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「並行世界」がテーマの小説を6つ紹介

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並行世界のイメージ

 並行世界とは、私たちのいる世界から分岐して存在する一種の異世界のことです。「パラレルワールド」とか「並行宇宙」とも呼ばれます。私たちのいる世界と並行世界は基本的には同じですが、どこかが決定的に違うのだとか。

 

 この記事では「並行世界って本当にあるの?」という検証や、量子力学の多世界解釈が云々という話はさておき、並行世界がテーマの小説を6つ紹介していきたいと思います。

 

 

もしもあの時ああしていれば...「四畳半神話体系」

 「どのサークルに入るか」という選択で分岐した4つの並行世界を描く、森見登美彦の作品。同作者の「夜は短し歩けよ乙女」と同じく、京都を舞台に冴えない大学生のドタバタ青春コメディが繰り広げられる。

 

 主人公は、悪友の小津のせいでひどい目に遭いながら、「灰色の大学生活」を送っている。常々後悔しているのは、サークル選びを間違えたことだ。もしも一回生の時に違うサークルを選んでいれば、「薔薇色のキャンパスライフ」が手に入ったのではないか…という思いが頭を離れない。

 

 そんな鬱々とした毎日を送る主人公の前にある日占い師の老婆があらわれ、主人公に近いうちに転機が訪れると告げる。キーワードは「コロッセオ」だというのだが…

 簡単に言うと、「ループ物の並行世界バージョン」です。主人公が一回生の時に入ろうかと考えていた4つのサークルの中から、どれを選んだかが分岐点になります

 

 ただ、ループ物と決定的に違うのは、周回ごとに展開に多少の違いはあっても最後は同じ結末に至ることです。私たちは、「あの時こうしていれば、結果は違っていたはずなのに」とよく後悔しますが、意外と違う選択をしていても、同じ結果に世界線が収束するのかもしれませんね。

 

もしも並行世界とやり取り出来たら? 「ホワイト・ステップ」

 舞台は「物語を紡ぐ町」文善寺町。冴えない大学院生の近藤はある雪の日、誰もいないのに足跡だけが雪の上に現れる現象を目にする。それは、並行世界の文善寺町の住人が印した足跡だった。

 

 雪の上を通じて並行世界とのチャンネルが開いたことを知った近藤は、足跡の主渡辺ほのかと雪の上に文字を書いてしばらくやりとりをしてから別れる。しかしその直後、近藤は偶然出会った彼女の母親から衝撃の事実を知らされる。

 

 渡辺ほのかは、こちらの世界では交通事故で死んでいたのだ。

 

 事情を知った近藤は、渡辺親子のある願いをかなえる為に、雪が解け始めた文善寺町を奔走するが…。


 読者にだけわかるような形で、並行世界間のやり取りがあった「四畳半神話大系」とは違い、「ホワイト・ステップ」では並行世界の人間と直接やり取りすることができます。

 

 でも、その窓口が「雪面」だけ、というのが面白いところです。雪の上に文字を書くことでしかコミュニケーションがとれない。それも、雪が解けるまでの限られた時間でだけ。そのはかなさがいい味を出しています。


 ちなみに、本作が収録されている「箱庭図書館」(乙一)には6つの短編が収められていますが、詳しく見てみるとそれぞれ意外なところでつながっていることが分かり、面白いのでおすすめです。詳しくはこちらをどうぞ。

 

自分の「選択」に意味はあるのか? 「不安は自由のめまい」

 中国系アメリカ人のSF作家、テッド・チャンの短編集「息吹」に収録された作品。

 

 舞台は「プリズム」という装置で、並行世界とビデオチャットができる世界。人々はプリズムを使って並行世界の自分「パラセルフ」と日常的にやりとりをしている。プリズムを扱う店で働く主人公ナットは、ある珍しいプリズムを狙っていた。

 

 プリズムによってつながった二つの世界では、事故で死んだ人間がもう一方の世界では生きているということもある。このことを利用し、ナットはある金儲けを企むが…

 「ホワイト・ステップ」のように「こちらの世界ではAが死んだが、並行世界ではAは生きててBが死んでいた」という事態が起こっているのは一緒ですが、ナット(正確には彼女の上司)はそれを利用してあくどい金儲けを企みます。

 

 しかし、ナットはその「金儲け」の途中に起こった出来事のせいで、ある悩みにとりつかれます。善と悪の二つの選択を迫られた時、たとえ自分が善の選択をしたとしても、どこかの並行世界の自分は悪の選択をしている。では、この世界の自分が善の選択をする意味は果たしてあるのか?という疑問を覚えたのです。

