sheep2015です。前回は天文学などで使われる「修正ユリウス日」を扱いました。この記事では小川一水の長編シリーズ「天冥の標」の中での修正ユリウス日を扱います。
MJDの概要
「天冥の標」に登場する修正ユリウス日は、実際の修正ユリウス日と基本的には同じです。「修正ユリウス日」と「修正ユリウス暦」*1の表記ゆれが見られるので、便宜上作中の修正ユリウス日は以後「MJD」と表記します。
MJDの初出は、第3巻「アウレーリア一統」の「序章 赤い嵐の底にて」。木星で発見された古代遺跡「ドロテア・ワット」の調査隊が送った最後の報告書のタイムスタンプが「MJD142731・0746」でした。
これは西暦の「2249年8月30日7時46分」にあたると直後に解説があり、計算してみると実際の修正ユリウス日とMJDが対応していることが分かります*2。
作中での主な登場箇所
作中で登場するMJDはほとんど(19か所中14か所)が「アウレーリア一統」に集中しています。これは、「アウレーリア一統」主役のアダムス・アウレーリアの母国ノイジーラント大主教国がMJDを採用しているためです。
それ以外での登場回数は意外に少なく、第五巻「羊と猿と百掬の銀河」で1回、第六巻「宿怨」で3回、第八巻「ジャイアント・アーク」で1回、となっています。他には「宿怨」で、恒星間探査船ジニ号の船内でMJDが使われているくらいです。
以下にMJDの主な登場箇所をまとめておきます。
巻 | MJD | 西暦 | 西暦 |
3 | 142731 | 2249/8/30 | ケープコッド軍調査隊、「ドロテア・ワット」で消息不明 |
3 | 164864 | 2310/4/6 | 強襲砲艦エスレル、ファントム号拿捕 |
3 | 165199 | 2311/3/7 | ドロテア・ワットでの戦闘終結 |
5 | 179330 | 2349/11/13 | ヴォルガ号危機発生 |
6 | 229954 | 2488/6/20 | シグムント、冥王斑に感染 |
8 | 「BRASS WATCH since MJD229954」 |
※赤字は作中では明示されてない日付
MJDからわかること
作中のMJDを調べていくと、以下のようなことが分かります。
「アウレーリア一統」は約1年
MJDを西暦に換算しなおすと、「アウレーリア一統」冒頭で強襲砲艦エスレルがウシュマーン号を拿捕したのは2310年4月6日。そして終盤でドロテア・ワットを占領したのは2311年3月7日。つまり、「アウレーリア一統」は24世紀初頭の一年間の出来事を描いているということになります。
「羊と猿と百掬の銀河」は半年
「羊と猿と百掬の銀河」の冒頭、主人公のタックが目覚めるシーンでは、目覚ましの表示は西暦表示で2349年6月6日になっています。一方、終盤に発生するノイジーラント艦隊とMHDの艦隊化ヒューマノイドの小競り合い「ヴォルガ号危機」が発生したのは、2349年11月13日です。
ヴォルガ号危機の日付は、ノイジーラント人のナキアナ艦長がMJD換算で言っているのでわかりにくいですが、実は「羊と猿と百掬の銀河」は半年くらいの長さしかないことが分かります。
まぁ、あくまで「タックが主人公のパート」が半年しかないだけで、もう一つのパートは何千万、何億年というスケールの話なわけですが…。
ブラス・ウォッチ誕生の日
第八巻「ジャイアント・アーク」で、アクリラ・アウレーリアがドロテア・ワットの中で見つけた遺体。遺体が着ていた軍服には、「BRASS WATCH since MJD229954」と記された部隊章がついていました。
第六巻「宿怨」での記述と照らし合わせてみると、この日付は「ブラス・ウォッチ」の指揮官、シグムント・ヘンゼル・ジンデルが冥王斑に感染した日だと分かります。自分が感染した日付を、部隊誕生の日として定めたわけです。さすがナルシスト野郎
MJDは「天冥の標」でもマイナー
以上のように作品内ではMJDが使われることは稀です。登場人物の会話では基本的に西暦が使われます。「アウレーリア一統」でセアキ・ジュノが「MJD?なんだその単位」と言うほど、MJDは作中でもマイナーな暦のようです。
MJDの使用者は、ドロテア・ワット調査隊のダグリスタ中佐、エスレルの乗組員、哨戒艦ウィンダーレのナキアナ艦長、ブラス・ウォッチ…のように9割方がノイジーラント関係者です。なので、「MJDはノイジーラント独自の慣習である」と片付けることもできます。
とはいえ、ダグリスタ中佐だけはノイジーラントと敵対していたケープゴット自由連盟の出身です。ここは一つ、栄えある作中最初の使用者である彼に敬意を払って、別の説明を考えてみましょう。なぜ、数少ないといえどMJDが使われているのでしょうか?
MJDは宇宙船内では便利?
ダグリスタ中佐含めたMJD使用者に共通する属性は、「軍人」であること、正確に言えば「宇宙船乗り」だということです。
宇宙船、その中でも大加速と大減速を繰り返しながら敵艦を追跡する戦闘艦の中では、「会敵までどれくらいの時間があるか」が重視されます。その意味では、前回の記事で述べたように「2つの出来事の間の経過日数」がすぐにわかるMJDは案外宇宙船に向いているのかもしれません。
『MJDはノイジーラント国内で主に用いられているが、宇宙船内で使われることもある暦である』。この仮説を提示して、締めくくりとしたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。
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