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#天冥名セリフ 【Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと】

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 #天冥名セリフ で募集され、最終巻の帯を飾った「天冥の標」の名セリフたちの解説です。最終回となる今回は「Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと」からお送りします。なお、ネタバレ全開です。

 

もっと増えて、考えて。あなたたちが、どんな豊かな国を目指しているのか(エランカ、①p215)

 カルミアンのリリーは総女王オンネキッツからの通信を受け取る。しかし、リリーの従える姉妹の数はあまりにも少なく、総女王の思考を理解することは出来なかった。

 

 ミスン族(カルミアンの共意識によって駆動される知性)の思考力は、従えるカルミアンの姉妹たちの数に依存する。さらに繁殖し姉妹を増やすため、リリーはエランカにさらなる協力を申し出、エランカはこれを了承する。

 

 会見が終わった後、エランカはリリーにこの言葉をかける。エランカにはメニー・メニー・シープが「大閉日」を乗り越えた「その先」が見えていた。人は「今この瞬間の充足だけを目的とすることはできない。(中略)世界の続き行きと広がり、そこまでの大きなものがよりよく高まることをこそ望んでしまう」エランカはそう言う。

 

 自分たちの暮らしだけでなく、より「大きなもの」が栄える豊かな国を目指す。そんなエランカとリリーの意思は、オムニフロラへの新しい対抗手段「控えめに魅力的な種」の産生へと繋がっていく。

 

 

解ける、きっと解ける、この因縁は。僕はそう信じてる。彼を、彼女を、あの子たちを—見ていく。メニー・メニー・シープのあいつらを。(ノルルスカイン、①p330)

跳ばないよ。彼らの一人でも残っているうちはね。(同上)

 2PA艦隊がセレスに近づき、艦隊に潜んでいたノルルスカインの意識流(ダダー・フリート)と、メニー・メニー・シープのノルルスカインの意識流(ダダー・セレス)が再会する。

 

 ダダー・フリートはふたご座ミュー星近傍で異星人たちの壮絶な戦いが繰り広げられていることを告げ、恒星間ウイルスの形に戻って別の恒星系へ「跳ぶ」、つまり逃げることを提案する。しかし、ダダー・セレスはそれを拒否してこう言い切った。

 

 今までのノルルスカインだったら、ここで迷いなく「跳ぶ」ことを選んでいたはずだった。果たしてノルルスカインの心を変えたものとは、何だったのだろうか?

 

ものを持つとは、はかない取り決めです。(エフェーミア・シュタンドーレ、②p209)

 カドムたちと別れ、ハニカムへと帰還したイサリはエフェーミアと再会する。エフェーミアはイサリを脱出させたかどで視力を奪われても、非染者と和解するためにミヒルへの反乱を計画していた。足も動かず、目も見えなくなってなお、前に進み続ける理由は何か。イサリに問われたエフェーミアが始めた、昔話の中の一コマ。

 

 幼少時に事故に遭い、歩くことが出来なかったエフェーミアは「ものを持てない」という感覚を抱いていた。自分が持っているものは、力によって簡単に奪われてしまう。事実、エフェーミアは硬殻化によって元の姿を失い、数少ない理解者だった夫のノルベール・シュタンドーレもヒエロンで失った。

 

 しかし、救世群に支配されたヒエロンでのヴァンディ夫妻、そしてメララ・テルッセンとの交流の中で、エフェーミアは力によって奪われない何かの存在を感じとっていた。

 

 ものを持てない自分でも、持ち続けることができるものがあるのかもしれない。その可能性を信じているから、エフェーミアは救世群と非染者の和解のためにイサリを助けるのだった。

 

私は全部抱えていく。それは皆々、ヒトだから。(エランカ、②p237)

 セレス・シティ、そしてシェパード号への旅から帰ってきたラゴスを、密会という形でエランカは迎える。ラゴスは、何かに従わずにはいられない「恋人たち」の本質を変えるために、シェパード号でカルミアンの母星へと向かおうとしていたことをエランカに告白する。

 

 しかし、結局は従わずにはいられない「恋人たち」の性に逆らえず、ラゴスは「人生でもまれに見るいい主人」であるエランカの元に戻ってきた。しかしエランカは、総女王オンネキッツとの交渉のため、ラゴスにカルミアンの母星へと向かうように促す。

 

 そんなエランカを見て「あんた、なんもかんもそうやって舞台の上に引き上げていく」と慄くスキットルに、エランカはこのセリフを返すのだった。

 

 ちなみにこのセリフは、「『恋人たち』は『支配されること』によって、ヒトとは何であるかを規定することが出来る。」というラゴスの生み出した概念を踏まえたものになっている。「魅力的な種」の理論といい、ラゴスの言うことはどうにも難解だ。 

 

待っていろ……ひっくり返してやるからな、このすべてを。(カドム、②p341)

 フォートピーク奪回作戦の最終盤、最後の拠点を守る一人の咀嚼者(ミヒルに改造されたスダカ)を説得するために、カドムは竪穴の底へ赴く。

 

 カルミアンの活躍で、スダカはミヒルが時間稼ぎのために配置した捨て駒であったこと、そしてハニカムでイサリが反ミヒル勢力を結集していることが明らかになった。「海の一統」たちによるハニカム襲撃を思いついたカドムは、スダカにこの言葉をかける。

 

 

 カドムの言葉通り、アクリラが指揮する「宇宙軍(リカバラー)」とイサリの活躍でハニカムは奪還される。メニー・メニー・シープ(MMS)における救世群と非染者の戦いに、ようやく終止符が打たれた。

 

 副大統領になったエランカ、救世群の副議長になったエフェーミア、そして2PA艦隊の副司令官のバラトゥン・コルホーネンの三者による戦後処理会談が持たれるが、その最中に宇宙種族からの信号、もとい強力なキセノンイオンビームの攻撃が届く。

 

 セレスはついにふたご座ミュー星に到着した。こうして、カルミアン、恋人たち、救世群、2PA艦隊、酸素いらず、MMS人、ダダー、そしてふたご座ミュー星近傍に集う膨大な数の異星人たちが繰り広げる大団円「Ⅹ 青葉よ、豊かなれ」へと物語はなだれ込む。

 

前回:【 Ⅷ ジャイアント・アーク 】篇


次回(補遺):【Ⅹ 青葉よ、豊かなれ】篇

 

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