Sheep's Bizarre Book Review

邦訳:緬羊書評協会。文系大学生がSFを読むブログです。SFは文理の壁を越えます、多分。

もしも球電が軍事転用されたら? 劉慈欣「球状閃電」

最終更新:2021/04/22

 

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劉慈欣の2001年初出の長編SF小説。邦訳は未出版。原題は「球状闪电」、英題は「Ball lightning」。

大人気シリーズ「三体」の前日譚として、謎の現象「球電」に魅入られた科学者と、球電を軍事転用しようとするヒロインの姿を描く。

 

「三体」を読んだ人、

量子論に興味がある人、

中国産の小説に興味がある人、

英語で歯ごたえのある小説を読みたい人向け

 

 

 

※本記事は下記の英訳版をベースにしています。

 

 

 

 

 

 

「三体」の謎めいた会話

「楊冬の前の恋人か?君はリア充だったんだな」

汪淼は写真を見ながら言った。

「彼女は林雲、球電研究とマクロ原子の発見に際して、鍵となる貢献をした人物です。もし彼女がいなければ、あの発見はなかったと言っても過言じゃない」

(中略)

「彼女はいま、どこにいるんだい?」

あるところに……もしくは、あるいくつかの場所にいます。……ああ、もし彼女が現われてくれたら、どんなにいいことか」

(「三体」p426-427)

 

 「三体」の終盤、三体世界が送り込んだ恐るべき斥候「智子(ソフォン)」に打ちのめされた汪淼(ワン・ミャオ)と丁儀(ディン・イー)が交わす会話の何気ない一部分。英訳版ではカットされているこの会話の背景にあるのが、本作「球状閃電」だ。

 

 

「球状閃電」あらすじ

研究者たち

主人公の陳*1の14歳の誕生日の夜、陳一家の目の前に球状の雷のような物体が突如として出現した。物体がまばゆい光を放った次の瞬間、陳の両親は消滅した。灰にまみれた無傷の衣服だけを残して。

 

成長した陳は両親を殺した球電の研究を始め、球電の軍事転用を渇望する軍の女性科学者林雲(リン・ユン)とタッグを組む。球電研究に生涯を捧げた陳の恩師张彬(チャン・ビン)や、旧ソ連の球電研究者ら先達は球電のメカニズム解明の困難さを諭し、研究から身を引くことを二人に勧める。しかし陳たちは試行錯誤の末、ヘリコプターを使った実験で球電を作り出すことに成功した。

 

軍事転用へ

さらなる分析のために陳と林雲は物理学者の丁儀(ディン・イー)を研究チームに迎える。丁儀の活躍で球電の思わぬ正体が判明し、林雲はさっそく球電兵器を扱う特殊部隊「曙光」を創設する。一方で、中国は「敵国*2」との戦争に突入する。敵国の新兵器で空母を沈められた中国側は戦線に球電兵器を投入するが…

 

 

「球状閃電」解説

球電とはなんぞや

知名度は非常に低いが、実在する自然現象である。気象学の分野では「球雷」という呼称が一般的らしい*3

www.youtube.com

上記の動画のように雷を球状にしたような光球が浮遊するいう現象で、目撃報告が非常に少ないこともあり、そのメカニズムはいまだに解明されていない。本作「球状閃電」はこの球電の正体について、科学的に正しいかは別として斬新なSF的仮説を提示する。

 

 

先端研究と兵器開発

本作では純粋な好奇心から球電を研究する丁儀と、軍事転用のために球電を研究する林雲が好対照をなしている(陳はどちらかと言えば丁儀サイドだが、何しろ陳の一人称で話が進むので傍観者の感が強い)。林雲が新兵器開発にむける熱狂的な意欲の影には彼女自身の壮絶な過去があるのだが、それにしても球電研究が間髪おかずに軍事転用されるのには若干引いてしまった。

 

このような、登場人物たちの兵器開発への異様な意欲の高さは、冷戦時代の中国の軍事研究を意識していると思われる。アメリカ、ソ連、イギリス、フランスに続き中国が核実験に成功したのが1964年。原爆を手にした中国は次の目標をミサイルに定め、60年代後半から70年代にかけ有人宇宙船「曙光一号」の開発を推し進める。球電兵器を扱う新部隊の名が「曙光(英訳ではDawnlight)」であることからも、作者が冷戦期の中国の活発な軍事研究を念頭においているのは明らかだろう*4

 

こうした背景を考えると、球電研究がすぐさま軍事転用されるのも実は何ら不思議なことではないことに気づく。「相手に使われる前に、こちらが使う」。要は球電兵器は原爆と同じなのだ。核分裂反応が発見されるや否や、ナチス・ドイツに先を越されることを危惧してアメリカはマンハッタン計画を開始した*5。林雲が「敵国」に対抗するために球電兵器の開発を進め実戦投入するのもこれと同じことだ。いずれにせよ、先端研究の迅速なる軍事転用は決して絵空事ではないことを、「球状閃電」は我々に思い出させる。

 

 

Quantum Rose

きな臭い話になってしまったが、本作は終始殺伐とした雰囲気が続くわけでは決してない。球電研究に情熱を燃やした先行研究者たちのドラマや、球電の思わぬ正体とそこから生じる球電兵器のユニークな性質*6、そして陳、林雲、丁儀のラブロマンスなど、見どころは多々ある。中でも、終章「量子の薔薇(訳:筆者)」で示される林雲と陳の恋の結末は、悲しくもロマンチックだ。

 

また、忘れてはいけないのが「三体」への見事な伏線だろう。球電の特異な性質がうまく「三体」の中核的設定「智子(ソフォン)」に繋がるのは見事としか言いようがない。また、ネタばれになるので伏せるが、丁儀以外にも「三体」の人気キャラクターが終盤で登場する。

 

英訳版の英語は高校レベルの英語力で十分読める*7ので、是非とも臆せずに読んでみて欲しい。

 

 

 

 

 

 

2021/05/06追記

せっかくなので英訳版の記事も作ってみました。

www.bookreview-of-sheep.com

 

 

*1:本作は陳の一人称で進行する。陳の名前は明かされず、登場人物からも「陳博士」と呼ばれるだけである。

*2:作中でどこの国か明示されることはないが、恐らくアメリカだろう

*3:参考:https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2007/2007_01_0091.pdf

冒頭に挙げた「三体」の引用部分では「球電」表記であること、また「三体Ⅱ 黒暗森林」の後書きでも大森望氏が「球電」と表記していることから、本記事では「球電」と表記している。

*4:参考: 

https://w.atwiki.jp/tohokusf/pages/243.html

*5:作中の敵国との戦争の帰結には、作者がヒロシマ、ナガサキを意識しているともとれる節がある。

*6:球電の正体とその性質についての科学的考察は筆者の手に余るのでひとまず置く。有識者に聞いたところ、「プランク定数が大きくなった世界」を想定すると、球電兵器の振る舞いを量子論の立場から扱うことが出来るらしい。

参考: なにはさておき量子論 第9章 量子忍法

*7:SFマガジン2020年12月号によると、「球状閃電」の邦訳出版は「2021年以降」とのこと。どちらにせよ、「三体」第三部「死神永生」の邦訳が2021年5月に控えていることを考えると、「球状閃電」の邦訳が出るのはまだまだ先と思われる。