ひつじ図書協会

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「少年ジャンパー」を語りたい

 こんにちは、一人称が時々迷子になるsheep2015です。今回はテレポート能力を持つ陰キャオタクが主人公の短編「少年ジャンパー」(中田永一)について、同一作家の日記的作品「小生物語」(乙一)と絡めながら語っていきたいと思います。

 キーワードは「九州」「ラノベ」「ジョジョ」「陰キャ」です。

 

「少年ジャンパー」と「小生物語」

 まずは基本情報から。「少年ジャンパー」は「くちびるに歌を」などで知られる中田永一の2015年の短編集「私は存在が空気」に収録されています。

 

 主人公は、醜い顔が原因でいじめに遭い、登校拒否中の高校生大塚カケル。ある日彼は、「両足を地面から離すと、一度訪れた場所へテレポートできる。」という能力【ジャンプ】を手に入れるが、相変わらず引きこもり生活を続けていた。しかし、ひょんなことから高校の先輩の瀬名ヒトエを【ジャンプ】で助けたことから、彼の生活に変化が訪れる…というあらすじ。

 

 もう一つの「小生物語」は、「夏と花火と私の死体」「サマーゴースト」などで知られる乙一の2004年の作品です。かつて乙一がウェブ上で連載していた日記を書籍化したもので、作中で「嘘日記」とも言われてるように適度にフィクションが交えられた半分小説、半分日記のような不思議な作品になっています。随所に付けられた秀逸な注には定評があります。


 ちなみに、「中田永一」と「乙一」の中の人は同じです(本名は「安達寛高」)。青春小説や恋愛小説では「中田永一」を、ホラー小説などでは「乙一」を使っているのだとか。ペンネームを分けているのに乙一名義の作品と中田永一名義の作品を比べて語るのはよくないなぁ、とは自分でも思うのですがどうかご容赦ください。

 

 それでは、次からは最初のキーワード「九州」について語っていきます。

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乙一と九州

 「少年ジャンパー」の主人公カケルが住んでいるのは北九州ですが、この地は乙一の出身地でもあります。曰く「福岡の片田舎」で生まれ育ったとのこと。

 

 ちなみに「小生物語」では、デビュー作の「夏と花火と私の死体」に近所の日常風景を取り入れたら「ひと昔前の日本の風土がよく描かれている」と言われて複雑だった、というエピソードが語られています*1

 

 カケルに【ジャンプ】の能力が発現するきっかけとなるシーンでは、博多弁でカケルに心無い言葉が浴びせられます。お盆にカケルの家に集まった親戚たちが、二階の自室に引きこもっているカケルに対してこんな言葉をかけます。

「カケルくんは部屋から出てこんとね?」

 興味津々のおばさんの声が一階のほうから聞こえてきた。

「カケルくん、出ておいでよ!スイカがあるばい!」

「出てきたらお小遣いばやるぞ!」

 お酒の入ったおじさんたちがどっとわらう。

「顔ば見せてごらんよ!おばあちゃんにそっくりやもんなあ!」

 カケルは、おばあちゃんからの遺伝で本人曰く「酔っぱらいの吐瀉物みたいな」顔であり、この顔のせいでいじめられて登校拒否になっています。そんなコンプレックスを、酒の席でネタにするなんてお前ら人間じゃねえ、と言いたくなりますが、これと似たようなシーンが「小生物語」にも登場します。

 小説などを書いて小銭を稼いでいる小生、親戚のおばさんたちにはわけのわからない無職の人間として名が通っているのであった。

「ヒロタカ君はいつ就職するとね?」

「ヒロタカ君は今、なんばしょっとね?」

(中略)

「そういう質問はヒロタカ君に禁句ばい」*2

 乙一の実家では、お盆や正月に親戚が集まるとこういった会話が交わされる、らしいです。カケルの実家ほどではないが*3、乙一もまた親戚から博多弁で無遠慮な言葉を浴びて、傷ついた経験があるのでしょう。

 

ラノベについて

 カケルは大のラノベ好きです。そしてそれゆえに謂れの無き迫害を受けています。カバンに入れていたライトノベル(表紙は美少女イラスト)が教室の床にぶちまけられてしまい、クラスの女子から冷たい目で見られるシーンの悲惨さには目を覆いたくなります。

 

 「小生物語」では、乙一は自身がライトノベルを読んで育ったこと、そして「あなたの小説はライトノベルよりも深くて文学的ですよ」などと言われると「むかつきを覚える」と書いています*4。ちなみにそういう時には「大人なのでにこやかに対応する」そうです。

 

 今でこそ、アニメ化などもされ盛り上がりを見せるラノベですが、私が中学生だった2010年代前半には教室でラノベを読んでいるとクラスメイトにからかわれたりするような風潮がありました。最もこうした風潮はラノベが爆発的な普及をみせると共に消え失せ、高校生になる頃にはからかっていた側もラノベにどっぷりとハマるようになっていましたが…。

