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#天冥名セリフ 【Ⅳ 機械じかけの子息たち】

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 #天冥名セリフ で募集され、最終巻の帯を飾った「天冥の標」の名セリフたちの解説です。今回はシリーズ最強の異色作「Ⅳ 機械じかけの子息たち」からお送りします。なお、ネタバレ全開です。

 

麗しかれかし、潔かるべし。(倫理兵器、p28)

 セレス・シティの色街を蹂躙し、軌道娼界ハニカムを破壊して回る一組のロボット、「純潔(チェイスト)」と「遵法(ロウフル)」ら倫理兵器たちのセリフ。

 

 ちなみに帯では「麗しかれし」となっているが、原文は「麗しかれかし」になっている。「ゲルドールド」「ゲルドルッド」といい、「アウローラ」「オーロラ」といい、どうにもこの巻は表記が安定しない単語が多い。

 

 

これが心臓。これが胃。腸、膀胱、肝臓。それに皮膚と脂肪。血は偽物。(ラゴス、p163)

 「聖少女警察」と名乗る一派に(自主規制)されたが、辛くもアウローラたちに救出されたキリアン。目を覚まして「病院」の中をさまよっていた彼が出会ったのは、上半身を開かれ、ラゴスに治療されているアウローラだった。ラゴスがキリアンに淡々と「恋人たち」の内部機構を説明するセリフがこれである。

 

 初っ端から濡れ場が続いた後、「聖少女警察」とかいうテンション高めのヤバイ集団に主人公が拉致され、がっつんがっつん(自主規制)に(自主規制)されるシーンがしばらく続き、超特急の脱出劇が繰り広げられてから、ようやく訪れた、落ち着いたシーン。そんな状況で放たれる、どこか安心感を与えてくれるセリフ。

 

 

それじゃ、単にセックスが好きなだけなのかよ。子供だな。(キリアン、p228)

 「恋人たち」が自分をハニカムに招いた真意を知り、一度はハニカムから出て行こうとしたキリアン。しかし、救世群を飛び出した冥王斑回復者に行き場はなく、途方に暮れる。そこにアウローラが現れ、二人は玉門関を模した「ルーム」で初めて腹を割って話をする。

 

 キリアンから好きな異性のタイプを聞かれたアウローラは、自分の中にその答えがないことに愕然とする。そんな彼女の様子を見て、キリアンは冒頭のセリフを吐く。その後のやり取りがこちら。

 

アウローラ:「性愛は、大師父さまがおおせられた、人が求めるものよ!人にとってもっとも大事なものだし、あなただってそれに振り回されてるじゃない!」

キリアン:「振り回されてるよなぁ。それのせいで子猫みたいに右往左往させられてんだ。情けないよな」

 

 と、達観したようなセリフを吐いたそばから、アウローラにちょっと触られただけでむらっときてしまうキリアン。「どうしようもなく情欲にまみれていて、しばしばそれを笑った。でも最後はいつも負けた。」そう評される「恋人たち」の大師父のように、キリアンもまた性欲には勝てない一人の人間なのだった。

 

 

セックスの真ん中には、何かきれいで嬉しいもの、よいものがないか?(キリアン、p274)

 「恋人たち」の秘蹟である理想的性交「混爾(マージ)」を求めて、キリアンはハニカムを訪れる「ゲスト」たちの様々なセックスを見学する。その遍歴の最中、古代ローマの軍営都市を模した「ルーム」での、スキットルと一旋次との会話の中の一言。

 

 人に奉仕せずにはいられないように創造された「恋人たち」にも、体を売ることに抵抗はある。誰もが好きで春を売っているわけではないのだ。そんな「恋人たち」の支えこそが、「無条件に素晴らしいセックス」があるという思想、すなわち「混爾」である。キリアンの何気ない一言は、そんな「恋人たち」の核心を突いていた。

 

 

『混爾』を目指しましょう、キリアン。(アウローラ=ゲルド、p491)

 倫理兵器の攻撃で宇宙空間に放り出されたキリアンたち。レスキューボールの中で、キリアンはラゴスの助けもあり、「不宥順(フュージョン)」したアウローラとゲルドと和解する。そして、「混爾」を目指すための最後のセックスが、このセリフと共に始まる。

 

 

そのセックスは、実はすべて本物の模倣でしかない。(ラゴス、p517)

 キリアンの要請で駆けつけたノイジーラントの強襲砲艦によって倫理兵器は排除された。そしてキリアンの遺志を継いだラゴスは救世群と「恋人たち」との交流を始める。全てが終わった後の、工作船シェパード号。ラゴスがスキットルに衝撃の真実を告げるセリフ。

 

 大師父ウルヴァーノの技術をもってしても、有性生殖するロボットを作ることは出来なかった。つまり、「恋人たち」は子供を作ることが出来ず、そもそも「セックスは子供を作る行為である」という概念すら持ち合わせていない。

 

 そんな「恋人たち」に授けられた代替概念が「混爾」であるが、キリアンとアウローラが発見したように、「混爾」は記憶がないまっさらな状態の二人の間にしか成立しないものだった。

 

 つまり「恋人たち」はセックスせずにはいられない性を持っているのに子供を作ることが出来ず、その代わりに授けられた「混爾」という秘蹟も事実上到達不可能、というどうしようもない状況に置かれている。ラゴスはこの「恋人たち」の袋小路を打開する手段を探求し続け、最終巻「青葉よ、豊かなれ」でようやく答えを見出すのだった。

 

次回:【Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河】篇 

前回:【Ⅲ アウレーリア一統】篇

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