ひつじ図書協会

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中国のSF小説がアツい!「月の光 現代中国SFアンソロジー」

 こんにちは、sheep2015です。今回は、中国の短編SFを集めた「月の光 現代中国SFアンソロジー」を紹介します。

 

 

中国SFが最近アツい

 まず、本題に入る前に近年の中国SFについて少し。最近本屋で「三体」という小説を目にしたことがないしょうか?今から3年前の2019年にシリーズ一作目の翻訳が出て以来、日本で大人気になっている中国SFの巨塔です。

 

 

 もちろん、翻訳前から世界でも人気だったようで2019年には全世界での発行部数が2900万部を突破し、オバマ大統領やFacebookの創立者ザッカーバーグ氏も推薦したというまさに国際的なヒット作となっています。

 

 日本国内では「三体」の出版に続いて、シリーズ二作目の「三体Ⅱ 黒暗森林」、三作目の「三体Ⅲ 死神永生」、そして原作者も認めた二次創作こと宝樹の「三体X 観相之宙」と、2019年〜2022年にかけて毎年翻訳が出て、その都度SFファンの多くが「三体」の話題で湧くという「三体旋風」が巻き起こっていました。

 

 しかし、そうやって中国SFといえば劉慈欣の三体、三体といえば中国SF、という状況になりつつあった中で、「中国SFは三体以外もすごい!」と、劉慈欣以外の中国SFを紹介する動きもあり、出版社の枠を超えて「時のきざはし」「移動迷宮」などの中国SFアンソロジーが出版されています。そして、そのうちの一つが今回紹介する「月の光」というわけです。

 

「月の光」のここがすごい

 「月の光」には、「三体」の著者劉慈欣の作品である表題作を含めて、総勢14人の作家の手による16作品が収録されています。今回はそのなかでも、sheep2015おすすめの作品を3つ紹介します。

 

「始皇帝の休日」

 始皇帝がゲームにハマるというトンデモ設定の短編。作者は馬伯庸

 

 「統一国家の成就を機に、朕はこれより休暇をとってゲーム三昧となる」

 中国統一を成し遂げた始皇帝は、休息のためにゲーム漬けの休日を送ると宣言し、諸子百家にイチオシのゲームを差し出すよう命じる。派手なトレーナーを着て完全に休日モードの始皇帝は、法家の勧める「シヴィライゼーション」に始まり、様々なゲームを遊び倒していくが…

 

 ギャグベースのSFなのですが、墨家がタワーディフェンスを勧めたり(墨家は「非攻」を掲げ、守りに徹する思想を唱えた)と、兵家が「コール・オブ・デューティ」を勧めたりと、世界史の授業を思い出しながら読むと楽しめるネタが満載。

 

 なにぶん主人公があの始皇帝なので、当然気に入らないゲームがあると焚書坑儒をかましたりはするのですが、かといって暗い展開になることはありません。短いわりにネタがたくさん詰まっているので、まずはこの作品から読んでみるのをおすすめします。

 

 ちなみに、作中で出てくる「デューク・ニューケム・フォーエバー」というゲームは、熱烈なファンから発売を望まれながらもウン十年も発売を延期した挙句、蓋を開けてみれば時代錯誤ネタ満載のつまらないゲームだった、という所謂「クソゲー」だそうです。

 

「晋陽の雪」

 五代十国時代の小国、北漢の都晋陽が舞台の短編。作者は張冉

 

 宋軍に攻められ籠城中の晋陽では、遠く離れていてもテキストメッセージをやり取りできる「網絡」や、強力な守城兵器など、時代を先取りしたかのような新奇な発明が流通していた。これらの発明を生み出した機関は「東城別院」と呼ばれていたが、その主「王老爺」は公の場に姿を現さない謎の人物だった。

 

 東城別院の発明のおかげで晋陽は宋軍の攻勢をよく防いでいたが、城内では主戦派と降伏派が激しく対立。主戦派と降伏派それぞれの思惑を受けて、主人公は王老爺の秘密を探るために東城別院に潜入するが…。

 

 インターネットやウイスキーのような現代の産物が溢れている都市を舞台にした一種の歴史改変SFです。読んでいるうちに薄々気づく通り、王老爺の正体は未来人なのですが、未来の製品を発明してばらまいている理由が中々面白いのです。あくまで過去人目線で話が進むのもおすすめ。

 

「金色昔日」

 北京オリンピックから日中戦争までの時代を生きた一人の男の生涯を描いた短編。作者は「三体」の公式二次創作「三体X」の作者として名高い宝樹

 

 北京オリンピックの中継を見て胸をときめかせた主人公は、やがて成長して政治運動に加わり天安門事件で恋人を失い、文化大革命では知識人として批判大会でリンチされる。目まぐるしく変わる政治情勢と、かつての恋人と妻に翻弄される主人公は、一体どこに向かうのか。

 

 …このあらすじを見て違和感を覚えた人もいると思いますが、「金色昔日」では歴史が逆行していきます。北京オリンピックの十数年後に天安門事件が起こり、華国鋒の次の指導者として毛沢東が台頭します。この、歴史逆行というアイディアも面白いのですが、本作の魅力はそうした政治情勢の変化と密接に関わりながら主人公の人生が克明に描かれていくところです。

 

 「尾崎行雄は安政の大獄の年に生まれて、「ゴジラ」が公開された年に死んだ。つまり、安政の大獄からゴジラまでの出来事は全部、1人の人間が生きている間に起こってるんだよ」というのが私の日本史の恩師の口癖だったのですが、それと同じように太平洋戦争から北京オリンピックまでの出来事もまた、全部1人の人間が生きている間に起こったのかと改めて実感させられます。

 

 「教科書は現代史をやる前に時間切れ」と歌った人もいましたが、「金色昔日」は「1人の人間の目線で、現代から遡る形で振り返る中国現代史」としてかなり有能なんではないかなと思います。

 

最後に

 ということで「金色昔日」のおすすめ作品を紹介しました。これらの他にも、スマホ中毒が進行しすぎて新しい病気が生まれる「未来病史」や、航空機事故の後にブラックボックスを解析するように、恋人が死ぬ直前の記憶を追体験する「ブレインボックス」など、おすすめの短編が満載です。

 

 「中国のSFに興味はあるけど、三体は長くて読むのが面倒…」という方は、まずは短編集の「月の光」から中国SFを体験してみてはいかがでしょうか。