ひつじ図書協会

SFメインの読書ブログ。よく横道にそれます

#3 ドミノピザ、クレカ、潮の匂い

 こんにちは、新天地に引っ越して半年たったsheep2015です。今回も前回に続いて新生活で感じたことを、小説とからめて紹介していきます。

ドミノ・ピザが不変性を獲得している世界から、ぐるぐる変わる世界を語ることはとても難しい。

 伊藤計劃「虐殺器官」より。核兵器を使ったテロの発生をきっかけに、先進国がテロ対策のために徹底した管理体制を敷く一方、後進国では虐殺やテロが頻発するようになった未来。そんな世界で、「テロリスト」たちを暗殺する特殊部隊員として働く主人公が、虐殺の影にいる「器官」の謎に迫っていくSF小説です。

 

 主人公は特殊部隊員とはいえ、いつも張りつめた生活を送っているわけではありません。休日には、無料で観られる「プライベート・ライアン」の冒頭15分を繰り返し観ながら、同僚とデリバリーのドミノ・ピザを食べてだべるというジャンクな娯楽にふけります。社会が変わった未来でもドミノ・ピザは営業しつづけており、そんな変わらない日常が続く国、アメリカにいながら世界情勢の変動を捉えることの難しさを、主人公が考えるシーンです。

 

 どうしてこのシーンを思い出したかというと、引っ越した先の町でも地元と同じチェーンのスーパーを見つけたからです。現代日本では都市部から都市部へ引っ越しても、大抵は前の土地で使っていたのと同じチェーンのスーパー、同じチェーンの学習塾、同じチェーンのファミレスを見つけられます。

 

 馴染みのロゴが入ったビニール袋を持って家路につきながら、なんだか新しい土地に来た気がしないなぁ、と思いながらこのシーンを思い出していました。ちなみに、思いついて近くにドミノ・ピザがあるか調べてみたら、案の定すぐ近くに見つかってしまったのでした。

 

即払いはクレジット社会では不作法とされたが、それにしても、払わないよりはるかにマシである。

 コード・ウェイナー・スミスの短編シリーズ「人類補完機構」の一つ「ガスタブルの惑星より」の一コマ。宇宙開拓時代を迎えた人類は、巨大なアヒルのような異星人「アピシア人」と出会い、交流を始めます。人類と同程度の生化学的構造、文化、軍事力、経済力を持つアピシア人が地球に求めたのはただ一つ「美食」でした。

 

 「それは食べられるのかい?」地球にやってきたアピシア人の大使が最初にやったのは、こう言って人類側の大使が着けていたボタンをぼりぼり食べることでした。さすがにボタンはおいしくなかったらしく「これは食べないほうがいいぞ、そんなにうまくない」となりましたが、大使に続いて7万2千人のアピシア人が地球に押し寄せます。彼らは世界中のレストラン、バル、定食屋で名産品を食い散らかすのでした。

 

「”アピシア”は、不作法、貪欲、即払いをほのめかす不愉快な語となった。即払いはクレジット社会では不作法とされたが、それにしても、払わないよりはるかにマシである。」

 

 しかし、人類とアピシア人の不愉快な関係はアピシア人のある秘密が明らかになり、唐突にブラックユーモアたっぷりな終わりを迎えます。食欲旺盛なアヒル、アピシア人はなぜ故郷のガスタブル星へ逃げ帰ったのか、実際に本編を読んでお確かめください。

 

 …と、ほとんど「ガスタブルの惑星より」の紹介になってしまいましたが、なぜ冒頭の一節を思い出したかというと、飲食費のせいでクレジットカードの支払額が膨れ上がったのを見たからです。ただそれだけ。

 

 ちなみに、「ガスタブルの惑星より」が収録されている短編集のタイトルは「スキャナーに生きがいはない」ですが、会社でスキャナーを使うたびにこのタイトルが頭に浮かびます。どうでもいいですね。

 

「いや、こいつは、海なんかじゃねえよ。なぜって、潮のにおいがしないものな」

 栗本薫の長編大河小説「グインサーガ」の中の「タイス篇」の1コマ。主人公グインの失われた記憶を戻すために旅を続ける一行は、「中原の中の海」とも呼ばれる巨大な湖、オロイ湖を渡ります。このセリフは、湖水の中心部にさしかかったあたりで「海のようだ」と言った仲間に、傭兵のスイランが返したセリフです。

 

 このスイランという男、生まれは海国で元は名のある海軍の幹部だったという生粋の海男。そんなキャラクターが「潮のにおいがしないから、海じゃない」というとなかなか説得力がありますね。

 

 かくいう私も海の近くで育ったものですから、海に関しては一家言あります。確かにスイランの言う通り「潮のにおい」というのは海を構成する重要な要素の一つで、海を実際に見るよりも潮のにおいを嗅ぐ方が「ああ、地元に帰ってきたな」と強く感じます。

 

 今住んでいる場所にも、地元ほど近くはないですが海はあるので先日行ってきました。が、思わずスイランのように「海なんかじゃねえよ」と言いたくなるくらいに潮のにおいが弱く、ちょっとがっかりしました。海岸が整備されすぎていて、地元ほど海のそばに行けなかったからかもしれません。やっぱり「潮のにおい」というものが恋しくなってしまう今日この頃です。   

 

 使うスーパーは変わらなくても、家計を自分でやりくりするようになって嵩むクレカの支払いに悩まされたり、潮のにおいがないことに気づいたり、なんだかんだで新生活ならではの出来事に日々直面しています。   

 

 

 ちなみに、今回最後に紹介した「快楽の都」ですが、全100巻以上の「グイン・サーガ」の中でも単体でも楽しめるおすすめの巻となっています。気になった方は、よろしければ以下の記事をどうぞ。

www.bookreview-of-sheep.com