ひつじ図書協会

SFメインの読書ブログ。よく横道にそれます

覆面作家のはなし

 トマス・ピンチョンの「重力の虹」を読んでいる。残り100ページくらい。大学生のころからの積読本なので、読み切れれば7~8年ぶりの積読消化となる。けっこう感慨深い。

 

 内容は第二次世界大戦末期にナチスドイツが開発した、V2ロケットについて。ヨーロッパ大陸から打ち上げて、ロンドンまで届くというこの代物、いわゆる大陸間弾道弾ミサイルのはしりともいえるのだろうか。いつどこに落ちてくるかわからないロケットにロンドン市民がおびえる中、着弾地点を無意識に予想できる男がいて、、、というストーリー。

 

 8年間積んでいたくらいなので結構読みにくく、解説書とか論文とかも出ているみたい。註もたくさんついている。

 

 で、その註の中でちょくちょく言及されるのが、作者のピンチョンが覆面作家であるということ。

 

 賞の受賞を拒んだり、顔写真を公開していなかったり、素性が知れない作家なのだそうだ。

 

 ただ、最新作の「ブリーディング・エッジ」の帯には「76歳」と書いてあるので、結構おじいちゃんらしい。

 

 同じアメリカ人で覆面作家というと、「ライ麦畑でつかまえて」のサリンジャーもいたなぁ、と思い出す。

 

 こちらも同じく顔写真を公開しておらず、プライベートもほとんど謎に包まれているとか。

 

 「作家の人間性と作品の芸術性には関係がない」

 

 予備校の日本史の先生が、文化史の授業の時に言ってた言葉。要は、「明治文豪のクズエピソード」みたいに、どんなに人間性が終わっている人でも素晴らしい作品は書けるし、逆に作者の人間性がどんなにひどくても、作品のすばらしさは変わらない、ということ。

 

 とはいえ、読むときには多少は作者のことも頭に浮かんでしまうわけで、その意味では覆面作家であることは純粋に作品を楽しめるようにという作者から読者への配慮なのかもしれない。

 

 最後にもう一人思い浮かんだ覆面作家、グレッグ・イーガンについて少し。

 

 オーストラリアに拠点を置くSF作家で、人間のアイデンティティをテーマにした短編をたくさん書いているひと。

 

 翻訳のほとんどを山岸真という方が担当しており、「グレッグ・イーガンといえば山岸真」という勝手なイメージがある。

 

 なにかの短編集のあとがきで、山岸さんがグレッグ・イーガンについて「覆面作家であって、ネットでGreg Eganと画像検索してヒットするEganさんはすべて同姓同名の別人」と書かれていたのが、なんとなく記憶に残っている。