ひつじ図書館

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「宇宙【そら】へ」(メアリ・ロビネット・コワル)

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 差別やトラウマと闘いながら、主人公が女性宇宙飛行士を目指す「宇宙【そら】へ」(メアリ・ロビネット・コワル)。読んだ感想をまとめました。

 

 

宇宙【そら】へ あらすじ

 1952年、ワシントンDCに隕石が落下しアメリカ合衆国の首都が消滅。混乱の中、さらなる凶報が届く。隕石の落下で発生した大量の水蒸気により、近い将来に地球規模の気候変動が起こることが明らかになったのだ。人類は、地球を脱出しなくてはならなくなった。

 

 急ピッチで宇宙開発が進められる中、主人公のエルマ・ヨークは女性宇宙飛行士に志願する。エルマはパイロットとして大戦を戦い、計算手としても高い能力を持つ人材だった。しかし、国際航空宇宙機構は「女性は宇宙飛行士として採用しない」という方針を固めていた。

 

 陸軍航空軍婦人操縦士隊(WASP)の元同僚たちや、黒人のマートル、台湾人のヘレンなどの計算手たちとの協力のもと、「ガラスの天井」を打ち破るためのエルマの戦いがはじまった。

 

「ガラスの天井」

 「もしも宇宙開発が早い段階から進んでいたら」という歴史改変SFチックな幕開けで始まりますが、ジェンダーなどにまつわる差別の問題がメインテーマだったように思います。

 

  「ガラスの天井」とは、資質や才能がある女性やマイノリティが、一定以上の地位に昇進することを阻む組織内の障壁を意味します。建前上は、どこまでも高く昇って行けそうに見えても、見えないガラスの壁があってそれ以上は進めない。エルマたちはそんなガラスの天井を突き破って、宇宙を目指します。

 

 大学内のどう見てもいびつな男女比などの、ジェンダーの問題を垣間見てきた身としては非常にタイムリーな話題でした。マイノリティの活躍という面で言えば、 後書きで著者も触れているようにNASAの黒人計算手たちを描いた映画「ドリーム」を思わせるプロットでしたね。

 

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差別する側、される側

 性別だけでなく、人種、国籍、宗教、陣営など様々なことから差別は生じます。黒人の計算手マートル、台湾人のヘレン、そしてユダヤ系のヨーク夫妻など、生きにくさを感じるのはエルマ一人ではありません。大戦中にナチスドイツでV2ロケットの開発を行っていたフォン・ブラウンも「ナチの手先」として白い目でみられます。

 

 そして、差別の解消は一筋縄ではいきません。エルマはユダヤ系で女性という「差別される側」の属性を持っています。その一方で、白人という「差別する側」の属性も持っているし、フォン・ブラウンをナチの手先として拒絶したりもする。差別する側とされる側の境界は曖昧で、時に立場が入れ替わります。こうした、「差別の複雑さ」を描いているのも、「宇宙へ」の見所の一つです。

 

 

「吐き気」への恐怖

   エルマは大学生の時の経験から、人の注目を集めることにひどいトラウマを抱えています。できるだけ人の注目を集めたくない、そんなエルマの思惑とは裏腹に彼女は「レディ・アストロノート」としてメディアに引っ張りだこになってしまいます。

 

   そして、人前に出るストレスにさらされる度に彼女は「吐き気」に苦しめられます。ストレスが限界に達し、職場で戻してしまったエルマはそれまで頑なに拒んでいた薬を飲み始めますが、結局最後まで彼女は吐き気と付き合うことになります。

 

    私も経験がありますが、ストレスからくる吐き気ってマジで怖いんですよ。吐き気がこみ上げると本当に絶望します。吐いても楽にならないし、そもそも酔っぱらってもないのに人前で吐くとか絶対に嫌だ、という恐怖が勝って吐こうとしても吐けないこともあります。吐ける方がむしろ楽かもしれませんね。

 

   キューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」では、破壊衝動が起こる度に吐き気がこみ上げるように刷り込んで、犯罪者を更正させるという描写がありました。多分実際にやってみたら残酷なまでに効果があると思います。

 

   差別との戦いよりも苦しかったかもしれない、エルマの「吐き気」との戦い。よくぞ乗り越えられたものだと、エルマに拍手をおくりたいです。「ストーンオーシャン」のプッチ神父じゃなくても、落ち着くために素数を数えるのはアリだと私は思いますよ。

 

 

その他雑多な感想

 強いて残念なところを挙げるとすれば、「悪役」のパーカーのキャラクターをもっと掘り下げて欲しかったです。ヨーク一家やマートル夫妻などの家庭事情は詳しく描かれるのに、パーカーの家庭事情については夫婦の不仲を仄めかす思わせぶりな描写があるだけで、ほとんど語られないのはちょっと不公平な気もしました。

 

 あと、ヨーク夫妻が頻繁に二人で「ロケット打ち上げ」を行うのもちょっと嫌でしたね。夜にロケットを打ち上げるなとは言いませんが、同じ例えを何度も使うのはいかがなものかと。

 

 細かい話になりますが、歴史改変SFとはいえど史実に基づくエピソードを多く取り込んでおり、時々にやりとさせられるのも本作の良い点です。国際航空宇宙機構のメンバーがレイ・ブラッドベリの「火星年代記」を読んでいたり(「火星年代記」の出版は1950年)、女性宇宙飛行士実現運動のために、第二次大戦中の最優秀機ともいわれるP51マスタングを使った女性だけのエア・ショーを開催したり。個人的にはフォン・ブラウンが登場したのが一番嬉しかったですね。

 

続編では火星へ

 「宇宙へ」は<レディ・アストロノート>と名付けられた一大シリーズの発端という位置づけらしく、2021年7月14日には「火星へ」という続編の邦訳が出版されます。これを機に、ガラスの天井に挑み宇宙を目指す者たちの物語「宇宙へ」を読んでみてはいかがでしょうか。