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SF・寓話・アルジャーノン 山本弘「輝きの七日間」

 sheep2015です。「人類が賢くなったら、どうなるか?」という「アルジャーノンに花束を」にも似た設定のSF、「輝きの七日間」を紹介します。

 

 

「輝きの七日間」あらすじ

 2024年12月。ベテルギウスの超新星爆発を観測していた各地のニュートリノ観測機関が未知の粒子を捉える。時を同じくして、ネット上には突然のインスピレーションを受けた科学者たちによって次々と画期的なアイデア、学説が提出され始めた。

 

 戦場からは銃声が消え犯罪率が低下し、差別意識も姿を消した。人々は急に自分たちの認識が広がり、論理的思考力が増しているのを実感する。後に「輝きの七日間」と呼ばれる奇跡の一週間の始まりだった。

 

 「オリオノン」と名付けられた新粒子には生物を聡明化させる効果があった。一部の人々は今まで拠り所にしてきた信条の間違いに気づき絶望し、自殺者が増加する。一方で科学者たちは冷静に現象の分析を続け、オリオノンの飛来は一週間で終息し、聡明化現象もそれと同時に終わると発表する。

 

 何もしなければ、一週間後には犯罪、環境問題、差別、戦争が蔓延する世界が戻ってくる。自分たちが再び愚かになる前に何をしておくべきなのか。輝くベテルギウスの下で、世界各地の人々は動き始めた。

 

賢くなって、不幸になる

 「アルジャーノンに花束を」で知能を大幅に向上させる手術を受けた主人公チャーリー・ゴードンは、高い知能が時に人と人の間に溝を生むことを知りました。「高い知能が幸せをもたらすとは限らない」というアイディアは、本作にも共通しています。

 

 「私には才能がある」「世界の終末は近い」「自分こそが正義だ」...自分が拠り所にしてきた考えが、愚かさゆえのただの妄信だと気づいてしまった人たちは、絶望します。そうでなかった人たちも環境問題、差別、貧困、飢餓、戦争を始めとする、今まで見て見ぬ振りをしてきた問題の深刻さに気づいてしまいます。

 

 そして、世界の真の姿を見せられた登場人物たちは、「では、どうすればいいのか?」という問いに向き合います。

 

社会への警告

 「知能の向上」という設定を科学技術の発達ではなく、社会的な文脈で使う本作を「SFらしくない」と思う人もいると思います。まぁ確かに胸躍らされる新技術の代わりに、見たくもない現実が赤裸々に描かれるのを読むのは苦痛です。正直「説教臭い」とも思いました。

 

 しかし、だからこそ作者はオリオノンを降らせたのです。「説教臭い」と感じた私のような人にこそ、作者はオリオノンを浴びせたいと思っていたのでしょう。

 

 作者は激情にはしることなく客観的に世界の諸問題を取り上げ、もしも人類がそれらを正面から扱ったら何ができるかを淡々と示していきます。本作はSFの姿を借りて、「手遅れになる前に現実を直視して対策をとれ」と人類へ警告する寓話なのです。

 

「これはSFではありません。地球が直面している本物の危機なのです。」

 「輝きの七日間」の最終日、世界の危機を報じる特別番組の中でアナウンサーはこう言います。これはそのまま、作者が読者へ伝えたかったメッセージでもあるのでしょう。

 

おまけ:「真理は人を自由にする」

 本作は諸事情により書籍化されていないので、読むまでにかなり骨を折りました。

 

 現時点ではSFマガジンのバックナンバーを参照するしかテキストに触れる手段がありません。18冊分買い揃えるのも面倒なので図書館に頼りましたが、「中央公論」や「AERA」と異なりSFマガジンを収蔵している図書館は限られます。

 

 近場の図書館がコロナ禍の影響で閉館したり、遠くの図書館まで足をのばしても目当ての号が無かったりと紆余曲折を経て、結局は国会図書館に辿り着きました。「真理は人を自由にする」という国会図書館のモットーが、身に染みる体験でしたね。

 

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