こんにちは、sheep2015です。今回は、JOJO MAGAZINEに連載されている「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ小説「無限の王」(真藤順丈)の第二回について書いていきます。
あらすじ
1973年、南米グアテマラ。謎の力を持つ連続殺人犯を追うスピードワゴン財団は、犯人が「波紋」とは違う新たなる能力を持つことを突き止め、現地の協力者であるオクタビオとホアキン、そして応援に駆け付けたリサリサの活躍で、犯人の捕縛に成功する。
のちに「スタンド」と名付けられる能力の最初の発見例となった犯人の能力「蝿の王(エル・シニヨル・デ・ラス・モスカス)」を分析するうちに、財団は「矢」で人間を射て能力者をつくりだす黒幕が存在することを知る(ここまでが第一回)
財団の一員になったオクタビオとホアキンは、「矢」を持つ黒幕、密輸業者の大物アルホーンを追うためペルーに派遣される。行方不明になった二人の波紋使いを探して、アルホーンの本拠地に二人は乗り込むが…。
「驚異の力」の恐怖
前回の記事でも触れたように、「無限の王」は第二部と第三部の間、つまり「ジョジョの奇妙な冒険」が、「波紋」から「スタンド」メインへと変わっていく時期を描いた小説です。作中では「スタンド」という名前もまだなく、「驚異の力」と呼ばれています。
そんな本作の特徴が、「スタンドについてよくわからない怖さ」です。主人公サイドにはスタンド能力者がいないため、当然ながらスタンドビジョンも見えず、オクタビオたちは「何も見えないのに、攻撃されているッッ!」という状態で戦わなければなりません。
第五部のスピンオフ「恥知らずのパープルヘイズ」(上遠野浩平)では、荒木飛呂彦書下ろしのスタンドビジョンあり、スタンドパラメータありの親切設計でしたが、「無限の王」にはそんなものはありません。オクタビオたちと同じように、読者もまた敵が繰り出してくる未知の能力を前に恐れおののくことになるのです。
こういう「(情報が少ないという意味で)よくわからないスタンド」はsheep2015的にはけっこう好きです。第四部の川尻早人みたいな、一般人なのにスタンドバトルに巻き込まれるキャラクターも、こういう「よくわからない恐怖」を味わっていたんだろうな、と想像しながら読むと面白いです。
スタンド名の元ネタはラテンアメリカ文学?
「蠅の王(エル・シニョル・デ・ラス・モスカス)」、「石蹴り遊び(ホップスコッチ)」、「エクエ・ヤンバ・O」、「緑の家(ラ・カサ・ヴェルデ)」、そして「無限の王(エル・アレフ)」。第二話の時点で登場しているスタンド名は以上です。
これらから判断すると、「無限の王」に登場するスタンド名の元ネタは「ラテンアメリカ文学の小説」ではないかと思われます。元ネタ候補の作品名と作家名を表にまとめました。
蠅の王 |
ウィリアム・ゴールディング |
石蹴り遊び |
フリオ・コルタサル |
エクエ・ヤンバ・オー |
アレホ・カルペンティエール |
緑の家 |
M.バルガス=リョサ |
エル・アレフ |
ホルヘ・ルイス・ボルヘス |
表記は国立国会図書館サーチの検索結果に準拠。
このうち、ただひとつ例外となるのが、最初に登場するスタンド「蠅の王」です。「無限の王」の中では、スペイン語版の題名「El Señor de las Moscas」*1に沿った読み仮名がつけられていますが、もともとは英語で書かれた小説で、イギリスの作家の作品です。しかし、これ以外の4つのスタンド名は、みなラテンアメリカ文学の作品のタイトルになっています。
「蠅の王」は、無人島に流れ着いた少年たちが、次第にドス黒い悪に染まっていく「闇の十五少年漂流記」的小説なのですが、なぜラテンアメリカ文学以外でこの小説が選ばれたのかは謎です。
作者のウィリアム・ゴールディングはノーベル文学賞を受賞しているので、「最初に出てくるスタンド名くらいは知名度のあるものを」ということで選ばれたのでしょうか…。「蠅の王」以外の作品も、「ラテンアメリカ文学十大小説」として紹介されるくらいの知名度があるのですが。
話がそれたので、少しはジョジョらしい話を。「エル・アレフ」の作者ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「ホルヘ(Jorge)」は、英語の「ジョージ」にあたる名前です。そして、ジョジョで「ジョージ」と言えば、ジョナサン・ジョースターの子で、ジョセフ・ジョースターの父であるジョージ・ジョースター2世。パイロットで、ゾンビに殺されてしまった、リサリサの旦那さんですね。
実際、スピンオフ小説「JORGE JOESTER*2」(舞城王太郎)では、主人公のジョージがスペイン人たちから「ホルヘ」と呼ばれるシーンがあります。スピンオフ小説同士で思わぬつながりがありました。
「エル・アレフ」とは?
本作のタイトル「無限の王」には「レイ・インフィニト」という副題がついています。これは「無限の王」のスペイン語訳です。しかし、ホアキンのスタンド名「無限の王」には、「エル・アレフ」という別の読み仮名がふられています。これはどういう意味なのでしょうか?
「エル」は英語の「the」のようなもので、「アレフ」はヘブライ語のアルファベットの最初の文字「א」です。つまり、「エル・アレフ」は直訳すると「the A」というような意味になります。
そしてこれはツイッターで教えてもらったのですが、数学では「א」は無限集合の「濃度」をあらわす記号として使われているそうです*3。つまり「エル・アレフ」の意味は「無限(みたいなもの)」と考えることもできそうです。
ちなみに、スタンド名「エル・アレフ」の元ネタとなったボルヘスの小説「エル・アレフ」は、おかしな詩をつくる詩人が、実は自宅の地下室に世界のあらゆる場所を見渡せる不思議な場所「アレフ」を持っていた...という不思議なお話です。
「無限の王」と直接の関係があるとは言い難いですが、短編ですぐ読めるので試しに読んでみるのもいいかもしれません。kindleアンリミテッドにも入ってますし。