 

 「四畳半神話大系」のように、ありえたはずの並行世界を羨む段階から一歩進み、「並行世界が存在するなら今自分がいる世界線の意味は何か?」という疑問に深く切り込んだ作品です。

 

 最終的にナットはこの疑問への答えを見つけて、新しい人生を歩み出します。並行世界とどう付き合うかというテーマを出発点として、「自分の運命はどうやって決まるのか」というテーマにまで踏み込んだ、示唆に富んだ作品です。

 

並行世界を旅した男の物語 「地球に磔にされた男」

  先ほど登場した乙一の、「中田永一」名義での作品。

 

 冴えないフリーターの柳廉太郎はある日、研究者だった叔父の蔵でうっかり懐中時計のような奇妙な機械を起動させた。その帰り道に柳が見たのは、パチンコ屋から出てくるもう一人の自分だった。
 
 叔父の蔵にあった機械「時間跳躍機構」は、並行世界に行くことが出来る機械だった。そのことを知った柳は、数ある並行世界の中から成功した人生を送る自分を見つけ、そいつを殺して成り代わろうと計画するが…


 本作の並行世界への行き方はちょっと面白くて、「10年前の未来に一瞬タッチして戻ってくる」と説明されます。10年前の未来に自分が一瞬だけ出現したことで、バタフライ効果により並行世界が生まれる、という仕組みです。


 「並行世界の自分を殺す」という邪悪な目的から始まった柳の並行世界旅行は、意外にも感動的な結末を迎えることになります。並行世界を旅することで、冴えないフリーターが得たものとはなんだったのか、ぜひ自分の目で確かめてみてください。
 
 

一億総並行世界旅行者 「なめらかな世界と、その敵」 

 「2010年代、最もSFを愛した作家」こと伴名練の作品。

 

 この世界には「乗覚」という感覚がある。並行世界の出来事を自由に知覚し、いつでも自分が行きたい並行世界にいくことが出来る能力だ。

 

 暑いのが嫌なら、季節外れの雪が降った並行世界に行けばいい。告白が成功しなかったら、成功した並行世界に行けばいい。誰もが望み通りの並行世界に生き、人生を満喫する中、主人公のクラスに「乗覚」を喪失した転校生がやってきて…


 まず、「並行世界を気軽に行き来できる」という乗覚が中々のチートですね。「四畳半神話大系」の主人公や「地球に磔にされた男」の柳に与えたら大喜びされそうな能力。しかも、そのチートスキルを誰もがもっているという、とんでもない世界です。

 

 しかし、そんな世界で一人だけ、チートスキルなしのハードモードな人生を送る転校生、これが現実を生きる我々の姿であるわけです。そう考えると、転校生サイドに感情移入出来てより面白く読めると思います。

 

並行世界の恐ろしさ 「果てしなき多元宇宙」

 ハッピーエンドで終わる作品が多かったので、最後は筒井康隆の手になるバッドエンドの作品を。

 

 平凡な高校生の暢子は、今いる世界に不満を持っていた。苦手な数学の授業、自分の一重まぶた、頼りない同級生の史郎…

 

 一方、並行世界の暢子こと天才科学者「ノブ」は、実験装置のテスト中の事故で並行世界に飛ばされてしまう。そして、ノブが並行世界へ移動したのに押し出されるように、並行世界の暢子たち全員が違う世界に飛ばされてしまったのだ。

 

 暢子は気がつくと、世界が自分の望み通りに変わっているのに気づく。簡単になっている数学の授業、二重になったまぶた、そして不良に立ち向かう頼もしい史郎。自分が望んだ並行世界に移動できたことを喜ぶ暢子だったが、次第に雲行きが怪しくなっていき…

 すぐ読める短い作品ですが、かなりぞくっとさせられます。今自分がいる世界と並行世界は、似てはいても違う世界です。どこかおかしな世界へと飛ばされてしまった暢子の「わたしをもとの世界にもどして!」という悲痛な叫びが印象的でした。

 

最後に

 というわけで、「並行世界」がテーマの小説を6つ紹介しました。これら以外にも、米澤穂信の「ボトルネック」のように並行世界を扱った作品はまだまだあります。並行世界フェチの方は探してみてください。

 

 また今回は紹介できませんしたが、「ジョジョの奇妙な冒険」の小説の中にも並行世界がトリックになっているものがあります。興味があればどうぞ。

 

 それでは最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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