ひつじ図書協会

SFメインの読書ブログ。よく横道にそれます

「太陽系クラウドが壊滅的な打撃を食らっても...」

特別お題「わたしがブログを書く理由

「あいつは自分の考えや行動を詳しく記録していたんだ。死んだらまとめて、そちらへ送ってくれと言い遺していた。何かの役に立つかもしれんというんだな。その電子化が済んでいる。今送っていいか」

 

 小川一水の長編SF小説「天冥の標」(てんめいのしるべ)の一節。人口が激減した未来の地球で通信をする2人の男たち。1人は軌道上の宇宙船、もう1人は地上に分かれて長いこと暮らしています。地上側の男が、古参の仲間の死の直後に送った通信が、このセリフです。

 

 「私がブログを書く理由」ということで、私がブログを書く理由を端的に表したこのセリフを冒頭に持ってきました。今回は、「ひつじ図書協会」を始めた理由や、「天冥の標」との関係、そしてどういう目的でブログを続けているかについて書いていきたいと思います。お暇でしたら読んでやってください。

 

「ひつじ図書協会」の始まり

 はじめに、「天冥の標」と当ブログ「ひつじ図書協会」の関係について触れておきます。コロナ禍真っ盛りの2020年の6月に始まった「ひつじ図書協会」は、もともとは「天冥の標」について語るためのブログでした。(その割にはなぜか第一回の記事は筒井康隆の「七瀬ふたたび」についてなのですが…。)。

 

 ここで少し「天冥の標」について説明しておきます。「天冥の標」は2009年から2019年にかけて、ハヤカワ文庫で書下ろしで出版された、全10巻からなる長編SF小説。人類が宇宙に飛び出し、太陽系だけでなく系外惑星まで拡散していく8世紀にわたる未来史を、「感染症と差別」というテーマを軸に描いた大作です。詳しくは当ブログの以前の記事でも触れているのでそちらをご覧いただければ幸い。

 

 大学生の時にこの小説を読んで衝撃を受け、いろいろと語りたくなって始めたのが、「ひつじ図書協会」だったわけです。当初は「緬羊書評協会」という堅苦しい名前でした。ブログ開設以来、「天冥の標」をメインに据えながらSFを中心に小説の紹介や感想を投稿してきて今年で3年目。大学生だった私は社会人になり、引っ越しも2回しました。ブログの方はと言えば、記事数は100を超え、気づけば「天冥の標」について27個も記事を書いていました。

 

 ただ、正直なところ思ったよりも「天冥の標」関連の記事が少ないな、というのが正直な感想です。多分これは、ブログを書いているうちにある心境の変化があったからだと思います。

 

墓碑銘としてのブログ

 コロナ禍の真っ最中、同級生が1人亡くなりました。交通事故だったそうです。コロナ禍の折でもあり葬儀は家族葬で、亡くなったことを知らされたのもかなり後になってからでした。

 

 高校在学中にも1人病気で亡くなった同級生がいたこともあり、同級生の死に直面するのは2回目でした。とはいえ、彼の訃報を聞いてから「自分が死んだら一体何が残るんだろう」ということが気になるようになりました。毎日感染者数や死者数が報道される中、一人暮らしの部屋にこもってオンライン授業を受けるという鬱屈した環境だったせいでもあるかもしれません。

 

 偶然にも、亡くなった同級生は2人とも芸術方面に秀でており、彼らは自分で作曲した曲や、大量のスケッチを残していました。では、翻って自分は何を残せるか。音楽や絵画で自己表現する術を持たない自分が、何を残せるか。

 

 そこで思いついたのが、すでに初めてしばらく経っていた「ひつじ図書協会」でした。「ひつじ図書協会」には、私が本を読んだり映画を観て感じたことや考えたことが100記事以上にわたって記録されています。もしも私が死んだあとに、誰かがこのブログを読めば「このブログを書いていた人は、こういう本や映画に触れて、こんなことを考えていたんだ」というように、私がどんな人物だったかをある程度知ることができるはずです。

 

 そう考えて「天冥の標」に限ることなく、自分が読んだ本全般に関して書くようになり、映画についても触れるようになりました。ブログの目的が「天冥の標」だけでなく、自分自身についても語っていくことにシフトしていった時期だったと思います。

 

 死後に読んでもらうことも見据えて書いている点では、「ひつじ図書協会」は私の墓碑のようなものなのかもしれません。自分がどんな人物だったかを死後に知ってもらうために、ブログを書くことでせっせと墓碑銘を刻み続けているのです。

 

アップロード

 さすがに「墓碑銘を刻むためにブログを書いています。」では辛気臭いので、少しは夢のある話で締めたいと思います。

 

 冒頭で取り上げた「天冥の標」の一節のその後について。死んだ仲間が残していた「自分の考えや行動の記録」は無事に軌道上に送り届けられます。そして、のちにその記録をもとに生前の人格が復元され、彼はナノマシンの体をもつロボットとして復活し主人公の前に現れることになります。

 

 さすがにナノマシンの体は無理かもしれませんが、何百年か経った後にネットの海の中からこのブログのデータがサルベージされ、「我らはレギオン」の主人公ボブのように、超技術で人格が再現されたら楽しいなぁ、などと妄想するのも楽しいものです。そうなれば、今こうしてブログを書いているのも「墓碑銘刻み」ではなく「ネットワークへの人格のアップロード」ということになり、体は無くなっても自我だけでも生き延びることを見据えた前向きな(?)行為になりますからね。

 

 ちなみに「天冥の標」には「ミッション・インポッシブル」の最新作に登場するAI 「エンティティ」のように、クラウド上で生きる情報生命体のようなキャラクターも登場します。「太陽系クラウドが壊滅的な打撃を食らっても生き延びたい」と豪語する彼は、ネットワーク上のあらゆる場所に自分のコピーを撒くだけでなく、人間が飼う羊たちにもある細工をして生き残りを図ります。

 

 いくらこのブログが羊を推しているとはいえ、流石にそこまですることはできませんが、「太陽系クラウドが壊滅的打撃を食らっても...」という心意気は大いに見習って、生き残るために「ひつじ図書協会」を当面続けていく所存です。今後ともどうぞよろしくお願いします。