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「量子魔術師」設定解説

 「量子魔術師」(デレク・クンスケン)の設定を解説する記事です。読み終わったけど、もうちょっと掘り下げたいという人向けに「世界観」「国家」「地理」「種族」の4つに分けて解説していきます。

 

 そもそも「量子魔術師」ってなんぞやという方はこちらへどうぞ。
www.bookreview-of-sheep.com

 

作品情報

 「量子魔術師」(原題:The Quantum Magician)はカナダ人作家デレク・クンスケンの2018年の作品。日本語版は2019年に金子司訳で早川書房から出版されました。「テクノロジーは、我々を肉体さえ、根本的に変える。クンスケンはそれを見事に示した。」という劉慈欣のコメントが添えられています。

 

 

「量子魔術師」あらすじ

 物語は、弱小国家の「サブ=サハラ同盟」の第六遠征部隊が、敵国の深奥への遠征中に革新的なドライブ機構を発明したことに端を発する。第六遠征部隊は、無謀な遠征を命じたパトロン国家「金星コングリゲート」に反旗を翻し、独立を期して内密に研究を進める。

 

   そして彼らは亜光速航行が可能なドライブ機構「インフラトン・ドライブ」を開発した。インフラトン・ドライブを搭載した強力な宇宙艦隊を建造した遠征部隊は、故郷のフレイジャ星系を目指す。

 

 故郷への帰途には「パペット神政国家連盟」の管理するワームホール「パペット軸」が立ちふさがっている。戦艦12隻と共にワームホールを強行突破するために、遠征部隊は天才詐欺師として名を馳せる主人公ベリサリウス・アルホーナに協力を要請した。

 

  ベリサリウスはパペット軸を突破するために、遺伝工学や爆発物のスペシャリスト、人格を持ったAIや人類の亜種をも含めた異色のチームを編成する。ベリサリウスの一世一代の騙しの秘策とは...

 

「量子魔術師」の世界観

「世界軸」ネットワーク

 「量子魔術師」は、一時的なワームホールを誘導してワープすることが可能な設定。しかし、何百光年もの超長距離を移動するには「先駆者」と呼ばれる謎の存在が残した恒久ワームホール「世界軸(アクシス・ムンディ)」を使わねばならない。そして世界軸は、強大な力を持つ「パトロン国家」たちに管理しされている。

パトロン国家とクライアント国家

 パトロン国家とはすなわち、恒久ワームホール=世界軸を所有している国家のことである。何百光年も離れた地を繋ぐ世界軸は重要な交通拠点であり、ここをおさえていることがパトロン国家の権力の源泉となっている。ジブラルタル海峡やマラッカ海峡を支配したイギリスが「大英帝国」となったのと同じだ。

 

 パトロン国家の支配下にある「クライアント国家」は、「パトロン=クライアント協定」によって新たなワームホールや先進技術を発見次第それらをパトロン国家に献上する義務を課されている。政治的な干渉も受けるようで、クライアント国家の重要な機関にはパトロン国家の政治委員が派遣される。ありていに言えば、クライアント国家はパトロン国家の属国だ。

 

主な国家

金星コングリゲート

 金星コングリゲートは、世界史に例えると大英帝国のような国家。ただし、公用語はフランス語。高い軍事力と高度な情報網を誇り各方面に絶大な力を持っている。

 

   後述のバチュウェジ軸を含む2つの恒久ワームホールを所有し、サブ=サハラ同盟のパトロン国家でもある。「スケアクロウ」というAIと人間の中間のような諜報員を各方面に放っていることでも知られる。財力よりも血筋が重視されるお国柄。

 

アングロ=スパニッシュ金権国

 コングリゲートが軍事大国なら、アングロ=スパニッシュ金権国は技術大国。後述する高性能AI「セント・マシュー」や、ホモ・クアントゥスを作り出したのがこの国家。

 

   「金権国」という名前の通り、何をするにも金が物を言う国家。囚人でさえも、金さえ払えば貴族のような暮らしが出来るような国である。

 

サブ=サハラ同盟

 以上の2国家と違って、サブ=サハラ同盟は弱小のクライアント国家。名前の通り、サハラ以南のアフリカに縁が深く、第六遠征部隊の戦艦が「ファショダ」「ムタパ(モノモタパ)」等アフリカ由来の名前だったりする。バチュウェジ星系の惑星「バチュウェジ」と、その軌道上コロニー「キタラ」が本拠地。

 

その他

 これら以外にも、「パペット神政国家連盟」や「中華王国」などがある。補足するならば、前者はホモ・プーパのマイクロ国家の集合体で、後者は第六遠征部隊が武装偵察ミッションに赴いた国家。だが、最低限最初に挙げた3つの国家をおさえておけば事足りる。

 

地理

インディアン座イプシロン星系

 物語の主な舞台となるインディアン座イプシロン星系は文明世界の中心地であり、コングリゲートやパペット神政国家連盟、アングロ=スパニッシュ金権国などがこの星系に本拠地をおく。パペット軸で「スタッブス星系」と、フレイジャ軸で「バチュウェジ星系」と結ばれている。

 

スタッブス星系

 スタッブス星系は辺境の地であり、パペットが保有する資源採掘プラントがいくつかあるに過ぎない。第六遠征部隊は深宇宙への遠征から帰還しスタッブス星系に辿り着き、パペット軸を通ってインディアン座イプシロン星系へ向かおうとしている。

 

