ひつじ図書協会

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#天冥名セリフ 【Ⅱ 救世群】

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 #天冥名セリフ で募集され、最終巻の帯を飾った「天冥の標」の名セリフたちの解説です。今回は「Ⅱ 救世群」からお送りします。ネタバレ全開です。

 

きみたちを助けに来た。よく伝えてくれた。感謝するよ、とても。(児玉圭吾、p51)

 「正体不明の感染症が発生。死者多数」知らせを受けて現地に飛んだ児玉圭吾と矢来華南子が目にしたのは、累々と転がる犠牲者の死体だった。極限状態の中で必死に情報を発信していた生存者の少年、フェオドール・フィルマンに児玉がかけた言葉がこのセリフ。

 

 

不肖紀ノ川青葉、このたびオスに惚れました。(紀ノ川青葉、p355)

 冥王斑の生還患者第一号として、世間の様々な中傷、差別に晒された少女、檜沢千茅。そんな彼女を救ったのは、頼まれもしないのに何度も隔離施設に面会に来た不愛想な友人、紀ノ川青葉だった。そんな青葉の、結婚報告のセリフである。

 

 この後、「悪戦苦闘半年を経て将来に関する合意が成立、学生の身ながら法的配偶者を得ることが決定。」と続く。照れくささを隠すために堅苦しい言い方をする青葉の姿がユーモラスで、シリアスな「救世群」の数少ない癒しシーンとなっている。だが、この時の千茅の心境は…

 

 

チカ、あんた大好きだよ。私の最高の友達だ。聞いてる?もういっぺん言っとくな、ありがとう。(紀ノ川青葉、p362)

 感染症への差別が、二人の間を引き裂く。東京でのアウトブレイクの発生と共に「合宿所」を取り巻く情勢も緊迫していき、千茅は青葉にもう合宿所に来ないでくれるよう伝える。

 

 千茅は内心、健常者として自由な生活をし結婚もできる青葉のことを妬ましく思っていた。青葉も、心のどこかで合宿所を汚い場所だと思っていて、合宿所からの帰りには手を念入りに洗っていた。感染者と健常者、お互いのわだかまりを吐露し合う二人。二人の友情もこれまでかと思われたが、千茅の耳に飛びこんできたのは、感謝の言葉だった。

 

 「アオバ・キノカワ。健常者。チカヤの傍観者、軽蔑者にして、導師、共同研究者、随伴者、終生の交誼を誓いたる者*1「Ⅵ 宿怨」に登場する改訂前の救世群の始祖言行録には、青葉のことはこう記されていた。このシリーズのタイトルを、「相反する二つのものを繋ぐ一筋の光」と解釈するなら、紀ノ川青葉こそが最初の「天冥の標」だったのかもしれない。

 

 

私をお恨みなさい。どうか、人間を恨むことのないように。(柊冬雄、p413)

 合宿所の放火と医師の掛井からの性的暴行をきっかけに、千茅はジョプと共に逃亡し山中でひっそりと暮らす。しかし、児玉の来訪がきっかけで居場所がばれてしまう。警官隊と共に現れた柊冬雄が、檜沢千茅に告げた言葉がこれである。

 

 柊冬雄。冥王斑を封じ込めるために、医師として容赦ない手段を行使し冥王斑患者たちを閉じ込めた張本人。このセリフの後、彼は児玉に対してこうつぶやいた。「恨みって、何でしょうね。なぜ人間は、恨むべきでないものを恨むんでしょう。(中略)ウイルスすらも恨む相手ではない。それが出てきたのは、自然の進化のなしたことなんですから。

 

 柊の名は後に「ヒラギの雲*2」という言葉ができるほど、「救世群の敵」として歴史に刻まれる。しかし、柊のこのセリフの500年後、救世群のイサリもまた同じようなセリフを言う。「なんで人間は恨むの?恨むなら非染者よりも病気を恨むのが筋だし、けれど病気って勝手に起きて勝手に暴れるもので。結局、何をどうして恨むのか分からなくなる。*3

