ひつじ図書協会

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天冥名セリフ+α  【Ⅹ 青葉よ、豊かなれ part3】

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 前回の続きです。引き続き、sheep2015が選んだ最終巻「Ⅹ 青葉よ、豊かなれ」の名セリフを解説していきます。「天冥の標」って何?という方はこちらから。

 

チャーミング種がどのような苦難を経て生み出されるかと、チャーミング種がどのような苦難を引き起こすかは、頭と尾のようにひとつにつながった問題なのではなかろうか?(シュフシス長者、p222)

 ダダーとして蘇ったアクリラは、超新星爆発を耐え抜くための「迎え火作戦」と、「控えめに魅力的な種オムニフロラ・チャーミング・モデラート」を散布してオムニフロラを無力化する「みにくいアヒルの子作戦」をひっさげて、ブリッジレス諸族の間で名乗りを上げる。

 

 しかし、イスミスン族総女王オンネキッツは、「魅力的な種オムニフロラ・チャーミング」の散布を訴えたラゴスに対して説いたのを同じ論理を持ち出し、アクリラを諫める。

 

 モデラート種の産生は、「進化」を武器として使う新しい覇権戦略に他ならない。そして、進化は恣意的にコントロールできない。ひとたび武器として進化が使われれば、数々の進化戦略と非進化戦略が相乱れる混乱の時代が来るだろう。オンネキッツはそう指摘する*1

 

 ところが、オンネキッツに対してブリッジレス諸族の一つ、ガジ族が声を上げる。ガジ族はラゴスの元から逃亡したフェリックスたちを助けた族群であり、オンネキッツとは異なる思惑を持っていた。

 

 ガジ族の長、シュフシス長者はモデラート種がヒトにとってかけがえのない存在である生殖細胞を犠牲にする形で生み出されることを指摘する。

 

 たしかに、モデラート種を産生して進化戦略を解き放つことの是非は判断しがたい。しかしモデラート種は、自分の身を削ってでも他者を助ける、「眼前になき他者へ、一掬の憐れみを与えざるを避く」という姿勢で生み出される。であれば、その存在は祝福されるべきではないか?

 

 シュフシス長者のこの主張に突き動かされ、ブリッジレス諸族は「控えめに魅力的な種オムニフロラ・チャーミング・モデラート」の産生、そして「迎え火作戦」の実施へと一致団結して動き出す。

 

いいや。僕は僕でない被展開体に、ダダーを継がせた(ダダーのノルルスカイン、p285)

 アクリラに説得されたオンネキッツは超新星爆発を止めようとするが、ミスチフに超新星化制御施設を乗っ取られてしまう。ミスチフは超新星爆発を利用して、カンム近傍のブリッジレス諸族ごとモデラート種を焼き尽くそうとしていた。

 

 ミスチフとの決着をつけることを覚悟したノルルスカインは、ブリッジレス諸族の降下部隊と共に惑星カンムへと乗り込む。降下部隊の戦闘機、そして超新星化制御施設内の計算機を辿ってついにミスチフを追い詰めるが、外部との通信を遮断され窮地に立たされる。

 

 ノルルスカインはこの直前、アクリラに「全権」(恐らく被展開体を「展開」する計算機資源の使用権限のようなもの)を渡しているため、いわば捨て身の状態になっている。アクリラに全てを託したノルルスカインは、最後にこのセリフを放ち、ミスチフと相討ちになる形で消滅するのだった。

 

私は綺麗で根性のあるミスン族のリリー。汚れを恐れる臆病者ではないのです。(リリー、p292)

 ノルルスカインとミスチフの消滅と前後して、カドムたちの降下部隊が超新星化制御施設の中枢にたどり着く。彼らがそこで目にしたのは、オムニフロラ配下の生物たちと融合させられたカルミアンたちだった。

 

 超新星化を止めるためには、ミスチフに乗っ取られた女王スポラミヌカを構成するカルミアンを皆殺しにするしかないはずだった。しかし、リリーは、その代りにミスチフに汚染されたスポラミヌカを吸収しようとする。

