ひつじ図書協会

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「食」をテーマに6つの小説を紹介

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 個人的におすすめな、「食」に関わる6つの小説を紹介します。ただし、登場する食べ物は若干ゲテモノが多めなのでご注意を。

耳掃除動画的小説 「薬菜飯店」

 主人公はふと都会の裏路地の中華料理屋「薬菜飯店」を訪れる。「鼻突抜爆冬蛤(肥厚性鼻炎治癒)」のように、料理名とその効能が書かれたメニューに、薬の製造許可を得ているという店主による効能の解説。やがて最初の皿が運ばれてきて、今までにない「食事体験」が始まる。

 耳かき動画などで、耳垢がごっそりとれるのを見ると気持ちいいですよね。それをグレードアップさせた快感が得られる小説です。体の奥に溜まった悪いものが出ていくのを見る快感と、おいしそうな料理という組み合わせが最高で、「もし実在したらすぐ行ってみたい」と思うこと間違いなしです。

 

 料理の効能についての店主の説明もいちいち最もらしく、下手な健康食品のCMよりもよっぽど説得力があります。「冷酔漁海驢掌(肝機能賦活)」「熱辣怪湯鍋巴(膝関節炎治癒)」のような料理名も「最もらしさ」を増強していて、見ていて楽しいです。流石筒井康隆。

 

 ちなみに、「薬菜飯店」は「ジョジョの奇妙な冒険」第四部に登場する「レストラン・トラサルディー」の元ネタとも言われています。パール・ジャムは中国仕込みだった…?

 

なぜか美味そう 「宿借りの星」

 「天冥の標」と共に第40回日本SF大賞を受賞した、酉島伝法(とりしま・でんぽう)の長編作品。

 

 舞台は、かつて卑徒と異星人の激しい戦争が行われ、異星人が勝利したとある惑星。ズァングク蘇倶のマガンダラは追放されて咒漠をさ迷っていた。食料が尽き死にかける中、偶然出会ったラホイ蘇倶のマナーゾに助けられ、誼兄弟の盃を交わす。

 

 マルバハシュ倶土にたどり着いたマガンダラは、卑徒は滅んでおらず、形を変えて侵略を続けていることをかつての師から知らされる。卑徒の侵略を止めるため、マガンダラはマナーゾと共に一度は追放された故郷ヌトロガ倶土へ潜入するが...。

 マガンダラも展菜てんさいの包みを開いた。はち切れそうな肉舞ししまいの茹で肉がふた房入っており、葉醨ばじるの香る湯気を立てている。十二条ある触舌したを交互に触れたり離したりしながら摂口くちの中に送り込んでいく。

 普通の食べ物はほとんど登場せず、食事シーンでも上記のように異形の生物が得体の知れないものを食うだけなのですが、なぜか美味しそうに見えてしまうのが不思議なところです。

 

 卑徒ひと(人)、蘇倶そぐ(族)、倶土くに(国)など見慣れない単語が大量に出てきて最初は読みづらく感じるかもしれませんが、読み進めるうちにすいすい読めるようになっていきます*1

 

 肉舞や揚げ蟲、肢々糖などの食べ物に慣れて、終盤で「パン」が登場した時に違和感を覚えるようになれば、もうあなたも「宿借りの星」の世界の住人です。

 

最高の屋台飯 「快楽の都」

 栗本薫の長編大河小説「グイン・サーガ」の中の一巻。シリーズを通読してなくてもある程度は単体でも楽しめるので、入れてみました。

 

 大国ケイロニアの「豹頭王」ことグインは記憶を失い、辺境の地にいた。唯一記憶に残った言葉「パロ」を頼りに、中原の古き国家パロを目指すグイン。かつての仲間たちと合流しつつ旅を続ける中、正体を隠すために一行は「豹頭王グイン」を騙る旅芸人一座に化けるという奇策に出る。

 

 興行は思いがけない成功を収め、評判を耳にした伯爵の招きで「快楽の都」として名高いタイスを訪れた一行。しかし、興行をする中でグインは不穏なものを感じ、「快楽の都」の実情を探るため、タイス最大の色街「ロイチョイ」を訪れるが…

 今回紹介する作品の中で唯一、「普通のごはん」が登場する作品です。グインと連れの傭兵スイランが、ロイチョイの屋台で食べる食事がとにかくおいしそうなんです。ガイドブックに載っていたら絶対食べに行きたいような料理、というか…

 

 「歌舞伎町と祇園と吉原を一緒くたにしたような街」と作者が言う色街ロイチョイが舞台になりますが、一応全年齢向けです。この巻は、割とタイスの観光案内のようなテイなので、ガイドブックとかを読むのが好きな人は楽しめると思います。

 

 「グイン・サーガ」正伝は全部で130巻にのぼりますが、その中でも「タイス編」(110~117巻)は、享楽的で残酷な「快楽の都」タイスの魅力も相まってエンターテインメント性満載です。単体でもある程度楽しめるので、気になる方は読んでみてください。

