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開幕から飛ばすスタイル 小川一水「天冥の標Ⅰメニー・メニー・シープ」

最終更新:2021/04/22

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10年間にわたり執筆された小川一水の長編SFシリーズの、記念すべき一作目。

 

大河小説を読んでみたい人、

歴史や未来史に興味がある人、

読んでみたけど???となった人向け。

 

「メニー・メニー・シープ」あらすじ

西暦2803年、系外惑星ハーブCに建設された植民地「メニー・メニー・シープ」は開闢300周年を迎えようとしていた。度重なる配電制限や窒素統制を行う臨時総督に耐えかね、市民たちはついに反乱を決意する。

 

コイルガンを操る改造人類「海の一統」や、謎めいたアンドロイド集団「恋人たち」と協力しながら臨時総督の打倒を目指すが、彼ら彼女らの反乱は植民地を思いがけない運命へと巻き込んでいく…

 

300年の間隠されてきた「メニー・メニー・シープ」の秘密とは、そして植民地に現れる「救世群」と呼ばれる怪物の正体とは。多くの謎を巻き起こしながら、全10巻にわたるシリーズの幕が開ける。

 

 

 

「メニー・メニー・シープ」解説

まずはひとこと…

この文章を読んでいる人の中で、本作を読み終えた人たちへ。

ひとまず、お疲れ様でした、と言いたい。

 

シリーズものの一作目といえば、たいていは導入のためにあまり飛ばさない内容であることが多い。しかし本作は謎と伏線を盛大にばらまいてから、とんでもない終わり方をする。

 

筆者自身も部活の先輩に勧められて読んだものの、読み終わって「なんだこれ…?」と思ったのを今でも覚えている。

 

 

シリーズの構造について

実は、本作で描かれるのはシリーズ全体の時間軸の中ではかなり終盤に近い出来事だ。だから、初読時にイマイチぴんと来ないのも当然、何が何だかわからなくても心配する必要は全くない。以下で「天冥の標」がどのような構成になっているかを軽く説明する。

 

第一巻は29世紀の植民地惑星が舞台だった。第二巻では舞台が現代の地球に移る。そう、第二巻から始まるのは「過去編」なのだ。そしてこの過去編こそが、「天冥の標」の真髄と言っても過言ではない。

 

本作を読了された人は、ラストにこのような一節があったのを覚えていると思う。

かつて六つの勢力があった。

それらは「医師団」「宇宙軍」「恋人」「亡霊」「石工」「議会」からなり、「救世群」に抗した。(中略)時は流れ、植民地が始まった。

 

この一節に従って、

第二巻「救世群」では致命的感染症「冥王斑」の患者を扱う「連絡医師団リエゾン・ドクター」、

第三巻「アウレーリア一統」では電気代謝能力を持つ改造人類「海の一統アンチョークス」、

第四巻「機械仕掛けの子息たち」ではアンドロイドの芸能民「恋人たちラバーズ」、

第五巻「羊と猿と百掬の銀河」ではシェパード号の制御人格とされる謎の存在「亡霊ダダー」、

第六巻「宿怨」では共意識を持つ異星人「石工メイスン」、

第七巻「新世界ハーブC」ではかつての自治政府の残骸「議会スカウト

 

…というように、現代を出発点にして、第二巻から第七巻では各勢力の由来が約5世紀に渡る人類の未来史と並行して明かされる。年表形式でこの間の歴史をちらっと見てみたい、という方はこちらへ↓

 

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

 

こうして、現代の地球とかけ離れた「メニー・メニー・シープ」の世界が出来上がるまでの歴史が語られる中で、第一巻の謎や伏線が解き明かされていく。そして第八巻からようやく、第一巻のあの衝撃的なラストの後へと時間軸が進む。いわば、第二巻からの「天冥の標」は第一巻で示された謎の壮大な「種明かし」だ。肩の力を抜いて今後のシリーズを楽しんでいってほしい。

 

 

次回の記事はこちら

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

 

 

 

余談:ホメロスと「天冥の標」

実は、本作で描かれるのはシリーズ全体の時間軸の中ではかなり終盤に近い出来事だ。

 

同じような始まり方をする作品に、ホメロスの「イーリアス」がある。かの有名な「パリスの審判」に端を発するトロイア戦争を描いていたこの作品、実は10年以上に渡る戦争があと50日で終わるというタイミングから始まるのだ。

 

また、同じくホメロスの「オデュッセイア」も似たような構造をしている。状況説明を省いて全体の時系列の中盤から物語が始まり、そこに至るまでの経緯は登場人物の語りや回想という形で説明されるという形式は両作品で共通している。

 

こうした手法をホラティウスは『詩論』の中で「in medias res」と表現した。ラテン語で「物事の途中へ」という意味で、物語を途中の部分から語り始めるという手法をさす。「in medias res」には、まどろっこしい背景説明や導入をすっ飛ばして物語の中核部分を最初に持ってくることで読者をひきつける効果があるとされる。

 

わかりやすくまとめると、刑事ドラマがいきなり事件発生シーンから始まるのと原理は同じだ。中盤ぐらいに殺人事件が起きるより、序盤に犠牲者が出てそのあと謎解きの中で事件に至るまでの経緯が解き明かされる方が、テンポが良くなる。

 

以上、「西洋古典学」なる講義で仕入れた知識の受け売りでした。

 

 

その他小川一水作品の記事はこちらから

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