ひつじ図書協会

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#天冥名セリフ 【 Ⅵ 宿怨 】

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 #天冥名セリフ で募集され、最終巻の帯を飾った「天冥の標」の名セリフたちの解説記事です。今回は5巻まで積み上げてきたものを壊していく「Ⅵ 宿怨」から。ネタバレ全開です。

 

それが報いとなるわけです。あれだけの善意にまるで気づかなかった、あなたの鈍感さへの。(ロサリオ*1、①p106)

 生態系保存天体群スカイシー3で迷子になった救世群のイサリは、偶然アイネイア・セアキら9人のスカウトたちに保護される。イサリの願いを聞き入れ、彼らは「星のリンゴ」アケボシを求めて束の間のキャンプ旅行を楽しんだ。

 

 連れ戻されたイサリは、軽率に「非染者(ジャームレス)」たちと行動を共にし彼らを冥王斑感染の危険に晒したことを副議長のロサリオに責められ、お説教を受ける。しかし、アイネイアたちの完璧な感染防護策のおかげで、感染者はゼロだった。

 

 アイネイアたちは、イサリを保護した時点で彼女が冥王斑のキャリアだと知り、「ただ一度のキャンプ旅行」をイサリにプレゼントすることを決めたのだ。そんなスカウトたちの完全なる善意から実現したのが、イサリに気づかれないように気を使いつつ感染防護策を講じながら行われたキャンプ旅行「アップルハンティング」だった。

 

 始祖言行録を改ざんしてまで「非染者は冷酷な敵」だと教える救世群の中にあっては、イサリが受けた善意のことなど話せるはずがない。ロサリオはイサリに全てを胸の内に秘めるように言い、冒頭の言葉をかけるのだった。

 

 

恨んだり憎んだりするのはさ、とても楽しいんだよ、イサリ。(スキットル、①p343)

 「恋人たち」のスキットルに会うためにシェパード号を訪れるようになったイサリは、ある日スキットルに救世群の始祖言行録の原典を見せられる。

 

 ドロテア事件後、崩壊寸前だった救世群を結束させるためにルシアーノ・クルメーロ・ロブレス(グレア・アイザワの夫、キリアンの兄)は言行録に大幅な改ざんを施した。その結果、檜沢千茅は「非染者への復讐に燃える女」にされ、イサリもそんなチカヤ像を信じ切っていた。

 

 しかし、原典を見せられて紀ノ川青葉や児玉圭吾の存在を知ったことで、イサリは真実を理解する。非染者と救世群は、共存できる可能性がある。イサリは原典を救世群全体に公開するよう提案するが、スキットルはそれを拒否し、冒頭のセリフを吐いた。

 

「救世群はこんなの喜ばない。みんなの世界はもう固まっちまってるんだ。この原典は、その世界をぶち壊すハンマーだ。みんなの世界を壊し、大勢を不幸にしちまうよ。見せられないね」

 

 冥王斑の発生から約500年。救世群はもはや非染者への憎悪無しには立ち行かないほどに行き詰っていた。

 

 

はじめまして、人類。われわれは遠い球からごろごろ流れて命中した別人。友好的に攻めません。働け。(ミスミィ、②p27)

 異星人カルミアンと人類は、軌道娼界ハニカムのドックでファーストコンタクトを迎える。その時の言葉がこれ。で、「恋人たち」の答えはこう。

 

「お帰りなさいませ、すべてのご希望にお応えするハニカムへ。エイリアンとの邂逅プレイをお望みでしょうか? PSチェック、失礼いたします」

 

 なんともちぐはぐでユーモラスなやり取りだが、ある意味「恋人たち」の限界がここに現れていたとも言える。ミスミィたちは、オムニフロラに対抗して同盟を組むために太陽系にやってきた。しかし、カルミアンの言葉がちぐはぐだったのもあるが「恋人たち」にはその目的は伝わらなかった。

 

 結局、ミスミィの太陽系来訪はオムニフロラ対抗戦線の結成はおろか、人類への恨みに燃える救世群にオーバーテクノロジーをあたえ「消信戦争(シグナレス・ウォー)」を引き起すという最悪の結果を招いた。やっぱり、ファーストコンタクトは難しい。

 

 

助けてろう、ヒツジらぁしゃべりおるにに。だぁれも信じてくれおらんのよぉ……(メララ、②p52、53)

 セレスの名門、コスモス校に留学しているジョージ・ヴァンディの元に、故郷のパラスから幼馴染のメララ・テルッセンがやってくる。ジョージと出会った彼女の第一声がこれ。ガルトヘッピゲン会派特有のなまりに方言萌えをおぼえる読者もいるとかいないとか。

 

 それはともかく、ダダーのノルルスカインが一般ガルトヘッピゲン会派女子のメララにコンタクトをとった理由は不明である。「Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河」でエトワール・ツェンにコンタクトを取ろうとしてミスチフに阻止されたのにこりたのか、それともメララが自分の副意識流アニー・ロングイヤーの血筋に近いところにいたからなのか?

