最終更新:2021/04/22
劉慈欣の「三体」シリーズの二作目「黒暗森林」の考察記事です。ネタバレを含みます(更新の際に字数が激増したので記事を二つに分けました)。
「三体Ⅱ 黒暗森林」あらすじ
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「三体Ⅱ 黒暗森林」考察
不幸な主人公たち
「三体」シリーズは群像劇のような形で語られるので特定の主人公は存在しない。しかし強いて言えば前作の主人公格は葉文潔(イェ・ウェンジエ)だったと言えるだろう。そして本作冒頭、葉文潔が娘の墓前で「宇宙社会学」の概念を語るシーンで、主人公のバトンは社会学者の羅辑(ルオ・ジー)に渡る。
羅辑は面壁者として人類の希望を一身に負わされて民衆から救世主に祀り上げられたかと思えば、計画の成果が出ないとすぐさま後ろ指をさされるなど散々な扱いを受ける。さらに面壁計画の邪魔になるという理由で妻子も取り上げられる。彼が人類から受けた仕打ちを考えれば、葉文潔のように人類を見捨てた*1としても何も不思議はなかっただろう。
愛は地球を救う?
しかし、彼はそうしなかった。人類が絶望に沈む中、羅辑は葉文潔とその娘の墓前を再び訪れ、たった一人で三体世界と対決し、痛み分けに持ち込んだ。羅辑は今まで自分に散々な扱いをしてきた人類を救ったのだ。葉文潔と羅辑、人類愛を持つには程遠い環境を生き抜いてきた二人の決断を分けたのはなんだったのか?
前作「三体」にて葉文潔は三体世界へのメッセージの送信が露見することを防ぐため、紅岸基地の政治委員雷志成を殺害したが、その際成り行きで夫をも手にかけている。しかも当時お腹には夫の楊衛寧との子、楊冬(ヤン・ドン)がいた。
成長して宇宙論研究者になった楊冬も三体文明の「科学を殺す」策略の中で犠牲になったことを考えれば、葉文潔は間接的に実の子をも手にかけたといっていいだろう。葉文潔は人類を異星文明の裁きにかけるという目的のため、夫と子への愛を捨てたのだ。
一方羅辑は、最後まで妻の荘顔(ジュアン・イエン)と子供と再会することを望んでいた。そして再会が叶い、本作はハッピーエンドを迎える。羅辑は妻子を犠牲にするような選択は迫られなかった*2とはいえ、配偶者と子供に関しては羅辑と葉文潔は対照的だ。葉文潔は家族愛を捨てて地球を裁きにかけた主人公、羅辑は家族愛ゆえに地球を救った主人公だと言えるだろう。
愛の正体と仮の平和
とはいえ、本作はこうした平和な解釈には収まらない不穏なものも含んでいる。まず、羅辑の妻荘顔が、羅辑の妄想から生まれた人物であること。もちろん荘顔は実在の人物で、たまたま羅辑の作り出した理想の女性像と完璧に一致した女性であっただけだが、このわざとらしい偶然、そしてあまりにも簡単に荘顔が見出されるところに、何か作者の意図が隠されているような気がしてならない。加えて作者は羅辑の主治医に次のような不気味な言葉を言わせている。
大部分の人間の恋愛対象も、想像の中に存在しているだけです。彼らが愛しているのは現実の彼・彼女ではなく、想像の中の彼・彼女に過ぎません。現実の彼・彼女は、彼らが夢の恋人をつくりだすために利用した鋳型でしかない。(上巻p112-113)
羅辑の荘顔への愛は結果的に人類を救ったが、その正体とは一体何だったのだろうか。
また、本作のラストでは一見平和が訪れ羅辑が愛について三体人と会話するシーンもあるが、この平和は見せかけのものにすぎない。地球人と三体人の頭の上には「呪文」というダモクレスの剣が吊り下がっている。いつ何時、呪文が宇宙に向けて放たれ、黒暗森林の闇の中から致命的な攻撃が飛んでこないとも限らない。そんな核抑止論的な危うい均衡の上に地球人と三体人は立っていることを忘れてはならないだろう。
「死神永生」そして「球状閃電」へ
果たして第三部「死神永生」では何が起こるのか。三体人が何らかの形で「呪文」を無効化して「三体人vs地球人」という図式が復活するのか、あるいは重力波システムがETOの残党によって作動させられ、人類が三体人もろとも破滅の危機を迎えるのか。そして、外宇宙へと消えた「藍色空間」と「青銅時代」に乗った新人類はどのような形で未来の人類の前に姿を現すのか?日本語版が発売される2021年5月25日が楽しみだ。
また「死神永生」と同じくらい忘れてはいけないのが、シリーズの前日譚「球状閃電」だ。「黒暗森林」の後書きでも言及されているように、実は面壁者タイラーの計画は翻訳の過程で大幅に変更されている*3。「蚊群編隊」以前の、幻のタイラーの作戦の鍵を握るのが、「球状閃電」のテーマである謎多き現象「球電」だ。
タイラーの「真の計画」とは何だったのか、艦隊を「量子〇〇」化するとはどういうことなのか気になる方は、是非とも「球状閃電」を手に取ってみて欲しい。丁儀やあの人気キャラの若き日の姿も見られるのでおすすめだ。日本語版が出るにはまだ日があるようだが・・・。
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