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【天冥の標解説】断章のまとめ②

 前回に続き、小川一水のSF小説「天冥の標」の「断章」について解説していきます。前回の記事はこちらから↓

 

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断章一覧表(再掲)

 

タイトル

時系列上の位置

登場するダダー

1

ダダーのノルルスカイン、○○する。

約6億年前~24C

5巻

ノルルスカイン

2

オビス・ミュシモンからオビス・キュクロプス、そしてクラウドへ

紀元前20C~21C

2巻中盤

ノルルスカイン

3

ファースト・コンタクト、羊飼いの口承、そして「ビーバー」

3~25世紀

6巻②冒頭

ミスン族、ノルルスカイン

4

クラウドより、オビス・マキナへ

2312年?

3巻末尾

ノルルスカイン

5

ダダーのノルルスカイン、登場しそびれる

2312年

5巻終盤

ノルルスカイン、ミスチフ

6

ヒトである既人とまだの機人と

2804年

9巻①末尾

ノルルスカイン

7

「強いちからでまもっていこう。」―準惑星セレス中心虚 汎展開系オムニフロラ分泌郭内

2804年

10巻①末尾

ミスチフ

8

オンネキッツの遺言―惑星カンム重質量特異点、事象地平線上

2804年

10巻②末尾

ミスン族

89

―「岸無し川」にて―

3135年?

8巻①冒頭

アクリラ

90

川のほとりの《海の一統》

3135年?

8巻②末尾

アクリラ

91

OFF TERRA MATER EST

3135年?

10巻③末尾

アクリラ

断章89以降について

 ナンバリングが飛んでいることから分かるように、断章89以降はそれまでの断章と決定的な違いがあるので、最初にざっと解説します。

 

 まず、断章89以降は「ダダーのアクリラの物語」です。そして「全てが終わった後」の時間軸の話になります。「Ⅹ 青葉よ、豊かなれ」で、人類が異星人たちと協力して超新星爆発を生き延びた後、ダダーのアクリラはどこかに姿を消しました。高次元存在「水文記者」によって、第二のオムニフロラが出てこないための監視役として高次元に呼ばれたからです。

 

 しかし、全てが終わった後のはずなのに、断章89の時点のアクリラはただ戸惑っているばかりでオムニフロラの存在すら知りません。これは何故かというと、水文記者が「古いバージョンのアクリラ」をロードしたからです。

 

 解説するために、「Ⅷ ジャイアント・アーク」に話を戻します。救世群たちが植民地メニー・メニー・シープに侵攻してきた混乱の中で、アクリラはフォートピークの竪穴に落下し、瀕死の重傷を負いました。しかし竪穴の底で、アウレーリア家に長年仕えていたロボットメイドのカヨと再会します(ジャイアント・アークpart1第九章(B)史乗の底より)

 

 ミスチフの手先だったカヨは、オムニフロラの新たな拡散戦略を生み出すため、ドロテア中心部でアクリラを尋問します。この時、彼女はアクリラの精神崩壊に備えてバックアップを取っていました。しかし尋問用にアクリラの身体機能を強化しすぎたせいで、18人目のアクリラに反撃されカヨは倒されます(ジャイアント・アークpart2 第九章(B)史乗の底より(承前)、第九章(C)史乗の底より)

 

 アクリラはカヨがつくったバックアップたちを破壊し、セレス南極から脱出しました。しかし、実はすべてを壊しきれてはおらず一体だけバックアップが残っていました。それを水文記者が誤ってロードしてしまった、という訳です。

 

 つまり、「古いバージョンのアクリラ」は「Ⅷ ジャイアント・アーク」時点での知識しか持っていないので、オムニフロラのことを何も知らないのも当然です。そして、断章90、91で新しいバージョンとの情報的差分を埋めていくことで、情勢を理解していきます。

 

 このような、いきなり未来の時間軸の話をしたあと、時系列順に説明していって「追いつく」というしくみは、1巻でいきなり2803年の話をした後、2巻から2015~2803年の話をしていくという「天冥の標」のシリーズの構造とそっくりですね。

