ひつじ図書協会

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グイン・サーガの「タイス篇」を読もう!!

 

 こんにちは、通勤時間にグイン・サーガを読んでるsheep2015です。今回は、全100巻以上に及ぶグイン・サーガの中の一篇「タイス篇」を紹介します。

 

 

「タイス篇」とは

 「タイス篇」は、グイン・サーガの本伝110巻「快楽の都」に始まり、117巻「暁の脱出」で幕を閉じる*1、一言でいえば「グイン一行がタイスに滞在する」話です。「タイス篇」という呼び方は、作者栗本薫もあとがきの中で使っています。

 

 グインが「快楽の都」タイスになぜ踏み込むことになったのか、本伝のストーリーをざっと振り返ってみましょう。

 

 パロ内乱、そしてアモンとの戦いを経て、再び記憶喪失になったグインは、イシュトヴァーンやスカールとの邂逅を経ながら、放浪を続けます。そして、「ドールに追われる男」イェライシャの助けで義兄弟のマリウスと合流し、少しずつ記憶を取り戻していきます(~「火の山」)

 

 記憶をなくした自分が激しく反応を示した言葉「パロの女王リンダ」に会うために、一路パロを目指すグイン。イシュトヴァーンの落としだね、スーティとその母フロリー、そしてパロの聖騎士伯リギアを仲間に加えますが、ゴーラ王イシュトヴァーンからの追手がかかり、追われる身となります。安全に中原を旅する苦肉の策として、グインはマリウスの発案で「豹頭王グインに扮した大道芸人一座」に扮するという奇策に出るのでした(~「豹頭王の挑戦」)

 

 ちょっと脇道にそれますが、この「豹頭王一座」のメンバー、スーティ以外は全員が連載初期から登場している最古参キャラなんですよね。作中で、「イシュトヴァーンの隠し子とその母、パロの第一王位継承者とパロの聖騎士伯、そしてケイロニア王というとんでもない一行」とか言われていますが、「グイン・サーガ」という物語の中でも最古参ぞろいのなかなかゴージャスなメンツです。

 

 マリウスのキタラの腕前や、グインの「本物」の迫力もあって一座は大評判を呼びます。グインの義兄弟と名乗る、傭兵スイラン(正体はゴーラの間者、ブラン)をしぶしぶ仲間に加えつつも大評判をとりながら旅する一座でしたが、ついに「美と快楽の都」と呼び声高いタイスの支配者、タイス伯爵タイ・ソンからのお呼びがかかるのでした…。

 

 以上が、グインたちがタイスに踏み込むまでのあらすじです。

 

絶妙なゆるさ

 タイス篇の魅力は、「ゆるい」その一言に尽きます。特に、「快楽の都」「水神の祭り」は、栗本薫があとがきでも言っているように、ほとんど「タイスの観光案内」、そしてグインたちのタイス滞在中に開催される「水神祭り」の見どころ案内になっているところもあって、ストーリーもそこそこに、にぎやかなタイスの風景が思う存分に繰り広げられます。

 

ちなみに、この二巻はどちらもセクシー衣装のリギアが表紙を飾っているという共通点もあったり。

 

 こちらの記事でも触れましたが、sheep2015的にはこの「タイス観光案内」で紹介されている食べ物がとにかくおいしそうで好きなんですよね。タイスの歓楽街「ロイチョイ」の屋台で、グインとスイランが「タイス飯」をほおばりながら情報収集をするシーンが大好きです。

 

箸休めとしての「名所案内」

 タイス篇がここまで「ゆるく」なっているのも無理はない事情があって、というのもタイス篇は「パロ内乱編」「ヤガ篇」という二つの大きな、そしてシリアスな山場に挟まれた「箸休め」的なポジションなんですね。

 

 かたや、かつては可愛らしかったレムスが闇落ちして、しかもパロの宮廷が鶏や犬の頭をした貴族たちが舞踏会を繰り広げるようなおぞましい場所に変えられてしまう、なかなか精神衛生上よろしくない「パロ内乱篇」。

 

 そして、何者かの手によってきな臭く、そして恐ろし気な「謎の聖都」にされたミロク教の聖地ヤガを舞台に、なんと外伝の第一巻「七人の魔道師」で登場したキャラが再登場を果たす「ヤガ篇」。

 

 この二つの「山場」の間にあるんですから、多少は「観光案内」になるのも無理はないと思います。それでも、例えば「快楽の都」タイスにあってさえじわじわとミロク教徒が増加していることをさりげなくアピールして、のちのヤガ篇への伏線としたり、なかなか栗本薫も抜け目ないのですが。

 

満を持して現れる「タイス」そして「ガンダル」

 グイン、マリウス、フロリー、リギア。「豹頭王一座」の面子がシリーズの初期から登場している古参だ、という話はしましたが、実は「タイス」そのものも、名前だけはかなりの古参であります。

 

 初出は、第8巻「クリスタルの陰謀」。なんの因果か、リギアがアルド・ナリスとの会話の中で「快楽の都タイス」の話題を出します。

 

 男でも、美しければ色仕掛けはできますけれども、あいてはモンゴールの田舎者で、女よりずっと動かせる者が限られてしまいますもの。これが、快楽の都タイスででもあれば、男も女もないのですけれども。

 

 この時から、「女色も男色もなんでもござれの快楽の都タイス」という構想があったのには、驚きですね。お次の「紅蓮の島」でも名前だけ登場したり、ちょくちょく最初期から顔は見せていたタイスなのでした。

 

