Sheep's Bizarre Book Review

邦訳:緬羊書評協会。文系大学生がSFを読むブログです。SFは文理の壁を越えます、多分。

頭脳とゴリ押しのコンゲーム—デレク・クンスケン「量子魔術師」

最終更新:2021/04/22

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※本記事はネタバレを含みます。

 

カナダ人作家デレク・クンスケンの2018年の作品。日本語版は2019年に金子司訳で出版された。

 

「オーシャンズ」が好きな人、凝った世界観を味わいたい人、読んでみたけどよくわからなかった人向けの記事です。

 

 

「量子魔術師」ってなんぞ?という方は前回の記事をどうぞ

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

 

「量子魔術師」後半のあらすじ

ブラフ

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「量子魔術師」の世界(再掲)

最初に提示されたベリサリウスの作戦は以下の通りだ。

 

目標はパペット軸の防御システムの無効化。そのために最先端AIセント・マシューがウイルスを作成し、追放されたパペットのゲイツ=15がパペット・フリーシティにスパイとして侵入してウイルスを送り込む。

 

フリーシティに潜入するために、ゲイツ=15はデル=カサルが外科手術を施して「ヌーメン」へとつくりかえたウィリアムを手土産として同伴する。野生のヌーメンが絶滅に瀕している今、パペットは遺伝子でコードされた信仰心を満たすために新たなヌーメンを求めている。ヌーメンのように偽装されたウィリアムを伴えば、フリーシティの深部のワームホール防衛システムの近くにまで潜入できる、という算段だ。

 

ウィリアムとゲイツ=15はパペット軸を通りポート・スタッブスの防衛システムにもウイルスを侵入させる。駄目押しに、準惑星オラーの地底海で陽動のため爆発を起こす。マリーが設計した高い水圧の中でも作動する爆薬を、高圧環境化でも活動できるホモ・エリダヌスのスティルスがブラックモア湾に設置する。

 

そして、パペット軸の防御を無効化した隙に遠征艦隊に軸を通り抜けさせる、というのが当初の計画だった。

 

真の策略

しかしこの計画は、チーム内に潜むスパイを欺くためにベリサリウスが流した嘘だった。パペット側に偽の作戦情報を流すことで、フリーシティ側のパペット艦隊をポート・スタッブス側に誘導し、ポート・スタッブス側にパペット艦隊の戦力を集中させる。そしてもう一人のホモ・クアントゥスのカサンドラが遠征艦隊を操りパペット軸の中に直接ワームホールの出口を開いて、ポート・スタッブスを経由せずパペット軸に侵入し手薄になったフリーシティ側の警備を突破する、というのが真の計画だ。

 

二つの疑問点

とはいえこの計画にもツッコミどころはある。まずパペット軸の中にワームホールの出口を開けるなら、軸の中からフリーシティの外にワームホールを開いてフリーシティ側の警備もスルー出来るのでは、という点。一応軸の中の世界は「不安定」であるという説明があり、軸の中からワームホールを誘導することはできないのかもしれないが、どうも釈然としない。

 

もう一点は、この計画ではオラーの地底海に爆弾を仕掛ける意味はあるのか、という点。マリーとスティルスは散々苦労して爆弾を設置するが、なんとこの爆弾、起爆される描写がない。せいぜい起爆装置として残した量子もつれを起こしたボタンがワームホールの誘導に利用されるくらい。パペットを欺く罠だったとしても爆弾を設置する意味はあったのだろうか。

 

一応マリーとスティルスの二人には軸をくぐる遠征艦隊の最初と最後の艦に同乗して、詐欺計画の報酬でもあるインフラトン・レーサーを駆って戦場を離脱するという見せ場はあるが、爆弾を設置する苦労は何だったんだ…と思わされる。というか、ドレッドノート型戦艦に対抗できるほどの強力なインフラトン砲があるんなら、そもそも詐欺計画など立てずに軸を強行突破できたのでは…?

 

 

色々言った後の感想

中盤まではコンゲーム的な雰囲気がちらついていただけに、最後の最後で力押しでごり押してしまうのはちょっと残念。本作に純粋な頭脳戦を期待する読者はがっかりするかもしれない。

 

とはいえ、コングリゲートの謎の上級工作員「スケアクロウ」の恐怖や、チームの中でブルーカラーの悲哀と気概を漂わせるマリーとスティルスなど個性的なキャラクターたちが織り成す人間模様など、面白い箇所はいくらでもある。なんといっても、600ページものボリュームがあるのだから。

 

口汚く罵り合いながらも、はみ出し者同士次第に心を許しあうマリーとスティルスの人間劇や、短期間で遠征艦隊が達成した大幅な技術革新の陰にある秘密が、読んでいて面白いポイントだった。また、観測を最優先する量子知性体と自己保存を望む主体の間でジレンマに陥るホモ・クアントゥスや、服従するものを求めずにはいられないパペットの苦悩も、物語に深みを与えている。

 

「三体」などのビッグネームの影に隠れてしまっている感はあるが、「オーシャンズ」のようなエンターテインメント性と、量子現象や遺伝子改造にまつわる深いテーマがバランス良く組み合わさった面白い作品だ。是非手に取ってみて欲しい。