Sheep's Bizarre Book Review

邦訳:緬羊書評協会。文系大学生がSFを読むブログです。SFは文理の壁を越えます、多分。

感染症ディストピア小説 小川一水「天冥の標Ⅱ 救世群」

最終更新:2021/04/06

 f:id:sheep2015:20210426192824p:plain

 

小川一水の2010年の作品。「天冥の標」シリーズの二作目。

 

ディストピア小説が好きな人、

パンデミックものに興味がある人、

「天冥の標」を時系列順に読みたい人向け。

 

必死の治療活動を行っても一握りの命しか救えない医療従事者たちの苦悩、苦しみ死んでいく患者たちの姿、そして生還した患者たちに向けられる社会の冷たい視線。「病気」が巻き起こすやり場のない恨みと憎しみの連鎖を一人の少女を通して赤裸々に描く。

 

 

「救世群」あらすじ

2015年、パラオの孤島にて致死率が極めて高い未知の感染症が発生する。死者が累々と転がるこの世の地獄と化した島で、家族旅行の途中だった檜沢千茅(あいざわちかや)は医師の尽力でただ一人生き残った。

 

パラオでのアウトブレイクは収束したが、冥王斑ウイルスは世界に拡散してしまった。かろうじて「世界的大流行」には至らないものの予断を許さない状況が続く中、生き残った千茅には謂れのない中傷が集中する。かつての友達からも見放され一度は絶望に沈む千茅だったが、風変わりな友人紀ノ川青葉の励ましを受け立ち直る。

 

—マイナスから、プラスに。プラスになってやるんだ。

 

次第に増えていく生還者たちと手を取り合いながら「合宿所」と呼ばれる患者群隔離施設で生きていく道を見出していく千茅。しかし、ついに東京で大規模なアウトブレイクが発生し、患者たちの運命は急転していく。

 

 

冥王斑とは?

冥王斑はシリーズ全体を貫く重要な設定だ。95%という高い致死率を持ち、感染すると全身で循環不全を起こし約一週間で死に至る。そして運よく生還した場合でもウイルスが体内から消えず、患者は一生感染力を持ち続けることになる。生還者たちは眼の周りに手を押し付けられたような斑紋と共に、子々孫々に至るまでの隔離を余儀なくされる。

 

 

冥王斑とCOVID-19 は違う

本作はコロナ禍と関連付けて語られることも多いようだ。日本での感染が拡大しつつあった2020年春に、「防疫は差別ではない」と大きく書かれた帯で書店に並んでいたのは記憶に新しい。

 

黒地に白い文字で「防疫は差別ではない」と大書された「救世群」の帯

中々センセーショナルな帯だ。

 

確かに冥王斑が発症直後に嗅覚障害を伴うことや、首都圏での緊急事態宣言発令など共通する点はあるが、冥王斑とCOVID-19には根本的な違いがある。一つ目は致死率。冥王斑の95%という高い致死率はある意味度を越えたもので、COVID-19 は遠く及ばない。それでもCOVID-19 が冥王斑に勝るとも劣らない影響を社会に与えているのが、事実は小説より奇なり、と言ったところだが…

 

二つ目は、言うまでもないが回復後も感染力が残るという冥王斑の特異な性質。この点が救世群のような恒常的患者集団が生まれる原因でもあり、本作のオリジナリティの一つでもある。

 

冥王斑の正体については「救世群」のラストで一つの結論が出されるが、その詳しいメカニズムの解明についてはシリーズの後の作品を待たなくてはいけない。

 

 

「防疫は差別ではない」??

本作はコロナ禍を予言した小説というより、「病気が起こす差別が恒常化した世界」を描くディストピア小説という文脈で語られるべきだろう。正直「防疫は差別ではない」という件の帯には筆者は疑問を覚える。本作が提起している問題は、防疫という錦の御旗を掲げた感染者への差別だ。これに対して「防疫は差別ではない」という言い切りは、まるで感染者への差別を助長するスローガンのように聞こえる。

 

防疫という行為は感染者の隔離などの差別ともとられるような外形を持つが、感染拡大防止のために必要な行動である。こういうことを言いたかったのだと思うが、インパクトを重視するあまり趣旨がずれたキャッチコピーになってしまったのだろうか。

 

 

込められたメッセージ

「ディストピア小説」と先述したが、病気への嫌悪、隔離される感染者の孤独、感染者を排除する感情など、病気が巻き起こす人間の負の感情が、檜沢千茅の絶望を通じてひしひしと伝わってくる作品だ。

 

筆者が一番きつかったのが、一度は希望を取り戻した千茅が終盤に再び絶望に沈むシーンだった。青葉という友人を得て、生還患者同士で手を取り合って生きていこうとした千茅だったが、社会は患者群をより厳しく隔離することを望み、一つの破局が訪れる。いわば、「あげておとされた」形になった千茅を見て、作者はなんと残酷なことをするのだろう、と思った。

 

しかしそんな陰惨なディストピアの中に小川一水は一縷の希望を加える。それこそが紀ノ川青葉の存在だ。感染者を絶対的な他人とみて排斥するのではなく、「運が悪かったら自分も向こうの立場にいた」ことを理解して行動できる人間。青葉は本作の中で感染者と非感染者の間の壁を越えらた数少ない人間であり、様々な形で差別が残る現在の世界もまた彼女のような人間を必要としているのかもしれない。

 

 

 前巻、次巻の記事はこちら

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com