ひつじ図書協会

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「私は存在が空気」(中田永一)

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パイロキネシス、テレキネシス。スモールライトに、石ころぼうし。様々な特殊能力を持つ若者たちの物語を集めた、中田永一の短編集「私は存在が空気」の感想です(ネタバレあり)

 

「中田永一」とは「夏と花火と私の死体」の乙一氏が、青春小説や恋愛小説で使うペンネーム。

 

ペンネームを分けているのに後述のように乙一名義の作品と中田永一名義の作品を比べて語るのはよくないなぁ、とは自分でも思うのですがどうかご容赦ください。

 

どんでん返しとペルソナ

銃とチョコレート」の探偵ロイズや、「小説家の作り方」(箱庭図書館)の先生のように、「味方だと思ってたのに実はクズだった奴」に主人公が裏切られるどんでん返しが、乙一=中田永一作品には時々起こります。

 

私は存在が空気」では、はじめは主人公がヤバい奴にしか見えません。能力を利用して平然と先輩にストーカーまがいの行為を働き、家にまで上がり込むからです。

 

ですが、話が進んでいくと実はまともに見えた先輩の方がヤバい奴だったことが分かり、どんでん返しがきれいに決まります。

 

もう一つ「サイキック人生」について。主人公は、仲良しグループ(イケメン含む)に所属していて、陽キャのように見えます。でも、実は「天然キャラ」というレッテルを貼られて、そのキャラクター(=ペルソナ)を演じることに内心疲れ果てている。

 

「キャラ」を演じることを求める嘘寒いコミュニケーションって確かにありますよね。そういうところを描いていくのは、作者らしいなぁと思いました。

 

「能力」の使い方

スモールライト・アドベンチャー」では主人公は最初は女の子のパンツを見ようとしか考えていません。しかしそんないたずら心から起こした行動が、思わぬ大冒険に繋がっていきます。

 

ファイアスターター湯川さん」はタイトルの語呂のよさもさることながら、湯川さんのパイロキネシス*1の汎用性の高さが面白い。

 

「お湯を沸かす」「雪を溶かす」みたいな微笑ましい使い方をされていた能力が、「死体を処理する」「周りを火の海にする」みたくガチな使い方をされていく展開にはワクワクさせられました。

 

こういう「能力」系の設定の扱い方のうまさを見ると「The Book」を思い出します。「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ小説「The Book」は「スタンド」という特殊能力を初見の読者にも受け入れられるように自然に活用している名作です。

 

少年ジャンパー」で瀬戸先輩に「どジャアァァ~~~ん!」と言わせてみたり、やっぱり作者はジョジョが好きなんだなぁ、と嬉しくなりました。

 

※瀬戸先輩の「どジャアァァ~~~ん!」の元ネタは、「ジョジョの奇妙な冒険」の第7部。「次元の壁」を超えられる能力「D4C」の持ち主が放つ名セリフなのですが、「二次元の世界」と「三次元の世界」を比べる「少年ジャンパー」の主人公に合わせたオマージュなのではないかと私はにらんでいます。

 

 

次に読むなら「地球に磔にされた男」

本作の主人公たちは、小学生~大学生と比較的若めです。ちょっと年齢が合わなくて感情移入しづらいな、と思った方には、本作よりも後に発表された「地球に磔にされた男」をおすすめします。

 

物語の鍵になるのは、主人公が叔父から受け継いだ不思議な機械。「10年前の世界に一瞬タッチして、戻ってくる」という機械の力を使いながら、様々な世界を旅した主人公は自分の人生を見つけ出します。

 

「クソみたいな人生を送っている。もっといい人生を選べたはずなのに」と後悔している方に読んでもらいたい作品です。ラストに思わず泣きそうになりました。

 

 

「私は存在が空気」も「地球に磔にされた男」も伴名練編「日本SFの臨界点 怪奇篇」で紹介されています。というか、私がこの2作品を読んだきっかけがそもそも「日本SFの臨界点」だったので「おもしろいSFが読みたい!」という方は是非読んでみてください。

*1:熱を自在に操って炎を起こせる能力。ジョジョ8部の「スピード・キング」に似てる