パラグラフが長くなりすぎないように改行をする。テンポが良くなるように読点「、」を挿入する。こうした形式に気をつけるだけで、文章の読みやすさは変わります。改行も読点も一切ない「文字の壁」のような文章は読む気も失せるというものです。
しかし、今回紹介する作品はまさしく「文字の壁」です。本を開けば、改行と読点を極限まで省いた、ページいっぱいにびっちり詰まった文字があなたの目に飛びこんできます。
そんな尖った形式の筒井康隆の長編「虚航船団」を今回は紹介します。
「虚航船団」あらすじ
第一章の舞台はちょっと変わった宇宙船の船内。乗組員が文房具で、ほぼ全員気が狂っていること以外は普通の宇宙船だ。数を数えることしか頭にないナンバリング、異常性欲を持つ糊、絡み屋のホチキス、共意識を持つ雲形定規などなど、ひとりひとりの狂気を順繰りに述べ終わったころに宇宙船に指令艦から命令が届く。命令書は、鼬(イタチ)たちの惑星「クォール」の殲滅を命じていた。
第二章「鼬族十種*1」(ゆうぞくじゅっしゅ)は惑星クォール千年の歴史。イタチたちは種族間で虐殺と戦争を繰り広げながらも文明を発展させ、核兵器を持つに至る。核戦争の危機が高まる中、刑紀999年に「天空よりの殺戮者」が襲来する。これこそ第一章に登場した文具船の襲撃だった。
第三章「神話」は、文具船によるクォール襲撃後の物語だ。クォール各地に散って終わりの見えない掃討作戦を続ける文房具たち、圧倒的科学力の前に敗北するもしぶとく反撃を続けるイタチたち。文房具とイタチの戦いは泥沼にはまっていく。
文字起こしとの類似性
先日、大学の講義の書き起こしをしていて気付いたのですが、読点と改行が極端に少ない「虚航船団」の形式は素起こし(聞こえた通りの文章をそのまま文字におこしたもの)にそっくりです。読点はまだしも、改行を喋っているときに意識することはありませんし、会話文が入ることも滅多にないので講義の素起こしは当然「文字の壁」状態になります。
「虚航船団」が書き起こしに似ているのはわかりましたが、問題はなぜ、筒井康隆がそうしたかです。その気になれば行を空けることは簡単にできますし、会話文で改行することもできたはずです。どうしてわざわざ読みにくい「文字の壁」形式で書いたのでしょうか…
唯野教授の影
「講義の書き起こし」つながりで「文学部唯野教授」と紐づけて考えると、唯野教授よろしく立て板に水の如く語りかけることで、読者を息もつかせず虚構の世界に引きずり込む意図があったのかもしれません。作者の分身たる唯野教授も「虚構」こそが自らのテーマであると言っていますし、説得力はありそうです。
いずれにせよ、 文字を詰めて紙代を節約したかったわけではないことは確かでしょう。なにせ消しゴムが文章を消したせいで、ほとんど真っ白なページもあるくらいですから。他に何か理由を思いついた方がいましたら、コメントで教えてください。
*1:本作に出てくるイタチは、全部でグリソン、クズリ、タイラ、ゾリラ、イイヅナ、オコジョ、スカンク、テン、ミンク、ラテルの10種。グリソンとかイイズナなんて知らんよ...という方はこちらのサイトで詳しく紹介されているので参照されたし。