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「日本SFの臨海点 中井紀夫 山の上の交響楽 」(伴名練 編)

 星新一のショートショートをパワーアップさせたような作品が満載の短編集「日本SFの臨海点  中井紀夫 山の上の交響楽」の中から、sheep2015が特に面白いと思った4作品を感想を添えて紹介します。(ネタバレあり)

 

 

作品情報

「なめらかな世界と、その敵」の伴名練が、今の時代に読んで欲しいSFを紹介する「日本SFの臨界点」シリーズの第三弾。「怪奇篇」「恋愛篇」とテーマを決めて様々な作家の作品を集めるアンソロジー形式だった前回までと違い、今作は伴名練が「伝説の作家」と称する中井紀夫の作品を集めたものとなっている。

 

蛇足ではあるが、「日本SFの臨界点 恋愛篇」にも収録されている「死んだ恋人からの手紙」は、令和3年度に日本大学芸術学部の入学試験に使われたことで話題になった。

 

「山の上の交響楽」

 演奏に何百年もかかる交響曲を演奏する巨大楽団。数か月後に迫った難所を控えて、それぞれの事情を抱えながら準備に奔走する楽団員たちの姿を描く。

 

出番が全然ないことを嘆くトライアングル担当、失踪した恋人の帰りを待つバイオリン担当、写譜に追われる人々、そして事務員として奮闘する主人公。 団員たちのそれぞれのエピソードが絡み合い、800人の楽団員が総出で演奏するクライマックスに雪崩れ込んでいく展開が見事です。

 

陳腐な言い方にはなりますが、「みんなが一つになって演奏する」ことの美しさが伝わってきました。 小学校の頃、音楽の先生が何度も言っていた「みなさん、心が一つになっていません」という言葉の意味が、本作を読んでようやく分かった気がします。もう一度、楽器を手に取って合奏をしたくなるような作品です。

 

 

「殴り合い」

至極平和に暮らす主人公。しかし、過去には事あるごとに突然二人の半裸の男が現れ、目の前で乱闘を繰り広げるという珍妙な体験をしてきた。人生の節目節目に必ず現れる男たち。一体彼らの目的は何だったのか?

 

一言でまとめると、コミカルな「ターミネーター」。主人公はジョン・コナー、殴り合う男たちは未来から派遣された殺人アンドロイド。

 

 しかし、凶悪な武器で血みどろの戦いを繰り広げる「ターミネーター」と違って、そこら辺で調達した適当な服を着てぽかすか殴り合うのがなんともコミカル。服はタイムトラベルさせられないとか、二つの勢力が過去に遡って戦うとか、設定は同じはずなのですが...。

 

男たちの片方は、未来に重大な影響を与える主人公の運命を邪魔しようとし、片方はそれを阻止しようとします。そして彼らが起こした乱闘騒ぎの結果、前者が勝利して主人公は平穏な暮らしを送っています。あり得たはずの、壮絶な運命は回避されました。

 

未来からの訪問者によって主人公が壮大な運命に巻き込まれていく「ターミネーター」と正反対の展開ですが、元々主人公が辿るはずだった運命にも名残を感じさせる幕の閉じ方が見事です。

 

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「絶壁」

立ち場」が違うせいで、南が下で北が上になっている男、登志雄。重力に逆らいひたすら南から北へと「登って」いく登志雄と、そんな彼の姿を眺める主人公の物語。

 

「横方向に重力が働く」という設定は「ビット・プレーヤー」(グレッグ・イーガン)を思わせます。しかし、重力が横に働くメカニズムについて冒頭から主人公が綿密な分析を行う「ビット・プレーヤー」と違って、本作ではただ「立ち場が違う」の一言で説明を済ませてしまうのがいいのです。

 

 

登志雄は行く手に大きな道路があるときは、交通量が少ない夜中に主人公に道路にハーケンをうってもらい、それを手がかりに登ります。こうした「北への登り方」が細かいところまで描写されているのも良かったです。

 

「見果てぬ風」

どこまでも続く二つの壁に挟まれた世界。健脚を持って生まれた主人公テンズリは、壁が途切れる場所を見るためにひたすら壁に沿って歩き続ける。

 

 旅の途中で結婚して子供を持ったり、時には幽閉されて脱出劇を繰り広げたりしながら、ひたすら壁の途切れる場所を目指すテンズリ。果たして壁が途切れるところに何があるのか?

 

収録されている作品の中で、一番のお気に入りです。

 

昔から歩くのが好きで、高校生の時に友達と一緒に100キロ耐久歩行をやったりしていたので、ずんずん歩いていく主人公を見るだけで楽しいですね。それに、壁がどこまでも続いていく=どこまでも歩ける という世界設定も主人公の健脚とベストマッチしていて最高です。

 

 旅の途中で主人公は世界の真の構造に気がつきます。「この世界はどんな形をしているんだろう?」という素朴な疑問が解かれていくのは、ミステリーのようで楽しかったです。本作の短編から、どれか一つを選んでその中に入り込めるとしたら、是非とも「見果てぬ風」の世界に入ってみたいです。

 

平和でいて、魅力的な世界観

総じて、設定が魅力的な短編集でした。毒を含んだ要素もあまりなく、終始穏やかな気分で読めます。かと思うと、「例の席」「満員電車」のようなホラーテイストな作品もあり、飽きがきません。

 

 ただ、ところどころぷつっと途切れて終わるような作品があったのが気になりました。必ずしもきれいなオチがつくわけではないので、消化不良な気もしなくはないです。とはいえ、「話としては一旦終わっても、作品の中の世界は続いていく」ことを示しているようでこれはこれでいいと思います。

    

あと、「日本SFの臨海点」シリーズの前の二作でもそうでしたが、巻末に伴名練の解説がついているのが本当に助かります。作者の来歴はもちろん、当時のSF界の流行や次に読みたくなる作品も紹介してくれるので、解説を読むともっとSFが好きになれます。

 

 
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