この記事では、イギリスの保険市場「ロイズ(Society of Lloyd's)」について、ロイズで保険が引き受けられる仕組みを中心に解説する。
概要
ロイズとはロンドンに本拠を置く一種の保険市場である。イギリス国内だけでなく、世界中から各種の保険、再保険(保険会社がかける保険)を引き受けている。
日本では馴染みが薄いが、三億円事件や2021年のスエズ運河封鎖事故の保険金支払いにも、実はロイズが関わっていたりする。
ロイズの特徴は「保険会社」ではないことだ。確かに「ロイズで保険をかける」ことは出来る。しかし「ロイズ」という団体が保険を引き受けるわけではない。ここら辺のややこしいロイズの仕組みを、今回は解説していく。
保険引き受けの仕組み
ロイズでの保険引き受けの仕組みをまとめると、上図のようになる。まず、保険契約者がブローカーに仲介を依頼する。すると彼らは保険を引き受けてくれるようなシンジケートをロイズの中で探し、そこに所属するアンダーライターと交渉して契約書を交わす。
万一保険金が支払われることになった場合は、シンジケートに所属するメンバーたちが出資割合に応じて保険金を分担して払う。こうして集まった保険金が、保険契約者へ支払われる。
専門用語がたくさん出てきたので、それぞれについて解説する。
保険契約者
保険契約者とは「保険をかける人」。ロイズでは再保険も多く引き受けているので、「人」だけでなく企業のような「法人」も保険契約者に含まれる。保険契約者たちは、後述する「ブローカー」や「カバーホルダー」を通してロイズで保険をかける。
ブローカー
保険をかける保険契約者と、保険を引き受ける保険者の仲介をするのがブローカー。ロイズで保険取引が行われるアンダーライティング・ルームには保険契約者は立ち入れないので、代理としてブローカーが交渉にあたる。
また、シンジケート(後述)から保険契約締結の権限を委譲された「カバーホルダー」と呼ばれる企業もある。ロイズでは、保険者と保険契約者が直接に取引をすることはない。そのため、ロイズで保険をかけるときにはブローカーかカバーホルダーのどちらかが窓口になる。
メンバー
メンバー、別名「ネーム」の基本的な役割は、資金を提供すること。株主のようなものと考えるとわかりやすい。
メンバーは「シンジケート」という集まりを形成し、シンジケート単位で保険を引き受ける。大勢で保険を引き受ければ多額の保険金支払いにも応じることができ、単独で負担できない大きなリスクにも対応できるという仕組みだ。
各メンバーはシンジケートに出資した金額の割合に応じて、シンジケートに支払われた保険料の一部を受け取り、保険金支払い責任を負う。
つまり、出資額が多いメンバーは、多額の保険料を受け取ることが出来ると同時に、多額の保険金支払いのリスクを負うということ。投資額が大きいほど、利益が増える一方でより大きなリスクを負うという仕組みだ。
シンジケート
前述のようにロイズでは複数のメンバーが「シンジケート」と呼ばれるグループを形成して、合同で保険を引き受ける。
シンジケートごとに引き受ける保険の種類は大抵決まっている。海上保険を専門に引き受けるようなシンジケートもあれば、ネッシーが発見された時の懸賞金支払い用の保険のような、特殊な保険を専門に引き受けるシンジケートもある。
一つのシンジケートでは保険金を支払いきれない大口の保険は、複数のシンジケートが合同で引き受けることもある。
アンダーライター
シンジケートの大部分を占めるメンバーの多くは、保険に関する専門的なノウハウを持っていない。そのため、シンジケートが保険を引き受けるとき、実際の取引は保険のプロフェッショナルである「アンダーライター」が行う。
一つのシンジケートにつき複数のアンダーライターがついて保険引受業務を行うのが一般的である。
マネージング・エージェント
メンバーはシンジケートに出資し、アンダーライターは保険取引の実務を担当する。そして、「マネージング・エージェント」はシンジケート全体の運用・管理を行う。
保険金支払い業務や、資産運用、アンダーライターの確保などがマネージング・エージェントの主な業務となる。
コーポレーション・オブ・ロイズ
コーポレーション・オブ・ロイズの役割は、ロイズ・マーケット全体の管理。ロイズの事業免許の管理や、シンジケートの運営に関する助言など、保険市場としてのロイズがやっていけるためのインフラ整備を行う。
数字で見るロイズ
ロイズの仕組み、そして用語の解説が終わったところで、最後にロイズの規模観を数字で見てみようと思う。
まず、ブローカーの数が350。
カバーホルダーの営業所が4000超。
マネージング・エージェントが50人。
シンジケートが76個。
コーポレーション・オブ・ロイズの従業員が1147人。(以上は2020年度の数字)
そして、2019年度の総収入保険料が359億500万ポンド(約5兆1,516億円 / £1=¥143.48で換算)
再保険の分野でも、2009年には総受再保険料*1が97.3億ドルで、世界の再保険グループの中でもロイズは5本の指に入る。
参考文献
この記事を書くにあたり、以下の文献を参考にした。
・現代のロイズーロイズの組織とその仕組みー(松岡 順)
ロイズについて知りたいなら、まずはこれ。損保総研が2009年に社員向けに作成した、ロイズについての資料。
・2021 ロイズの日本における現状(ロイズ・ジャパン株式会社)
ロイズの日本における代理店であるロイズ・ジャパンが作成した、ディスクロージャー(情報開示)。いわば、「公式」が出しているソース。
・The Lloyd's Market(英語)
本家本元のロイズのホームページ。ちなみに下の写真を始めとするこの記事内の写真は、ロイズのホームページでフリー配布されているもの。こちらからダウンロードできるので、興味ある人はどうぞ。
・ロイズ・オブ・ロンドン―知られざる世界最大の保険市場(木村榮一)
紙の本でじっくりとロイズについて知りたい、というならこの本がおすすめ。1985年刊行のため内容が古くなっているところもあるが、前提知識が全くなくても読みやすい内容であり、とっかかりとしては最良の書。
・再保険 その理論と実務(トーア再保険株式会社編)
タイトルの通り、主なテーマは再保険なのだが、再保険市場における有力なプレーヤーとしてロイズについても触れている。
‥以上が主な参考文献だが、特に日本語文献については作成されてから10年以上経つものも多い。そろそろ権威ある団体が、ロイズについての新たな資料を作成してくれることを祈って筆をおくこととする。
*1:再保険を引き受けることを「受再」という