 

ゲテモノと食文化 「イガヌの雨」

 「いがぬ、いがぬ」「いがぬ、いがぬ」。猿のような頭に三つの目、頭部から突き出るように生えた二つの下肢。ある日空から大量に降ってきた奇妙な生物は、その鳴き声から「イガヌ」と名付けられた。

 

 最初は気味悪がられたイガヌだったが、見た目に反して驚異的に美味しいことが知られてからは一気に世界中の食卓に広まった。栄養バランスも完璧で、イガヌしか食べなくても健康には何の問題もないのだ。

 

 しかし、主人公の美鈴は今まで一度もイガヌを口にしたことが無かった。祖父がイガヌを食べることを固く禁じていたからだ。イガヌの味に世界中が熱狂する中、頑なにイガヌを拒絶する祖父の真意とは。

 めちゃくちゃ気持ち悪い見た目のイガヌ*2を、さもうまそうに食ってる人々の姿がシンプルに怖いです。「千と千尋の神隠し」の最初の方で、千尋の両親がブタになるまで食べ物を貪り食うシーン、あれに通じる怖さがあります。

 

 しかし、本作はただの「ゲテモノ食い小説」ではありません。美鈴の祖父がイガヌを禁じた真意を明かすシーンは、「失われていく食文化」というテーマに深く切り込んだ名シーンです。

 

 ゲテモノ食い小説かと思いきや実は深いテーマ性を持ち、そしてラストシーンには何とも言えない不気味さがある、加藤シゲアキ作品の中でもおすすめの短編です。

 

エイリアンの胃袋をつかめ 「宇宙ラーメン重油味」

 「消化管があるやつは全員客」をモットーに、太陽系外縁部で営業するラーメン屋を描いた、柞刈湯葉(いすかり・ゆば)の短編。

 

 「ラーメン青星」の客のほとんどは系外人(異星人)で、重油を飲んだり軽元素しか食べなかったりと客層は様々。店主のトシオは、そんな多様な客の好みに合わせて「重油味シリコン麺」や「原始銀河化学進化スープ」など創意工夫したラーメンを提供している。

 

 系外人の胃袋に合う一杯のために奮闘するトシオの店を、ある日、視界を覆い尽くすほどの巨大な生物が訪ねてくる。巨大生物は「ラーメンを食わせないと星ごと食ってやる」と言ってきて…

 「宿借りの星」と同じく、人外の食べ物ばっかり登場しますが、なぜかうまそうに見えてしまうのが不思議。「消化管のあるやつは全員客」というトシオの粋な心意気もいいですね。

 

 重力の小さい小惑星で異星人向けにラーメンを作るには、特殊な材料や調理器具が必要になります。豊富なアイディアとDIYの精神でそうした困難を乗り越えてきたトシオが、巨大生物の注文に応えるために奮闘する姿が、見所の一つです。

 

「特別料理」

 推理作家スタンリー・エリンのデビュー作。米澤穂信の「儚い羊たちの祝宴」にも登場しており、こちらの関係で知っている方も多いのではないでしょうか。

 

 主人公は、上司に連れられて「スビローズ」という店を訪れる。メニューは選べない、卓上調味料も酒もないという風変わりな店だったが、出てくる料理は絶品中の絶品。満足する主人公だが、上司はどこか不満気だった。

 

 なんでも、「スビローズ」では数か月に一度、ある「特別料理」が饗されるのだという。「アミルスタン羊」という食材を使ったその料理は、「古今に絶した料理の傑作中の傑作」であると上司は言うのだが…

 ここまで紹介してきた「大衆向け」の料理とは異なり、「特別料理」は「知る人ぞ知る一品」を扱った作品です。夜な夜な「スビローズ」に集う常連客たち、彼らがひたすらに待ち望む特別料理「アミルスタン羊」とはどんな素晴らしい料理なのか?真相は読んで確かめてみてください。

 

 先ほど言った通り、米澤穂信の「儚い羊たちの祝宴」のいわば元ネタとなった作品です。「儚い羊たちの祝宴」は最後の一行で読者を刺してくる選りすぐりの小説が集まった作品なので、是非とも「特別料理」を読んでから読んでみることをお勧めします。

 

最後に

 というわけで、「食」をテーマに6つのおすすめの小説を紹介しました。作中に登場した料理を作ってみるのもこの手の小説の楽しみ方の一つですが、今回はなぜか再現できない(あるいは再現すると色々とアウト)なものが集まってしまいました…

 

 料理を再現するのは無理でも、想像の中で存分に楽しんでいただければ幸いです。それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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www.bookreview-of-sheep.com

 

 

*1:どーしても読みづらい!という方は、解説から先に読むと読みやすくなるかもしれません

*2:ちなみに「イガヌ(iganu)」という名前は「鰻(unagi)」からきているそうです。