のあらすじ(ネタバレなし)と感想です。謎の現象「球電」の正体とは、そして球電兵器を手に入れた人類はどこに向かうのか?邦訳が出ていないので、骨折って読んだ英訳版をもとに紹介します。

 

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 「球状閃電」は劉慈欣の2001年初出の長編SF小説。邦訳は未出版で、原題は「球状闪电」英題は「Ball lightning」です。「三体Ⅱ 黒暗森林」の解説で大森望氏が言及していたので、タイトルは聞いたことがあるという方は多いと思います。

 

 内容は、謎の現象「球電」に魅入られた主人公と球電を軍事転用しようとするヒロインの姿を描くというもの。ジャンルとしては「ミリタリーSF」となっているようです。時系列的には「三体」の前日譚で、丁儀などの「三体」シリーズの人気キャラクターも登場します。

 

ネタバレありのあらすじはこちらから

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「球状閃電」あらすじ

 主人公の陳は14歳の誕生日の夜に両親を失った。ささやかなパーティを開く陳一家の前に突然球状の雷のような物体が出現し、物体がまばゆい光を放った次の瞬間、陳の両親は灰になったのだ。

 

 成長した陳は両親を殺した現象「球電」の研究を始め、球電の軍事転用を渇望する軍の女性科学者林雲(リン・ユン)とタッグを組む。球電研究に生涯を捧げた陳の恩師张彬(チャン・ビン)や、旧ソ連の球電研究者ら先達は球電研究の困難さを諭し、研究から身を引くことを二人に勧める。しかし陳たちは試行錯誤の末、ヘリコプターを使った実験で球電を作り出すことに成功した。

 

軍事転用へ

 さらなる分析のために陳と林雲は物理学者の丁儀(ディン・イー)を研究チームに迎える。丁儀の活躍で球電の思わぬ正体が判明し、林雲はさっそく球電兵器を扱う特殊部隊「曙光」を創設した。

 

 一方で、中国は「敵国(恐らくアメリカ)」との戦争に突入する。敵国の新兵器で空母を沈められた中国側は戦線に球電兵器を投入するが…

 

「球状閃電」解説:球電とはなんぞや

 球電は実在する自然現象です。気象学の分野では「球雷」という呼称が一般的なのだとか。

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 上記の動画のように雷を球状にしたようなオーブが浮遊するいう現象で、目撃報告が非常に少ないこともあり、そのメカニズムはいまだに解明されていないそうな。「球状閃電」の見所の一つは、この球電の正体についての斬新なSF的仮説が提示されるところです。

 

軍事転用の影に

 「ミリタリーSF」である以上、「球状閃電」では当然のように球電が軍事転用されます。純粋な好奇心から丁儀が球電を研究する一方で、林雲はひたすら球電を使った新兵器開発に力を注ぎます。

 

 彼女が球電兵器開発に向ける熱狂的な意欲にはある事情があるのですが、それにしても球電研究が間髪おかずに軍事転用されるのをみて、最初は若干引いてしまいました。さすがは中国、というか…。

 

 このような、兵器開発への異様なモチベーションの高さは、冷戦時代の中国の軍事研究を意識していると思われます。アメリカ、ソ連、イギリス、フランスに続き中国が核実験に成功したのが1964年。原爆を手にした中国は次の目標をミサイルに定め、60年代後半から70年代にかけ有人宇宙船「曙光一号」の開発を推し進めました。

 

 この計画は結局は頓挫したもの、球電兵器を扱う新部隊の名が「曙光(英訳ではDawnlight)」であることからも、劉慈欣が冷戦期の中国の活発な軍事研究を念頭においているのは明らかでしょう*1

 

 こうした背景を考えると、球電研究がすぐさま軍事転用されるのも実は何ら不思議なことではないことに気づきます。「相手に使われる前に、こちらが使う」。要は球電兵器は原爆と同じなんですね。

 

 核分裂反応が発見されると、ナチス・ドイツに先を越されることを危惧してアメリカはすぐにマンハッタン計画を開始しました。林雲が「敵国」に対抗するために球電兵器の開発を進め実戦投入するのもこれと同じことです。いずれにせよ、先端研究の迅速なる軍事転用は決して絵空事ではないことを、「球状閃電」は思い出させます。

 

そして「三体」へ…

 きな臭い話になってしまいましたが、本作は終始殺伐とした雰囲気が続くわけでは決してありません。

 

 球電研究に情熱を燃やした先行研究者たちのドラマや、球電の思わぬ正体とそこから生じる球電兵器のユニークな性質*2、そして陳、林雲、丁儀の三人のラブロマンスなど、見どころは多々あります。中でも、終章「量子の薔薇(訳:筆者)」で示される林雲と陳の恋の結末は、本作ならではの悲しくもロマンチックなものになっています。

 

 また、忘れてはいけないのが「三体」への見事な伏線です。球電の特異な性質がうまく「三体」の中核的設定「智子(ソフォン)」に繋がるのは見事としか言いようがありません。また、ネタばれになるので伏せますが、丁儀以外にももう一人、「三体」の人気キャラクターが終盤で登場します。

 

 SFマガジン2020年12月号によると、「球状閃電」の邦訳出版は「2021年以降」とのことです。「三体」を読んで興味を引かれた方は一足はやく英訳版に手を出してみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

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*1:参考: 

https://w.atwiki.jp/tohokusf/pages/243.html

*2:球電の正体とその性質についての科学的考察は筆者の手に余るのでひとまず置く。有識者に聞いたところ、「プランク定数が大きくなった世界」を想定すると、球電兵器の振る舞いを量子論の立場から扱うことが出来るらしい。