こんにちは、9日間の山籠もりから帰ってきたsheep2015です。今回は、山中で読んでいたレイ・ブラッドベリの短編集「刺青の男」を紹介します。
作品概要
1976年、早川書房。その男は、体中に18の刺青をいれていた。それぞれの刺青が一つずつの物語になっているというのだ。主人公が見守る前で、月明かりを浴びた刺青は未来の物語を語り始めた…。
メタな話をすると、ブラッドベリが雑誌に発表した短編を「刺青が語る18の物語」として短編集に再編成した一冊です。同じように、バラバラに書かれた短編をストーリー仕立てでまとめた短編集として「火星年代記」があります。
とはいえ、「火星年代記」は全ての物語が「火星の開拓史」という一本の歴史としてきちっとまとまっているのに対して、「刺青の男」はもう少しふわっとしたまとまりです。舞台も、火星であったり宇宙空間であったり地球であったりとバラバラ。ただし、「ありえるかもしれない未来」を描いている点では共通しています。
「刺青の男」に収録されている短編は、ハッピーエンドで終わらないものが心なしか多いです。心が温まる終わり方をする作品もありますが、最終戦争が勃発したり誰かが死んだりと悲惨な結末を迎えるものもあり、なんとはなしに重苦しい雰囲気です。
それでは、ここからは印象的だった短編をいくつか拾って紹介していきます。
「形勢逆転」
舞台は、人種差別を逃れた黒人たちが暮らす火星。核戦争が起こった地球からのロケット便は途絶え、白人は永らく姿を見せていない。そんなある日、白人をのせたロケットが火星にやってくる。かつて白人に身内を殺された黒人たちは「形勢逆転だ」と言って白人を虐げる準備を始めるが…。
同じく人種差別を扱った「空のあなたの道へ」(火星年代記)の続編とも言える作品です。「空のあなたの道へ」が、主に白人の目線から人種差別を描いているのに対し、「形勢逆転」は黒人目線で人種差別を描きます。
ロケットに乗って苛烈な差別を逃れ、火星に理想郷を作った黒人たち。彼らが今度は白人たちを差別するという、「差別の連鎖」を描いた作品かと思いきや、思わぬ結末を迎えます。
「長雨」
止まない雨が降る惑星をさ迷う男たち。靴の中までびっしょり濡れ、死んだ隊員の体からは湿気でキノコが生えてくる。彼らは、惑星のどこかにあるはずの避難所「太陽ドーム」を目指すが、隊員たちは一人また一人と落伍していき…。
悪天候の中で山を登っていた時に、この話を思い出した…と言えればいいのですが、現実には風が強すぎてテントが吹き飛ばされるわ、隊員の一人が低体温症になりかけるわてんやわんやで、全くそんなことはなかったのでした。
とはいえ、じめじめした梅雨時に読めば物語の世界に入り込みやすいでしょうし、ラストシーンでカタルシスを得られていいんじゃないかと思います。
ちなみに本作の舞台は「金星」になっていますが、実際の金星は作中で描かれるようなじめじめした土地とは正反対の環境のようです。*1。
「ロケット・マン」
ある宇宙船乗組員(ロケットマン)の息子が主人公の物語。宇宙船乗組員は名誉あるが危険な仕事で、一度宇宙に出れば、生きて帰ってこれる保証はない。父が帰ってくるたびに、家族は父を地球に引き留めようとするが、いつも失敗してしまう。内心ひそかに宇宙船乗組員に憧れる主人公は、なぜ危険と分かっていても宇宙に行くのか、父に問いただすが…。
はじめて読んだブラッドベリ作品なので、個人的にとても思い入れがあります。中学受験の過去問の題材になっていて、「主人公はこの話の後、宇宙船乗組員になったと思うか。理由と共に答えなさい」という問題があった覚えがあります。
ちなみに、小笠原豊樹訳だとタイトルは「ロケット・マン」、一ノ瀬直二訳だとタイトルは「宇宙船乗組員」になっています。当時は問題なかったのでしょうが、「ロケット・マン」だとトランプ大統領が金正恩を揶揄して「ロケット・マン」と言っていたのが思い出されて、個人的にはなんかイヤです…。
「火の玉」
火星に伝道にやってきた宣教師たちの話。火星人たちの一派は「青い火の玉」であると聞いたペレグリン神父は、火の玉たちに布教を行うために、開拓民の町ではなく火の玉が目撃された山へと向かうが…
宗教を時代遅れなものとして押しのけるではなく、真正面から扱った作品。異星人への布教は可能なのか、またその布教はどのようなものになるかというテーマを、誠実な人柄のペレグリン神父を通してしっかり描いてくれています。
ちなみに、ペレグリン神父は「火星年代記」収録の短編「鞄店」にも登場します(訳文ではペリグリンになっている)。
「マリオネット株式会社」
ことあるごとに束縛しようとしてくる妻にうんざりした夫は、「マリオネット株式会社」に依頼して自分の精巧な替え玉を用意してもらうが…。
ブラックな結末を迎える作品。タイトルや話の進み方がちょっと星新一っぽいです。
「ロケット」
宇宙旅行に憧れる男、ボドーニ。しかし彼は妻と三人の子供を養うのに精いっぱいで、とてもロケットのチケットを買う余裕はない。そんなある日、ボドーニはスクラップにされたガラクタのロケットを手に入れ、子供たちに「火星に出かける」と宣言する。妻には、おかしくなったのではと心配されるが、ボドーニにはある考えがあった…。
重苦しい話が多い「刺青の男」の中では数少ない、救われる結末の話。こういう「ハンドメイド宇宙旅行」的な話にはほっこりさせられます。20世紀後半には、なんだかんだでロケット=未来、希望の象徴 だったんだなぁ、としみじみと実感します。
因みに、本作と似たような「ハンドメイド宇宙旅行」系列の短編として、ロバート・F・ヤングの「第一次火星ミッション」(「たんぽぽ娘」河出文庫 収録)もおすすめです。
おまけ:創元推理文庫との被りについて
「刺青の男」に収録されている短編の中には、創元推理文庫から出ている短編集「スは宇宙のス」(一ノ瀬直二訳)「ウは宇宙船のウ」(大西尹明)にも収録されているものがあります。
訳す人も変わればタイトルも変わる、ということでタイトルの違いをまとめました。(カッコ内は「刺青の男」での小笠原豊樹訳のタイトル)
「ウは宇宙船のウ」
「長雨」(長雨)
原題:The Long Rain
「宇宙船乗組員」(ロケット・マン)
原題:The Rocket Man
「亡命した人々」(亡命者たち)
原題:The Exiles
「宇宙船」(ロケット)
原題:The Rocket
「スは宇宙のス」
「あの男」(その男)
原題:The Man
「ゼロ・アワー」(ゼロ・アワー)
原題:Zero Hour
本文を読んでいて特に違いを感じるところはそれほどありませんが、強いて言えば「ゼロ・アワー」の最後のセリフ「Peek-A-Boo」の訳し方に違いがあり、一ノ瀬訳では、「ピカブー」と直訳(?)しているのに対し、小笠原訳では「いないいないばあ!」になっています。
*1:金星では、大気に含まれる膨大な二酸化炭素による温室効果で地表温度は460℃に達し、海は存在しない。また濃硫酸の雲はあるが地表付近があまりに高温なので雨は降らない。