ひつじ図書協会

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アヴドゥルの過去に迫る 「野良犬イギー」(乙一)

 「ジョジョの奇妙な冒険」35周年を記念し、「一冊丸ごとジョジョの本」をキャッチコピーに出版された「JOJO magazine 2022 SPRING」。今回はその中に掲載された二つのスピンオフ小説の一つ「野良犬イギー」(乙一)を紹介します。

 

 

あらすじ

 1988年、アメリカ。モハメド・アヴドゥルはスピードワゴン財団からの連絡を受け、あるスタンド使いを保護するためにニューヨークを訪れた。

 

 スタンド使いの正体は、一匹のボストンテリア、イギー。コーヒーガムを求めて店を荒らしまわるイギーを確保するため、数々の駆除業者たちが野良犬狩りを行ったが、砂を操るスタンド「ザ・フール」のおかげでイギーはまんまと逃げおおせていた。

 

 スタンド使いを集めるDIOの魔手からイギーを救うため、アヴドゥルもスタンド「魔術師の赤(マジシャンズレッド)」を駆使して野良犬狩りに参加するが…

 

乙一の二度目のスピンオフ

 作者の乙一は、過去に第四部「ダイヤモンドは砕けない」のスピンオフ小説「The Book」を手掛けています。二度目のジョジョのスピンオフとなる今回の「野良犬イギー」では、雑誌掲載ということもあり少々短めですが、乙一の技量が十二分に発揮されています。

 

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 また、本作はタイトルこそ「野良犬イギー」ですが、わりとアヴドゥル要素多めです。イギーファンの方には申し訳ないですが、今回の記事では作中で明かされるアヴドゥルの過去をメインに解説していきたいと思います。

 

「ギャングスター」に憧れる

 アヴドゥルは、中東をめぐる動乱の中で両親を失っています。父親は第三次中東戦争で戦友を庇って、母親は過激派のテロに遭ったとき近くにいた少女を庇って命を落としました。孤児となったアヴドゥルはカイロのスラムで育ちますが、周りの子供がスリやかっぱらいに手を染める中、道を踏み外すことなく育ち占い師として生計を立てるようになります。

私が誇りを失わずにいられたのは、両親が尊い死に方をしたからだ。自分が傷つくのを厭わず、咄嗟の判断でだれかを守り、命を失った。そんな両親の血が私の中にも流れている。それが指針となって生き方を見失わずにすんだ。

 アヴドゥルは、自分の過去をこう振り返ります。こうした、「生き方の指針となるような存在がいたから、まっとうな人間になった」というケースが当てはまる「ジョジョ」の登場人物と言えば、第五部「黄金の風」の主人公ジョルノ・ジョバァーナです。

 

 母親のネグレクト、義父からの虐待で心の歪んだ人間になりかけていた少年時代のジョルノは、人の顔色ばかり伺っていたせいでいじめを受けていました。しかし、ある日名前も知らないギャングの男の命を助けたことがきっかけで、全てが変わり始めます。

 

 数週間後、男はジョルノの前に姿を現し「きみがしてくれたことは決して忘れない」と言います。それから、男が何らかの圧力をかけたのか、ジョルノの義父も町の子供もジョルノをいじめなくなりました。この出来事がきっかけで、ジョルノは真っ直ぐな心の持ち主に育ち「ギャングスター」に憧れるようになります。

 

 影響を受けたのが堅気の実の両親からか、それとも血の繋がりもないギャングからかという違いはありますが、アヴドゥルもジョルノも生きる上で目標にできるような存在に出会えたから、「黄金の精神」を持つスタンド使いに育つことができたのでしょう。

 

スタンド使いの孤独

 「スタンドは、スタンド使いでなければ見ることができない」これが、スタンドのルールです。そしてこのルール故に、多くのスタンド使いは「自分には見えるスタンドが、他の人には見えない」という孤独を味わいます。

 

 中にはそうした孤独から道を踏み外してしまったものもおり、その最たる例が第三部「スターダストクルセイダース」に登場した花京院典明でしょう。「スタンドが見えないものとは、心の底から分かり合うことはできない」と考えていた花京院は、その孤独をつけこまれ、「肉の芽」を埋め込まれてDIOの手先となってしまいました。

 

 第三部の主人公空条承太郎ですら、初めてスタンドを目にしたときには「悪霊が取り憑いた」と勘違いしていました。自分にしか見えないスタンドに戸惑うのは、割とあるあるなのではないでしょうか。

 

 ちなみに承太郎と同じく身の回りにスタンド使いがいない環境で育ったアヴドゥルは、スタンドのことを「自分にだけ見える守護精霊」と理解していたようです。承太郎とちょっと似ていて面白いですね。

 

 そして、アヴドゥルが初めて出会った、「自分以外にもスタンドが見える人間」こそが、承太郎の祖父ジョセフ・ジョースターでした。あるパーティで、アヴドゥルが暖炉の火を「魔術師の赤」で燃え上がらせたのに気づいたただ一人の人物が、ジョセフだったのです。こうして出会った二人が、第三部の冒頭で承太郎にスタンドの存在を教える役目を果たすのはちょっと感慨深いですね。

 

 ちなみに「なぜスタンドはスタンド使いでないと見えないのか」という疑問についての考察は、第五部のスピンオフ小説「恥知らずのパープルヘイズ」の後書きで語られています。興味のある方は下記記事からどうぞ。

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最後に

 というわけで、乙一の「野良犬イギー」を紹介しました。ジョジョらしさをしっかりと出しながら、アヴドゥルとイギーという第三部の名コンビの過去を掘り下げてくれる良作でした。

 

 本作は「JOJO magazine 2022 SPRING」の発売後に単行本化されています。コーヒーガムをイメージした装丁が印象的な本なので、興味のある方は手にとってみてはいかがでしょうか。

 

 とはいえ「JOJO magazine 2022 SPRING」ならもう一つのスピンオフ小説「無限の王」やスピンオフ漫画「岸辺露伴は動かない」シリーズの最新作「ホットサマー・マーサ」も併せて読めるので、そちらの方をおすすめしたいところではあります。

 

 「無限の王」や、その他のジョジョのスピンオフ小説については以下の記事からどうぞ。

 

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