Sheep's Bizarre Book Review

邦訳:緬羊書評協会。文系大学生がSFを読むブログです。SFは文理の壁を越えます、多分。

一億総留年への道? ──冬眠で危機をやり過ごす系SF4選

 

「2020年はキャンパスへの入講禁止や味気ないオンライン授業、課外活動の制限のせいでキャンパスライフを満喫出来なかった。だから、今年は無かったことにして、コロナ禍が収束してからもう一度同じ学年をやり直そう──

 

一部の大学生の間で冗談半分に囁かれている「一億総留年論」です。ふざけた考えだと思われるかもしれませんが、中学高校で対面授業が行われているのに依然として多くの大学生がオンライン授業を強いられていることを考えれば、その心も分からないでもありません。

とはいえSFオタクとしては、「危機の一年間を何もしないことでやり過ごす」という考えは人工冬眠みたいで面白く感じるわけです。というわけで今回は、「一億総冬眠で危機をやり過ごす」系のSFを、最近読んだ作品を中心に4つほど紹介していきたいと思います。

 

仮想世界で大騒ぎー「アメリカン・ブッダ」

2020年に出た柴田勝家の短編集。表題作は感染症の拡大やら治安の悪化やらで崩壊した未来のアメリカが舞台。災厄をやり過ごすために国民を仮想世界へと移住させる計画を大企業がぶち上げ、アメリカ国民のほとんどは人工冬眠についた。荒廃した国土をドローンが地道に修復するのを待つ間、彼らの意識は仮想国家「Mアメリカ」の中で繁栄を謳歌していた。そんなある日、現実世界から仏教に帰依したネイティブアメリカンがMアメリカを訪れる…というお話。
ツイッターであらすじを見て、人工冬眠と仮想世界への移住の組み合わせが後述の「守るべき肌」と似ていたので気になって手に取った一冊。表題作以外の短編もおもしろく、人骨やら異端信仰の神体やらが壁から出てくる「邪義の壁」や、時間を逆行して記憶を形作る素粒子が登場する「鏡石異譚」などが好みでした。

 

 

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:柴田 勝家
  • 発売日: 2020/08/20
  • メディア: Kindle版
 

 


現実からの逃避?ー「守るべき肌」

2011年の小川一水の短編集「青い星まで飛んでいけ」所蔵。「大転算」によって人類が計算機の中で生きる存在になった世界に突如現れた少女ツルギをめぐる物語。こちらでは人類は物理的実体を失い、計算機の中で走るプログラムと化している。しかし、計算機の中の世界「ステインレス」は老いや死がなかったり、自分の外見や住環境を自由に変えられたりとかなり彩り豊か。そんな中、ツルギは現実世界の地球に迫る危機をステインレスの住民に訴えるが...
「アメリカン・ブッダ」では人類は現実世界に戻りますが、「守るべき肌」では現実世界を捨てて仮想現実の中で生きることを選びます。荒唐無稽な選択にも思えますが、実際、リア友よりもツイッターのフォロワーの方が仲がいいという人や、宝くじよりもソシャゲのガチャに熱中したりする人もいます。仮想現実に生きる者にとっては、仮想現実こそが守るべきものになることもあるのです。

 

青い星まで飛んでいけ (ハヤカワ文庫JA)

青い星まで飛んでいけ (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:小川 一水
  • 発売日: 2011/03/10
  • メディア: 文庫
 

 

表題作「青い星まで飛んでいけ」については過去に記事を書いていますのでよろしければどうぞ。

 

 

www.bookreview-of-sheep.com

 

 

 

頼りになりすぎる守り人ー「天冥の標 partⅩ」

同じ作者つながりで、2018年に出た小川一水の長編小説「天冥の標」の10パート目より。この巻の「黄昏の眠り」は、わずか800人にまで数を減らした人類が、生活の行き詰まりから人工冬眠を決断するに至るまでの物語です。「人類全体が眠りにつけば復興を成し遂げる者がいなくなり、結局何の解決にもならない」という人工冬眠のデメリットが明示されているのが特徴。

 本作では人類が冬眠している間、限界適応型AIのベッチーナが巨大艦隊を仕立て上げて、復興への糸口を作り出しました。「アメリカン・ブッダ」のドローンたちやネイティブアメリカンたちもそうですが、人類が寝ている間にも現実世界の面倒を見てくれる存在、つまり「守り人」が人工冬眠には必要だと考えさせられます。では、「守り人」がいない人工冬眠はどうなるのか。その末路を示したのが最後に紹介するショートショートです。

 

 

天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)
 

 

 

ある人工冬眠の末路ー「最後の事業」

星新一のショートショートで、1960年代の作品です。社会の喧騒に嫌気がさして、静寂を求めて科学者に伺いを立てる資産家たち。彼らが最後に選んだ手段は、人工冬眠だった。冬眠は大流行し、人類は人工冬眠会社の下っ端社員一人を残し全員が冬眠状態に入る。口うるさい上司もいない一人だけの会社勤めを楽しむ下っ端社員。しかし宇宙人の訪れとともに彼の平安な暮らしは破られる。「我々に侵略の意図はない。食料を探しているのだ。」と訴える宇宙人。しかし社員は宇宙人の言葉が分からないし、頼れる上司たちは冬眠しているしでパニックに陥る。「冷凍食料はないだろうか?」と勢い込んで尋ねる宇宙人を前に、「上司に聞いてくれ」という意味で彼は冬眠室を指し示してしまうのだった。
本作の人工冬眠は「危機をやり過ごすための人工冬眠」ではないですが、頼れる「守り人」がいない人工冬眠の結末をブラックに示した一作です。「2001年宇宙の旅」でも人工冬眠中に殺される乗組員が登場しますが、冬眠中のリスクへの対処を怠るとどうなるかが良く示されています。

 

 

 

 

 

最後に

 人工冬眠を扱った作品を見てきましたが、なんだかんだで人工冬眠にはコストもかかるし、冬眠中に危害を加えられるリスクもあります。留年をするにしてもそれは同様なわけで、空白の一年の分の生活費も余計にかかるし、社会からの冷たい視線に晒されるリスクもあるわけです。コロナ禍の時代に冬眠したくなる気持ちは分かりますが、制限の中でも活動をやめずに、できることを模索するのが上策なのかもしれませんね。