 

 リリーを止めようとするイサリに、リリーが返したのがこのセリフ。「メニー・メニー・シープ」のベンクトのセリフが、実に9巻越しに回収された瞬間だった。

 

真っ暗な宇宙で自分たちだけが無事に暮らせていても、それだけではだめなんだ。(カドム、p308)

 制御施設のコントロールは取り戻せたが、もはや超新星化は止められない段階まで進んでいた。降下部隊がカンムから撤退していく中、イサリとカドムはモデラート種の産生に協力するという言質をオンネキッツから得るために、カンムに留まる。

 

 超新星化が迫る中、なぜ個体死の危険を冒してまでカンムに留まるのか尋ねるオンネキッツに、カドムはこの言葉を返す。

 

 「自分たちが無事に生活できるだけでなく、外の世界も豊かであって欲しいエランカイスハークの口から度々言われてきたこの思いこそ、メニー・メニー・シープ人がモデラート種産生のために生殖細胞を提供することを決意した理由だった。

 

わしが今まで長生きしてきたのは、冥王斑を乗り越えた人類の仕事を見届けるためだ。それは今、ここにある。(バラトゥン・コルホーネン、p322)

 超新星爆発の時が迫る中、大騒動になりながらも着々と「迎え火作戦」が進められていく。

 

 ダダーとして作戦の指揮を執るアクリラの元に、2PA艦隊副司令のコルホーネンから通信が届く。この「宇宙的大騒ぎ」を自由に見て回らせてほしいとコルホーネンは頼み、このセリフを続ける。

 

 コルホーネンもまた、「大気なくとも、我ら立てりLose O2,We Stand(ルッゾツー・ウィース・タン)」の聖句を掲げる、何物にも繋がれない「酸素いらず」なのだった。

 

いいかぁ行くぞ、星が燃えても我らありLose Star, We Stand!(ダダーのアクリラ、p324)

 超新星爆発まであと二時間半。ダダーのアクリラは、ブリッジレス諸族を構成する68種の族群にいっせいに呼びかける。そしてついに爆発が始まり…。

 

ん、『水文記者ツスランペク』とかいうやつに言っといて。僕は家の戸締りが気になって帰ったって(ダダーのアクリラ、p351)

 「迎え火作戦」は成功し、人々は超新星爆発を生き抜いた。モデラート種の産生はアカネカによって着々と進められ、MMS人は異星人たちと共に太陽系へと戻る準備を始める。生き残った者たちが動き出す中、作戦を指揮したダダーのアクリラは姿を消していた。

 

 アクリラは、オンネキッツの娘と共に高次元存在『水文記者ツスランペク』に呼ばれ「岸無し川」にいた。オムニフロラの支配領域が縮んでいくのを目にして、「控えめに魅力的な種」の成功を見届けた二人は、自分たちに四次元宇宙を俯瞰し第二のオムニフロラが出てこないよう見守る役目が与えられたことを知る。

 

 しかしアクリラはみんなのもとへ帰ることを選び、このセリフを残して太陽系へ向かう。

 

でもね、たとえば君のような人間が、いつでも出てくる。いつだって出てくる。壁を作るんじゃなくて、乗り越える人が。これも人間の本当だから、消えないよ(岡田友康、p359)

 西暦2019年、東京。「天冥の標」は、その壮大なスケールに似合わないこぢんまりとしたシーンで幕を閉じる。

 

 檜沢千茅にメッセージを送る青葉だったが、結局人は差別を乗り越えられないのではないかと投げやりになりかける。そんな青葉に、夫の友康はこの言葉をかける。二人が交わすちょっとした、でも重要なやり取りで物語は幕を閉じるのだった。

 

 

 …以上で、「天冥名セリフ」と+αを合わせた、78のセリフの解説をおわります。読んでいただき、ありがとうございました。

 

www.bookreview-of-sheep.com

*1:このへんの論理は自分でも理解できてないところがあるので、間違っているかもしれないです