 

 それではここからは、それぞれの断章について解説していきます。

断章89 ー「岸無し川」にてー

 「Ⅷ ジャイアント・アーク」part1冒頭の断章。水文記者によって「超銀河団レベルの議論ストリーム」に呼ばれたダダーのアクリラの物語その1。オムニフロラの接近を警告する無数の異星人たちの叫びを、アクリラは目にする。

 

 いきなり訳の分からない場所に飛ばされ、数多の異星人たちの警告を目にしてアクリラは面食らいますが、それ以上に読者も面食らいます。そもそも、この時点ではこの断章の主人公が誰かも分からないし、「バージョン」が何のことかもさっぱりだからです。

 

 それでも後から読み返すと、ちゃんとカン族やエンルエンラのような、後で登場する異星人たちの姿も描かれていて、ちゃんと伏線が張られていたことが分かります。

 

断章90 川のほとりの《海の一統》

 「Ⅷ ジャイアント・アーク」part2の最後に挿入される断章。水文記者によって「超銀河団レベルの議論ストリーム」に呼ばれたダダーのアクリラの物語その2。断章89と直接つながっており、「古いバージョンのアクリラ」が、「少し後でセーブされたアクリラ」と出会い、情報的差分を埋めるまでの話。

 

 「少し後でセーブされたアクリラ」は、「古いバージョンのアクリラ」をロードしたのがノルルスカインであるような言い方をしますが、これは次の断章でも明言される通り水文記者の嘘です(この時点で、ノルルスカインはミスチフと刺し違えて消えているはず)恐らく、アクリラが手っ取り早く高次元に馴染めるように、ノルルスカインのふりをしてアクリラに接していたのではないでしょうか。

 

断章91 OFF TERRA MATER EST

 最後の断章にして、シリーズ全体を通して一番未来の時間軸の話。3つの部分に分かれています。

 

 1つ目は水文記者によって「超銀河団レベルの議論ストリーム」に呼ばれたダダーのアクリラの物語の最後。断章90で情報的差分を埋め、「最新版」になったアクリラは、メニー・メニー・シープが超新星爆発を生き延び、オムニフロラの支配領域が収縮しつつあること、つまり「全てが終わった」ことを知ります。

 

 同時に、水文記者によって高次元に呼ばれた理由が、第二のオムニフロラが現れないための監視役になることだったと悟ります。が、アクリラは地球人類の元に帰ることを選びました(監視役は同じく水文記者に呼ばれたオンネキッツの娘*1が引き受けた)。

 

 2つ目は西暦3135年の太陽系の話。300年かけて多くの異星人とともに太陽系に戻った人類は、恒星間移民船「ニューシープ号」を建築*2しており、その出発が目前に迫っています。ニューシープ号には多くの異星人も乗り込んでいるようで異星人との融和が進んだことが伺えます。

 

 また、イサリやブレイド・ヴァンディの子孫?たちや、「海の一統」や「救世群」、カルミアンの末裔のような人物たちも登場する、明るい未来を感じさせる内容になっています。

 

 そして3つ目は西暦2019年2月の東京の、紀ノ川青葉の話です。「Ⅹ 青葉よ、豊かなれ」part1の冒頭「芽生えざる種」では老齢の檜沢千茅が曾孫のダイアに、紀ノ川青葉から送られてきた手紙を見せました。その手紙と同じものかはわかりませんが、紀ノ川青葉が檜沢千茅にメッセージを送るシーンを描きます。

 

 シリーズの締めとしてはつつましいスケールですが、青葉の夫の岡田友康の名セリフが光ります。

 

最後に

 というわけで、天冥の標の断章についてまとめました。欠番になっている断章9~88を埋めるようなスピンオフor二次創作とかがあったら、面白そうですね。

 

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*1:このカルミアンの正体が何なのかがよく分からない。リリーではなさそう。

*2:「カン族に仕える建築家」が手がけた内部都市機構が組み込まれているらしい。恐らくラゴスの作品。