 そして、もうひとつの「初期から出てきた名前」が「クムのガンダル」です。こちらは、タイスに遅れること数巻、17巻「三人の放浪者」で登場します。ケイロニアの首都、サイロンを目指す「三人の放浪者」こと、グイン、マリウス、イシュトヴァーンですが、やはり一番人目を集めるのは豹頭のグインです。

 

「しかし、ありゃあ、クムの剣闘士にしたって、たちまち天下取りだろうな。うわさに高い、不敗の帝王ガンダルだって、危ないかもしれないぞ」

「あの男が闘技に出るなら賭けてみたいもんだ」

「おっ、こっちを見た。やはり、あの豹頭本物なのかな」

 

 水神祭りの大闘技会にて、ガンダルと対戦することになったグインですが、実は「ガンダルーグイン」という図式はかなり古く、初登場したときからもう比べられていた二人なのでした。

 

 この後も、ユラニア遠征の際にグインが「噂に聞くクムのガンダルが、被り物をしているのかと思った」と言われたりと、何かと並べられるガンダルとグイン。この二人をぶつけるのは、作者にとっては長年温めてきた構想であり、夢でもあったのかもしれませんね。

 

「快楽の都」のもう一つの姿

「だが、美も快楽も、どちらも死と滅びと恐怖や戦慄とこそ、となりあわせになっているものだよ、そうじゃあないのかい。」

 

 最初に「タイス篇はゆるい」ということを言いましたが、タイスそのものはゆるい場所でもなんでもありません。ひとたび「快楽を提供する側」、マリウスの言葉を借りれば「快楽の奴隷」の側にまわれば、ひどい扱いを受けます。生きたままワニの池に放り込まれたり、ちょっと粗相をしただけで水牢に落とされたり。

 

 こうした、享楽的なタイスと残酷なタイスという二面性があるからこそ、タイス篇はただ能天気な観光案内に終わるのではなく、「タイスからの命がけの脱出行」というドラマチックな展開になっていきます。特に「もう一つの王国」あたりからの、段々裏のタイスが顔を見せ始める流れがとても好きです。

 

明かされるロイチョイの過去「サリア遊郭の聖女」

 最後に、私がタイス篇を読み返すきっかけにもなった、円城寺忍による外伝「サリア遊郭の聖女」について、ちょっと触れておきたいと思います。

 

 2023年3月~5月にかけて、三巻に分けて刊行された「サリア遊郭の聖女」ですが、舞台は「過去のタイス」、具体的には「死の婚礼」の直後の、ナリス暗殺の知らせが届いたころのタイスです。

 

 ミアイル公子暗殺の濡れ衣を着せられ、トーラスから落ち延びてきたマリウスは、ひょんなことから、ロイチョイでの花魁的ポジションを張っている遊女ジャスミン・リーのもとに身を寄せることになります。成り行きで、ロイチョイで発生する遊女見習い誘拐事件を追うことになったマリウスですが、なにやら魔道が事件に関係していることが明らかになり…というあらすじ。

 

 タイトルの「サリア遊郭」とは、ロイチョイにある中原最大の遊郭の名前、ということになっています。本伝では出てこなかった名前ですね。

 

 といっても、本伝の「タイス篇」の舞台はほとんどが紅鶴城、闘技場、そして地下の「もうひとつの王国」で、グインとスイランの「ロイチョイの冒険」以外ではロイチョイが舞台になることはありませんでした。

 

 「ロイチョイは東と西、南の3つの廓に分かれている」「足抜けをしようとした遊女には、厳しい制裁が加えられる」などの基本情報だけで、その実態が明らかになっていなかったロイチョイ。そもそも西と東の廓はどういう経緯で分かれたのか、遊女たちはどんな暮らしをしているのか…など、「ロイチョイの真の姿」が「サリア遊郭の聖女」では明かされます。

 

 マリウスとも後々深い縁ができるあの作中随一の変態キャラが登場したり、実は「水神の祭り」でさりげなく登場していたキャラの子供時代の姿が描かれたりと、ファンサービスも満載です。ぜひ、書店で見かけたら手に取ってみてください。丹野忍の手になるきれいな表紙がとても印象的な一冊です。

 

kindle unlimited で読むタイス篇

 「タイス篇を読めって言っても、文庫本を8巻もそろえるのは…という方におすすめなのがkindle unlimited。kindle unlimitedは、いわば「本のサブスク」で、月額料金を払えば対象の書籍が読み放題になります。(一度に端末に入れられるのは20冊まで)

 

 おりしも、この2023年4月からグインサーガがkindle unlimitedに加わったばかりです。読み放題になったのは、正伝130巻までと、外伝22巻まで。つまり、「豹頭の仮面」から「見知らぬ明日」までの正伝と、「七人の魔道師」から「ヒプノスの回廊」までの外伝、つまりは栗本薫の手になるグインサーガ全巻です。

 

 通勤時間やちょっとしたスキマ時間に、ゆるさはあるけども十分読みごたえはあるタイス篇を、kindleでサクッと読んでみるのはいかがでしょうか?あるいは、「豹頭の仮面」から読み直して、「こんな初期からタイスの名前が!」「フロリーってこんな最初から登場したっけ?」と、タイス篇の歴史(?)の深さに思いをはせてみるのも、いいかもしれませんね。

 

 kindle unlimitedについてはこちらからどうぞ。

 ただし、kindle版のグインサーガには、挿絵は一切入っていないので注意です。加藤直之、天野喜孝、丹野忍の美麗イラストが見たい方は、紙の文庫本で揃えましょう。

*1:タイトルを並べると、「快楽の都」「タイスの魔剣士」「闘王」「もう一つの王国」「紅鶴城の幽霊」「水神の祭り」「闘鬼」「暁の脱出」。