ひつじ図書協会

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めぐり合う二つのマイノリティ 小川一水「天冥の標Ⅲ アウレーリア一統」

 

「アウレーリア一統」あらすじ

 強襲砲艦エスレルの艦長アダムス=アウレーリアは、真空環境で活動できる体とコイルガンという二つの武器を生かして海賊狩りの任務にあたる「酸素いらず」(アンチ・オックス)だった。

 

 ある日、海賊の襲撃を受けた冥王斑の患者群「救世群」(プラクティス)から、莫大なエネルギーを秘めた宇宙遺跡ドロテアの情報を得たアダムスたちは、ドロテアの位置を示す報告書を救世群から奪った海賊組織エルゴゾーンの追跡を始める。

 

 ドロテアを手に入れ勢力拡大を目論む宇宙海賊の頭領イシス、彼らを阻止しようとするアダムスたち、そして救世群に弾圧を加えてきた人類に復讐する力を渇望する女議長グレア=アイザワたちによる、三つ巴のドロテア争奪戦が幕を開ける。

 

「アウレーリア一統」解説と感想

アンチ・オックスとアンチョークス

 第一巻に登場した「海の一統」(アンチョークス)は体内電気でコイルガンを扱い、酸素呼吸を必要としない漁師兼戦士集団だった。彼らに加えられた肉体改造は、もともとは真空環境での活動のためだったことが「アウレーリア一統」では明かされる

 

 「anti ox=アンチオックス」がなまって「unchokes=アンチョークス(窒息せざる者たち)」になるという過程はいささか日本語英語っぽくはあるが、十分納得は出来る。

 

宇宙活劇と冥王斑

 本作の内容はずばり「スペースオペラ」だ。酸素いらずたちと海賊たちとの真空環境下での戦闘シーンは血沸き肉躍るものがあるが、アダムスたちの船である強襲砲艦エスレルの構造と「減速強襲」がわかりにくく、最初のうちは物語に没入しづらいのが玉に瑕。

 

 とはいえ読み応えのあるアクションシーンは必見で、ドロテアでの戦闘中にエスレルから対艦レーザーを取り外してぶっぱなすシーンは爽快だった。

 

 しかし壮大な宇宙活劇にも、冥王斑がもたらす差別が暗い影を落とす。21世紀の終わりに生計を立てるために月面へと移住した救世群はその地をも逐われ、人類の多くが住む小惑星帯(メインベルト)から離れた小惑星エウレカに居場所を移している。ドロテアを巡る一連の騒動は、迫害される一方だった救世群が初めて人類に対して公然と牙をむいた事件でもあった。

 

 中盤、イシスの策略で乗艦エスレルを失い悲嘆にくれるアダムスの居室をグレアが訪れ、アダムスの傷をえぐるような言葉を投げかけるシーンがあるが、この時のグレアの言葉が救世群の心情をよく表している。

 

「誰が」

ずい、とアダムスのそばに影が立ち上がった。底抜けの悪意を持つ見知らぬ魔物のように、視界を塞いで顔を寄せる。切れ長の細い二つの隙間に白い目が光っている。

「やめるか。こんなに気味のいいこと。」

アダムスはシーツを蹴って後ずさろうとする。相手は心から嬉しそうに涼しげな笑いをもらす。

それが私の境地。救世群の境地。囲まれて奪われて突き落とされ叩かれる。苦しくて、痛くて、息もできないでしょう。どうして自分がそんな目に遭うのかって、呪わしいでしょう。人も神も何もかも遠ざけたくなるでしょう。‐あなたがわかるわ、とてもよくわかる。生まれてきた新しい赤ん坊を見るような気持ちよ。ようこそアダムス、愛しいわ。今までで一番あなたを近くに感じる。」(p383‐384)

 

 

巡り合うマイノリティたち

 酸素いらずは独特の宗教や体質のせいで、社会から奇異の目で見られ遠巻きにされている。その一方で傭兵として活躍し太陽系の治安維持を一手に担う存在でもある。しかしそれは太陽系に傭兵のニーズが存在する限りであり、社会が酸素いらずを必要としなくなれば少数派の彼らは弱っていく運命にある。

 

 事実、第五巻の段階ではロイズ傘下のMHDが軍事的プレゼンスを強めめ、酸素いらずたちの母国ノイジーラント大主教国は弱体化しつつある。

 

 アダムスはドロテアをめぐる騒乱の中で、エスレルが冥王斑に汚染されたことで生まれてはじめて社会から白眼視される。こうした経験から、アダムスは正反対の存在に見える救世群と酸素いらずが、実は多数派からの排斥という共通する問題を抱えていることに気づく。

 

 アダムスは一連の騒乱が終わった後に救世群の後見を引き受ける。全く性質の異なるマイノリティ集団が互いの共通項を見出し手を取り合おうとするこの出来事こそが、本作の重要な側面といえるだろう。

 

 

 前巻、次巻の記事はこちら

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 


余談

海賊と正規軍が兵器としての可能性を秘めた遺跡の争奪戦を繰り広げる、という筋書き。

嵐の中に隠されながら浮上する古代遺跡。

和音で会話するロボット。

 

…スタジオジブリの「天空の城ラピュタ」との不思議な共通点があるのは偶然だろうか…