 

 「少年ジャンパー」に話を戻すと、カケルがライトノベル愛好家ゆえに冷たい目で見られるのには、ライトノベルへの謂れの無い差別に憤りを覚えていた乙一の経験が反映されているように思えてなりません。

 

溢れるジョジョ愛

 1987年に週刊少年ジャンプで連載が始まり、2022年には35周年を迎えた荒木飛呂彦の人気シリーズ「ジョジョの奇妙な冒険」。「ジョジョ立ち」として知られる特徴的なポーズや、芸術的な作画、そして登場人物の精神面を色濃く反映した超能力「スタンド」など、唯一無二の魅力を持つ作品です。

 

 「いともたやすく行われるえげつない行為」「君が泣くまで殴るのをやめない」「だが断る。」などの名セリフは、ジョジョを読んだことがないという方でも耳にしたことはあるのではないでしょうか。

 

 乙一はジョジョのファンであることを公言しており、過去にはシリーズ第4部「ダイヤモンドは砕けない」のスピンオフ小説「The Book」も手掛けています。また2022年5月には、35周年を記念した出版された「JOJO magazine」に、「野良犬イギー」という第3部「スターダストクルセイダース」の新作スピンオフ小説も掲載されました。

 

 乙一のジョジョ好きは、「少年ジャンパー」にも表れています。瀬名先輩は、作中2回も「どジャアァァ~~~ん!」という謎の効果音を口にしますが、これは第7部「スティール・ボール・ラン」に登場するあるキャラクターの決めセリフ(?)です。

 

 「小生物語」でも今にも崩れそうな空き缶の山にさらに缶を置くスリルを「気分はジョセフジョースター」(第2部「戦闘潮流」の主人公)*5と表現したりもしています。

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陰キャの恋愛

 乙一(あるいは中田永一)作品には陰キャが頻繁に登場します。「百瀬、こっちを向いて。」のノボルもそうだし、「青春絶縁体」*6の山里秀太もそう。「暗いところで待ち合わせ」のアキヒロだって陰キャです。

 

 そんな名だたる陰キャの中でも、カケルは瀬名先輩との交流を通じて「陰キャと恋愛」というテーマに深く切り込んだ主人公です。最後はめでたく恋が実る「百瀬、こっちを向いて。」のノボルよりも、最終的に恋愛に発展しない分カケルの方がリアルと言えるかもしれません(sheep2015は陰キャの恋愛というものを信じていません)

 

 【ジャンプ】で色んなところへ瀬名先輩を連れていく手助けをする中で、カケルは先輩に恋愛感情を抱きます。しかし瀬名先輩には彼氏がいる。そしてカケルはある考えに苦しみます。

僕はこれまで女子と会話をしたことがほとんどない。免疫がなかったのだ。そこに突然、先輩があらわれたから、おもわず惹かれてしまったのではないか。他のだれかでもよかったのではないか。

 

瀬名先輩が親しくしてくれるのは、僕に【ジャンプ】の能力があるからだ。そんなこと、わかりきっているではないか。僕は先輩の移動手段なのだ。(中略)僕にそんな能力がなければ、声をかけてもらえることさえないのだ。

 ここ、個人的にはカケルを好きになったポイントで、なぜかというとカケルは自分の境遇を客観的に分析できていて、それがある程度は当たっているからです。

 

 自分が瀬名先輩のことを好きになったのは、瀬名先輩が身の回りにいた数少ない女性だったから。瀬名先輩が自分に声をかけてくれるのは、【ジャンプ】の能力を持つ自分がアッシー君として有能だから。

 

 結局カケルは瀬名先輩の遠距離恋愛を応援することを選び、そして学校に復帰するという新しい道を進み始めます。優しくしてくれた女性に付きまとう気持ち悪いオタクにならずに、自分の力で自分の未来を切り開いたカケルの精神にこそ、見習うべきものがあるように思えます。

 

最後に

 というわけで、「九州」「ラノベ」「ジョジョ」「陰キャ」の4つをキーワードに、「少年ジャンパー」について語りました。ここまで語ってきたように、「少年ジャンパー」は乙一、あるいは中田永一作品のエッセンスがギュッと詰まった作品です。興味のある方は、「小生物語」とも合わせて是非読んでみてください。

 

 それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

*1:p61

*2:p179

*3:いや、もしかすると「小生物語」では実際に言われた言葉をオブラートに包んで書いている可能性もある。その場合、もしかしたら「少年ジャンパー」でカケルがかけられたような言葉を、乙一も浴びたのかもしれない。

*4:p61

*5:p27

*6:「箱庭図書館」収蔵。ただ、この作品に関しては読者から投稿された短編に乙一が手を加えて、一つの短編集を作り上げるという企画「オツイチ小説再生工場」で生まれたものなので、乙一要素100%かと言われると微妙なところがあるのだが。