 

 

元気よ。ずっと病気だけど。(イサリ、②p188)

 西暦2502年、「2222年第三次拡張ジュネーヴ条約(クアッド・ツー)」のアップデート会議に、救世群も大使を送ることが認められ、ロサリオ、イサリ、ミヒルはセレスを訪れる。

 

 ロサリオの目を盗んでイサリとミヒルは宿舎を抜け出すが、無政府主義者「ビーバー」たちに軟禁されてしまう。イサリは一か八かアイネイアに救助要請を送り、それに応えて二体の「純潔(チェイスト)」と共にアイネイアが現場に駆け付ける。無事を確かめるアイネイアへの、イサリの答えがこのセリフ。

 

 後になって、二人の立場が全く変わってしまってから、イサリは同じようなセリフを言う。フェオドールを乗っ取ったミスチフによって冥王斑に感染させられ、死線をさまようアイネイアは、ベッドサイドに一人の硬殻体(クラスト)がいるのを目にする。

 

「つらかったんだよ」

「ええ」

「熱でさ」

「うん」

「よくなったけど、きみは?」

「あたしは元気よ。いつも病気だけど」

「じゃあ、寝てなよ。温かくして休むんだ」

「わかった」

嬉しそうな、寂しそうな様子で、その人が答えた。(③p394)

 

 

これは、返そう。われわれが欲するのは、これまでに奪われたものだけなのだ。(ノルベール・シュタンドーレ、③p103)

 第五章「天冥の標」は、救世群の代官の残虐な振る舞いから幕を開ける。地球を占領し、ロイズが動員した太陽系艦隊(システムフリート)をも手中に収めた救世群は、降伏した諸都市に代官を送る。そして、パナストロの首都ヒエロンでは、町を視察する代官のシュタンドーレ総督を「保菌者」という蔑称で呼んだ警官が血祭りにあげられた。

 

 顔面蒼白になった政府高官に、引きちぎった警官の腕を差し出しながらシュタンドーレはこのセリフを言い放つのだった。

 

 

小さな一つの道しるべか……(ブレイド・ヴァンディ、p117)

 パナストロの商務大臣ブレイド・ヴァンディの自宅を、羊を連れたメララ・テルッセンが訪れる。メララは救世群と人類の背後にミスチフとノルルスカインの戦いがあることを明かし、シュタンドーレと手を組んで、救世群に潜む「第三のダダー」=カルミアンを引きずりだすよう助言した。

 

 メララとの会見のあとにブレイドが漏らしたセリフがこれである。感染者と健常者との間の垣根を越えて、救世群のシュタンドーレと手を結ぶこと。それこそが救世群との争いを止めるただ一つの手段であり、ブレイドはもう一歩のところまで行くが···

 

 

私はあなたたちを愛しています。(ミヒル、③p365)

 大手ファーストフードチェーン「ツェンバーガー」の販路にのって、太陽系の隅々に行きわたった原種冥王斑入りのカプセル。その全てを割るコードが、この言葉だった*2。ミヒルのこの言葉をきっかけに、致死率90%の原種冥王斑がばらまかれ、太陽系の全てが崩壊へと向かっていく。

 

 

ルッゾツー・ウィース・タン。さようなら、みんな。(メララ、③p423)

 軌道上から冥王斑に冒され死んでいくパラスを眺めながら、メララは別れと弔いの言葉を口にする。後に「消信戦争(シグナレス・ウォー)」と呼ばれる戦争はこうして幕を閉じ、500年に渡って発展してきた人類の太陽系文明は崩壊した。

 

西暦2502年末。

太陽系は静かに冷え、全体の赤外線放出量は21世紀のレベルに戻った。

 

 そして新世界ハーブCで、生き残った子供たちの「暗黒の十五少年漂流記」が幕を開ける。

 

 

次回:【 Ⅶ 新世界ハーブC 】篇

前回:【Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河】篇

 

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*1:ロサリオ・エル・ミシェル・クルメーロ。余談だが、彼が救世群に加わる前に属していた共同体は「シオン回顧団」(②p172)。名前からして恐らくユダヤ系の共同体と思われる。

 小川一水は5巻刊行記念で行われたインタビューで、シリーズの方向性を問われて「いじめられた側がいじめた側にまわったようなときに生じる矛盾をどうするか」という問いにせまっていく、と答えている(SFマガジン2012年1月号、「小川一水インタビュウ」、p16)6巻では非染者からいじめられていた救世群が、カルミアンからの技術供与を受けて非染者をいじめる側にまわる。そしてポグロム、アウシュヴィッツとさんざん迫害されてきたユダヤ人は、自分たちの国を手に入れてからはアラブ系住民を迫害する側にまわった。もしかしたら、6巻の展開にはパレスチナ問題が念頭におかれているのかもしれない。

*2:カプセルを割るコードには最初は准将オガシの声が使われるはずだったが、予備としてミヒルの声も録音されることになった。その時ミヒルは「アイ・ラヴ・ユー」と言っていたのでこのセリフと違うじゃないか、と思いたくなるが、例によって天冥の標世界の住人は英語で話しているので……