「三体」シリーズの前日譚「球状閃電」(劉慈欣)のあらすじ(ネタバレなし)と感想です。謎の現象「球電」の正体とは?そして球電兵器がもたらす未来とは?
邦訳が出ていないので、骨折って読んだ英訳版をもとに紹介します。
2022/12/21追記: 祝、「三体0 球状閃電」発売!ちゃんと日本語版を読んだ記事も書いたので、よければご覧ください。
「球状閃電」は劉慈欣の2004年の長編SF小説。原題は「球状闪电」英題は「Ball lightning」です。「三体Ⅱ 黒暗森林」の解説で大森望氏が言及していたので、タイトルは聞いたことがあるという方は多いと思います。
時系列的には「三体」の前にあたり、丁儀などのシリーズの人気キャラクターも登場します。
「球状閃電」あらすじ
14歳の誕生日の夜、陳は両親を失った。ささやかなパーティを開く一家の前に突然球状の雷が出現し、まばゆい光を放った次の瞬間、両親は灰になり陳だけが生き残ったのだ。
成長した陳は両親を殺した現象「球電」の研究を始め、球電の軍事転用を渇望する軍の女性科学者林雲(リン・ユン)とタッグを組む。
陳の指導教官を含め、球電のメカニズム解明には多くの研究者や研究機関が挑戦してきたが、満足のいく結果は得られていなかった。その中で、陳たちは試行錯誤の末、ヘリコプターを使った実験で球電を人工的に作り出すことに成功した。
軍事転用へ
さらなる分析のために陳と林雲は物理学者の丁儀(ディン・イー)を研究チームに迎える。丁儀の活躍で球電の思わぬ正体が判明し、林雲はさっそく球電兵器を扱う特殊部隊「曙光」を創設した。
一方で、中国は「敵国」との戦争に突入する。(「三体X 観相之宙」で、雲天明がチラッとこの戦争のことを回想している)敵国の新兵器で大損害を受けた中国側は戦線に球電兵器を投入するが…
「球状閃電」解説:球電とはなんぞや
球電は実在する自然現象です。気象学の分野では「球雷」という呼称が一般的なのだとか。
上記の動画のように雷を球状にしたようなオーブが浮遊するいう現象で、目撃報告が非常に少ないこともあり、そのメカニズムはいまだに解明されていないそうです。
軍事転用の影に
作中では、純粋な好奇心から球電を研究する丁儀と、ひたすら球電を使った新兵器の開発に力を注ぐ林雲の対比が際立ちます。なぜ林雲は球電兵器の開発を強く望むのでしょうか?
恐らく林雲の兵器開発への異様なモチベーションは、冷戦時代の中国の軍事研究を意識していると思われます。
アメリカ、ソ連、イギリス、フランスに続き、中国が核実験に成功したのが1964年です。原爆を手にした中国は次の目標をミサイルに定め、60年代後半から70年代にかけ有人宇宙船「曙光一号」の開発を推し進めました。
この計画は結局は頓挫したもの、球電兵器を扱う新部隊の名が「曙光(英訳ではDawnlight)」であることからも、劉慈欣が冷戦期の中国の活発な軍事研究を念頭においているのは明らかでしょう*1。
こうした背景を考えると、球電研究がすぐさま軍事転用されるのも実は何ら不思議なことではないことに気づきます。「相手に使われる前に、こちらが使う」。要は球電兵器は原爆と同じなんですね。
核分裂反応が発見されると、ナチス・ドイツに先を越されることを危惧してアメリカはすぐにマンハッタン計画を開始しました。林雲が「敵国」に対抗するために球電兵器の開発を急ぎ、すぐさま実戦投入するのもこれと同じことです。
いずれにせよ、先端研究の迅速なる軍事転用は決して絵空事ではないことを、「球状閃電」は我々に思い出させます。
そして「三体」へ…
球電研究に情熱を燃やす研究者たちの「プロジェクトX」的なドラマや、球電の思わぬ正体とそこから生じる球電兵器のユニークな性質*2など、本作の見所は盛りだくさんです。
また、終章で書かれる林雲と陳の恋の結末は、SF的な要素を含みつつもロマンチックなものになっています。
そして、忘れてはいけないのが「三体」への見事な伏線です。球電の特異な性質は、見事にソフォンの存在をあぶりだします。また、丁儀以外にもう一人、「三体」の人気キャラクターが終盤で登場するので、三体ファンの方はお楽しみに。
(2022/12/21追記:sheep2015の勘違いでした)
SFマガジン2020年12月号によると、「球状閃電」の邦訳出版は「2021年以降」となっていましたが、冒頭でも触れたように最終的には2022年12月21日の出版となりました。
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*1:参考:
https://w.atwiki.jp/tohokusf/pages/243.html
*2:有識者に聞いたところ、「プランク定数が大きくなった世界」を想定すると、球電兵器の振る舞いを量子論の立場から扱うことが出来るらしい。