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「熱帯」(森見登美彦)

 本をリレー形式に繋げて紹介する企画「読書リレー」。第20回の今回は、「熱帯」(森見登美彦)を紹介します。

 

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 前回の「アイの物語」(山本弘)の記事はこちらから

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「熱帯」あらすじ

 「熱帯」。それは、誰も最後まで読み通したことが無い本。

 

 主人公の森見登美彦(作者)は、執筆に行き詰まっていた。次作の構想がまとまらず、何とはなしに「千一夜物語」を読み進める日々。そんな時、学生時代に読んだ「熱帯」という本を思い出す。

 

 ただならぬ魅力を感じて読み始めたものの、読み進めるにしたがって読む速度が遅くなり、最後は忽然と本が姿を消したために最後まで読めなかった本、それが「熱帯」だった。買い直そうと思って探してみても、それらしい本は見つからず、以来16年間そのままになっていたのだ。

 

 編集者との話し合いで次の小説はいっそ「熱帯」に関する話にしようかと話した直後、作者は読書会で「熱帯」そのものを持つ女性と出会う。是非とも読ませてくれと懇願する作者。しかし女性は、「この本は最後まで読むことが出来ない」と言い、「熱帯」にまつわる不可思議な話を語りだすのだった。

 

京都脱出?

 まず驚いたのが、「舞台が京都ではない」ということ。私は「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話大系」などを読んで勝手に森見登美彦=京都だと思っていました。そのため、有楽町の三省堂や神保町の書泉グランデなど、東京のスポットが続々と登場するのが意外でもあり、嬉しくもありましたね(中盤には一時的に京都が舞台にもなりますが)。

 

 また、冒頭に作者が登場するというメタな展開も、もう一つの驚きポイントです。「もともと国立国立図書館で働いていた」「小説を書くのに行き詰まっていた」等、事実に基づいたエピソードが次々登場します。

 

 私はレポートでネタ切れになった時に、よく自分の身の回りのことにテーマを強引に結びつけて書きます。執筆に行き詰まった自分を小説に登場させる森見登美彦氏も同じ状況になったのかな?と、最初は失礼な想像をしましたが、当然ながらこの想像は裏切られます。

 

 読み進めていくと、こうした自分語り的要素が「熱帯」という小説の壮大な仕掛けの一つになっているのが分かります。作者本人さえも取り込んで編まれていく小説、それが「熱帯」なのです。

 

高次元存在としての物語

 本というものが俺たちの人生の外側、一段高いところにあって、本が俺たちに意味を与えてくれるというパターンだよ。でもその場合、俺たちにとってはその本が謎に見えるはずだ。

 「沈黙読書会」という読書会が開かれる喫茶店で、店主はこう言います。この言葉通り、「熱帯」は謎そのものです。

 

 前回の「アイの物語」では、フィクション=本 が人に与えてくれる力がテーマの一つでした。いわば、本と人が同じ次元にいたわけです。しかし「熱帯」では本は人よりも高い次元にいます。本は実は人には理解できない謎の存在であり、時には人が本の中に囚われたりもする。こうした不思議な世界観を「熱帯」は披露してくれます。

 

 作者自身が「怪作」というように、正直「熱帯」の世界はとてつもなさすぎて私もまだ全容を把握しきれていないのですが、「本」という枠組みを飛び出した不思議な本であることは確かです。その不思議さを、是非とも自分の目で確かめてみてください。

 

 

前回との繋がり、次回予告

 千一夜物語方式で、アンドロイドが主人公に機械と人の物語を語る「アイの物語」の次につなげる本として、千一夜物語にインスパイアされた「熱帯」を紹介しました。「物語の中の物語」という構造を使って、作者が面白い試みをしているところも共通点だと自分では勝手に思っています。

 

 次に紹介する本としては、同じく「物語の中の物語」という構造を持つ「カササギ殺人事件」(アンソニー・ホロヴィッツ)を当初は考えていました。

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 ですが、次回は「物語の中の物語に飲み込まれる」という点でもっと「熱帯」に近い「はてしない物語」(ミヒャエル・エンデ)を紹介します。

 

おまけ:第20回を迎えて

 「夜は短し歩けよ乙女」から始まった本企画も今回で第20回目を迎えました。森見登美彦作品に始まりキリ番で再び森見登美彦作品を扱うという、森見登美彦と縁が深い本企画。この後もどこかで、もう一回森見登美彦作品が登場する予定です。まだまだ続いていきますので、今後ともよろしくお願いします。

 

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