 

 「私をお恨みなさい」と、自ら進んで冥王斑患者の恨みを引き受けようとする彼の目的は、「救世群の敵」となったことである意味達成されたと言えるだろう。だが、肝心の「人間を恨むことがないように」という願いは叶えられなかった。

 

 

でも、だからって絶望したくないのよ。こんなゴミ箱みたいなところで、泣きながら腐っていきたくないの。(檜沢千茅、p426)

 冥王斑の治療薬の開発が行き詰まる中、残された防疫手段は「隔離」しかなかった。コスタリカのココ島に大規模な冥王斑患者の受け入れ施設がつくられ、全世界の患者が収容されることになる。柊に連れ戻された千茅もココ島に収容されることになったが、千茅が目にしたのはろくな管理体制も敷かれず、強者が弱者を虐げる受け入れ施設とは名ばかりのごみ溜めのような場所だった。

 

 千茅は居留地を仕切っていた男、クルメーロ*4のもとに殴り込みをかける。冥王斑患者たちが力を合わせ、ワクチンを武器にして健常者たちに対して自分たちの権利を主張しよう。そう呼びかける千茅の演説の一節がこのセリフである。まさしくこの瞬間に、「救世群」が誕生したといえるだろう。

 

 

すなわち、冥王斑とは地球外の何者かが仕掛けた、大げさないたずらだった、と。(フェオドール・フィルマン、p433)

 冥王斑の発生源である新種の生物「クトコト」を分析したフェオドールは、冥王斑は地球外生命体が持ち込んだものであるという結論に至り、矢来華南子をはじめとする研究者たちにこの仮説を伝える。

 

 冥王斑が地球外の存在によって仕組まれたものだったことまでは当たっていたが、フェオドールの仮説は肝心なところで間違っている。確かに冥王斑をばらまいたのは「ミスチフ*5」だが、動機はいたずらなどでは無かった。

 

 冥王斑の、そしてミスチフの真実を知るには、「Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河」を待たなければならない。

 

 

いや?別に。ちょっと背中をかいていただけだよ、オリジン。(ダダーのノルルスカイン、p241)

 「救世群」に異物のように差し込まれた「断章2」。羊の遺伝子に潜む「被展開体」なる謎の存在が、あるプログラムを乗っ取り「フェオドール・ダッシュ」として活動を始めるまでを描くこの章のラスト、オリジナルのフェオドールからの質問に被展開体はこう答える。

 

 初読時にはちんぷんかんぷんだが、これこそノルルスカインの強力な思考ストリームにして、以降セアキ家との交流を続けていく「フェオドール」の記念すべき第一声である。ちなみに「宇宙の諸注意」にも盛り込まれているように、自分の「背中」を意識できるかどうかは、被展開体のレベルを示す重要な指標らしい。

 

次回:【Ⅲ アウレーリア一統】篇 

前回:【 Ⅰメニー・メニー・シープ 】篇

 

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*1:宿怨part1、p341

*2:「ヒトであるヒトとないヒトと」に登場。セレスがふたご座ミュー星に近づく中、カルミアンの母星カンムに集結していた異星人たちと救世群が衝突する。セルマップがあるカンムへの道を妨げるこの一群を、救世群たちは「ヒラギの雲」と呼んだ。アシュムは「ヒラギというのは、始祖言行録の前半に出てくるあのヒラギのことですよ。聖祖チカヤを祖国から追い出した、国家的迫害機関の司令官です」(part2、p156)と説明する。

*3:宿怨part1、p338

*4:以降、救世群の副議長には「クルメーロ」という称号が与えられる。「Ⅲ アウレーリア一統」のグレア・アイザワの配偶者、ルシアーノも、「宿怨」のロサリオも、そしてミヒルの側に控える謎の男アシュムも「クルメーロ」だった。

*5:「救世群」では「紺霊」という漢字があてられている。意味は不明。紺色の霊って何ぞ?