バチュウェジ星系

 第六遠征艦隊の故地。「バチュウェジ」という居住可能惑星と、「キタラ」という軌道上コロニーがある。サブ=サハラ同盟がコングリゲートのクライアント国家であることからも分かるように、インディアン座イプシロン星系との接点であるフレイジャ軸を含め、コングリゲートの支配下にある星系。

 

ワームホール:パペット軸

 パペット軸は物語の要になるワームホール。第六遠征部隊はスタッブス星系からインディアン座イプシロン星系へとパペット軸を抜けようとしている。

 

    その際、入り口になるのは「ポート・スタッブス」、出口は「パペット・フリーシティ」である。しかしポート・スタッブス側の入り口には要塞化された二つの小惑星「ヒンクリー」「ロジャース」が立ちはだかる。

 

 またパペット・フリーシティ側の出口は「準惑星オラー」の地底にあり、地上に出るには四つの装甲化された門扉を潜り抜けねばならない。さらに作戦実行時には遠征艦隊の動きを察知したコングリゲートが致命的戦闘力を持つ「ドレッドノート型戦艦」をも送り込み、さらに厳戒な警備体制が整えられる。

 

ここまでを図式化するとこんな感じ

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登場する種族

 「量子魔術師」の世界では、遺伝子改造された人間の亜種が3種類存在する。

ホモ・エリダヌス(モングレル)

 一つ目は、高圧環境下で生きるアザラシのような見た目の「ホモ・エリダヌス」(モングレル)。ベリサリウスのチームのメンバー「ヴィンセントスティルス」はこの種族。低い圧力の下では生きられないため、惑星の地底海の底で暮らしている。

 

   彼らは高いGに耐える特殊パイロットとしてコングリゲートによって作り出された存在で、コックピットに据えられた加圧室に入って宇宙戦闘機を操縦する。

 

 主にパトロン国家に傭兵として雇用されており、社会的地位は低い。彼らの暮らす地底海は「文明世界のもっともひどいところ」と呼ばれている。「モングレルのやり方」という独自の行動哲学を持っており、様々な言語から集めてきた悪態をつくことでも知られる。電函を持っており、電気的な信号を通じて意思疎通を行う。

 

ホモ・プーパ(パペット)

 二つ目は「ヌーメン」と呼ばれる創造主を生理的に崇拝するよう改造された「ホモ・プーパ」(パペット)。ベリサリウスのチームのメンバーだと「ゲイツ=15」がこの種族である。名前の通り小人のような体格であり、もともとはヌーメンたちが奴隷として作った人種でもあることで文明社会からは忌避されている。

 

 彼らの国家「パペット神政国家連盟」もまた世界軸の一つ「パペット軸」を所有しており、第六遠征部隊が軸を通り抜ける代償として強欲にも艦隊の半分をパペットが要求したことが、今回の事件の発端となった。ヌーメンなしには生きられないように遺伝子改造を施されているが、ヌーメンが絶滅しつつある今種族的な危機にある。

 

 シュークリームやおもちゃ箱が聖体となる独特の教義「パペット神学」を持っている。ヌーメンを前にすると彼らの体臭で恍惚とした状態になり異常なまでの激しい反応を見せるなど、人類とはかなり異質な宗教的アイデンティティを持つ。

 

ホモ・クアントゥス

 そして量子現象を観測するために脳に大幅な改造を施された「ホモ・クアントゥス」。本作に登場するホモ・クアントゥスは、主人公の「ベリサリウス・アルホーナ」とその元カノ「カサンドラ・メヒア」の二人。パターン認識と数学的処理にかけて高い能力を誇り、また時に自己保存よりも数値解析を優先するほど、これらに高い好奇心を持つように設計されている。

 

 「マグネトソーム」と呼ばれるコイルのような器官を体中に持っていて、磁場を感じることができる。ホモ・エリダヌスと同様に電函も備えており、主に脳に電流を流して後述のサヴァン状態に入るために使用している。

 

    一部の者は飛躍的に脳の処理能力があがる「サヴァン状態」に入ることができる。中には量子の重ね合わせを崩壊させずに量子現象を観測できる「量子フーガ」に入ることができる者もいる。

 

 アングロ=スパニッシュ第一銀行による「ホモ・クアントゥス計画」と呼ばれる研究で作り出された。高い数学的処理能力を生かし、銀行の経営判断をサポートする存在となるはずだった。が、設計者の意に反して内向的かつ思索的な傾向を備えてしまい、世界経済よりも物理現象の解明に興味を抱くようになったことで失敗作とみなされた。

 

 現在では4000人ほどのホモ・クアントゥスが、「ギャレット」と呼ばれるコロニーをつくり、アングロ=スパニッシュ金権国の庇護のもとで研究生活を送っている。ホモ・クアントゥスはギャレットを離れては生きていけないと言われており、ベリサリウスのようにギャレットから飛び出した者は異色の存在である。

 

その他

 これら「人類の亜種」たちの他にも、普通の「人類」とは違う存在がいくつか登場する。アングロ=スパニッシュ銀行によって作り出されたが、自分は聖ヤコブの生まれ変わりだと言い始めたためお払い箱にされた超高性能AI「セント・マシュー」、人間の脳神経を半導体繊維に置き換え、体を機械化したAIと人間の中間の諜報員「スケアクロウ」などなど。

 

最後に

   ご覧のように、「量子魔術師」はかなり作り込まれた設定を持っています。ここまでこの記事を読んでくださった方でまだ本作を読んでない方がいましたら、是非とも読んでみることをおすすめします。

 

 
   日本語訳は出ていませんが「The Quantum Garden」という続編も出ており、Amazonでも軒並み高いレビューを得ている傑作です。興味がある方はこちらの記事をどうぞ…