こんにちは、大学で司書課程の授業を受けてみたsheep2015です。今回は、司書と図書館にまつわる短編「魔女の逃亡ガイドー実際に役立つ扉ファンタジー集」を紹介します。
作品情報
「魔女の逃亡ガイドー実際に役立つ扉ファンタジー集」(以下、「魔女の逃亡ガイド」)は、アリクス・E・ハーロウの2018年の作品で、ヒューゴー賞の短編部門を受賞しています。ウェブサイト上で原文が無料公開されているほか、SFマガジン2021年8月号に翻訳が掲載されています。
あらすじ
アメリカのとある図書館で、魔女の「わたし」は司書として働いていた。魔女は、来館者がどのような本を求めているのか、本棚に並んだ本がどのような読者を求めているのかを感じ取ることができる。そして、ある日やってきた少年は、「どこでもいいからここではない場所」を求めていた。
少年の難しい家庭環境を知った「わたし」は、「ナルニア国物語」や「黄金の羅針盤」など、少年の心に合うような本を貸出す(どちらも、主人公が全く別の世界へ旅立っていく話)。しかしそれでも少年は救われず、図書館に来る少年の姿はどんどんやつれていく。そして「わたし」は魔女の掟を破って、ある決断をする。
「避難所」としての図書館
たいていの方は、図書館を利用する目的は「本を借りる」ことで、次が「勉強」「昼寝」「調べもの」あたりになるのではないでしょうか。図書館が「避難所」である、と言われてもしっくりとは来ないかもしれません。
しかし、特に学校図書館などでは学校生活で問題を抱えている生徒にとって図書館が一種の避難所になっている例は多いようです。下記の例のように、学校司書が図書館に来た生徒の悩みをくみ取って相談に乗ったりするのは、よくあることなのだとか。
私も高校生の時は、図書館を避難所にしていたこともありました。司書の人に相談をすることはありませんでしたが、人と話したくない時には学校の図書館にいたのをよく覚えています。おかげで「図書館に生息している男」と呼ばれたり、図書委員と間違われて本の場所を聞かれたりしましたが…
魔女の掟
「魔女の逃亡ガイド」では、少年は劣悪な家庭環境から避難するために図書館を訪れます。「わたし」もそんな少年を本を通じてサポートしようとはしますが、司書としてできることは限られます。そして彼女の前に立ちはだかるもう一つの障害が、魔女の掟でした。
実は「わたし」は、少年の悩みを直接解決できるような魔力を持つ本を持っていました。それこそが、タイトルにもなっている「魔女の逃亡ガイドー実際に役立つ扉ファンタジー集」です。まさしく読んだ人を「ここではないどこか」へと連れていってくれる本。しかし、魔力を持つ本を利用者に与えた魔女は、図書館から追放されると掟で決まっています。同僚の魔女にも「魔女の逃亡ガイド」を使うのを止められ、「わたし」は苦悩します。
このあたりの司書の苦悩は、現実世界でもあるようです。司書は相談員ではないので、利用者が何か問題を抱えていることを察しても利用者のプライバシーに踏み込むことはできません。また司書が利用者の相談に乗るのをよくは思わない方もいるようで、日本でも「学校がつらいなら図書館に来てね」という図書館のツイートが非難されたこともありました。
こうした、「困っている人が目の前にいるのに、救いの手を差し伸べられない」という司書の葛藤への、フィクションならではの解答を描いたのが「魔女の逃亡ガイド」なのではないかな、と思います。