本ブログ「ひつじ図書協会」に頻繁に登場するSF小説「天冥の標」(小川一水、2009-2019)について、ざっくり紹介します。
基本情報
第40回日本SF大賞受賞作品。著者は「第六大陸」などで知られる小川一水。2009年から2019年の10年間にわたって、書き下ろし作品として早川書房より刊行された。Ⅰ~Ⅹまで合わせると、全17冊になる。2020年に合本版が電子書籍として発売された。
あらすじ
西暦2803年、植民星「メニー・メニー・シープ」で発生した、臨時総督に対する反乱から物語は幕を開ける。横暴を極める臨時総督を倒して終わると思われた反乱は意外な結末を迎え、植民地はかつてない混乱に巻き込まれていく。
植民地に現れる怪物「救世群」の正体とは、そして植民地に隠された真実とは?謎を解くために、時間軸は一度現代まで舞い戻る。
2015年に地球で発生した感染症「冥王斑」と人類との因縁を、最初の感染者の物語から辿り始め、人類文明の太陽系全体への拡大、そして「メニー・メニー・シープ」での反乱まで追いついた物語は、さらにその先へと進んでいく。
政治ドラマ、パンデミック、スペースオペラ。セックス、宇宙時代の農業、ファースト・コンタクト。様々なテーマを内包しつつ、「人は、病気による差別を乗り越えることができるか?」という根源的な問いを一貫して読者に問う21世紀SFの傑作。
…と、ずいぶんと前のめりなあらすじになってしまいましたが、ここからは少し肩の力を抜いて、私なりの「見どころ」をあげていきたいと思います。
読み応えあるボリューム
最初にも触れましたが、「天冥の標」は文庫本にして17冊もある一大シリーズです。
「17冊もあるなんて読む気失せるわ」そう思う人もいると思います。そんな人は、まず第二巻「救世群」だけを読んでみてください。実は、Ⅰ~Ⅴまではそれぞれが独立した物語としても十分読めるようになっています(もちろん各巻同士はちゃんとつながっていますが)
まずはⅠで展開される政治ドラマを、次にⅡで展開されるリアルなパンデミック、そしてⅢのスペースオペラ…というように、各巻の独自の「色」を楽しみながら読み進んでいくうちに、いつの間にか「天冥の標」の世界に引き込まれていくはずです。
重みがある名セリフの数々
「私は、あなたたちを愛しています」
こんなセリフが出てきたら、あなたはどう思いますか?愛の告白に胸をときめかせるでしょうか、それとも「チッ、リア充がよぉ」と思うでしょうか。
このセリフは実際に「天冥の標」に登場するのですが、私はこのセリフを見て限りない絶望をおぼえました。冗談抜きに、首の後ろの毛が逆立ちました。
愛の告白にしか見えないこのセリフがなぜ、絶望を巻き起こすのか。それは本編を読んで確かめてもらうとして、何が言いたいかというと、「天冥の標」にはずっしりと重みがある名セリフがいくつも登場するということです。最終巻まで読み進めれば、最終巻の帯に並んだ読者から募集された名セリフたちを見るだけでグッとくること間違いなしです。
普遍性があるテーマ
全編通じて登場する感染症「冥王斑」。95%という致死率もさることながら、治った後もウイルスが体内に残存して感染能が消えず、垂直感染によって子々孫々まで感染していくという悪夢のような性質を持ちます。そしてこの性質故に、感染者たちは健常者からの激しい差別にさらされます。
時に大きな悲劇を生みながら、「病気による差別」を乗り越えようとする人々が、どの巻にも登場します。コロナ禍初期の感染者バッシングを目撃した私たちにとって、他人事ではないテーマです。
ハイクオリティな表紙
表紙を担当するのは「三体」シリーズの表紙も手掛けた富安健一郎です。各巻の表紙のクオリティは言わずもがな、全3巻ある最終巻の表紙は並べると一枚の絵になるという凝りっぷりです。因みに小川一水氏のお気に入りは、第七巻「新世界ハーブC」の表紙だそうです。
最後に
色々と書きましたが、私としては「天冥の標」はこのブログで紹介している本の中でも、一番あなたに読んでもらいたい本です。
物語を最初から辿りたい人は、Ⅰ「メニー・メニー・シープ」から始めるもよし、現代が舞台の方がとっつきやすいという方はⅡ「救世群」から読むもよし。とにかくまずは読んでみてください。あなたがきっと今まで体験したことのない、未知のスケールの読書体験が待っています。
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…ちなみにこれはちょっとした裏技ですが、合本版の無料サンプルにはⅠ「メニー・メニー・シープ」が丸々収まっていたりもします。コロナ禍の中で一時Ⅰ、Ⅱが無料公開されていた時期もあったので、その名残かと思われます。
2023/2/22追記:
「天冥の標」についてのグループを作りました。ファンの皆様は奮ってご参加ください!