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【天冥の標解説】#2 ロイズ非分極保険社団はなぜ非分極を目指すのか?

 引き続き、小川一水「天冥の標」に登場する「ロイズ非分極保険社団」(以下、ロイズ社団)について解説していきます。そもそもロイズ社団とは何?という話はこちらから。

 

ロイズ社団はなぜ非分極を目指すのか?

結論から言えば、ロイズ社団が非分極化を目指す表向きの理由は「保険で儲けやすくするため」です。詳しく解説していきます。

 

保険の仕組み

最初に、「自動車保険」を例に保険の仕組みを大雑把にまとめます。

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すごく単純にした保険の仕組み

 

まず、保険契約者(保険をかけたい人)たちが、保険者(保険会社など)に保険料を少しずつ払います。保険者はそうして集めたお金の中から、自動車事故にあった保険契約者に保険金を支払います。これが保険の基本です。

 

この時重要になるのが、「保険料をいくらにするのか」ということ。保険料が少なすぎると、保険金を支払うだけで保険会社の資金は尽きてしまいます。かといって、保険料が高すぎると、保険料を支払えない人が保険に入れません。

 

つまり、保険契約者が払う保険料と保険会社が払う保険金が釣り合うようにしなければいけないわけです。このことは法律でも定められており、「収支相当原則」といいます。

 

保険料率の設定は難しい

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保険料率を決めるのは難しい

とはいえ、保険料と保険金が釣り合うようにするのは至難の業です。何故ならば、「最終的に保険金をどれくらい払うか」を正確に予想することが難しいからです。

 

保険金が支払われるきっかけとなる自動車事故は、必ず起こるわけではありません。保険をかけたけど、自動車事故が起こらないこともあります。事故が起こるリスクがどれくらいあるかを判断し、リスクが高ければ保険料を高めに、低ければ低めにする必要があるのです。

 

つまり保険料率を設定するには、自動車事故のリスクを正確に評価しなければなりません。これは簡単にできることではなく、こうしたリスク評価を専門に行う「アクチュアリー」という人々がいるほどです。

 

「大数の法則」とは?

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「たいすう」の法則

ロイズは過去において、保険商品の設計を飛躍的に発展させた。保険契約の基礎的な数学概念である、大数の法則の応用技術を極限まで高めたのだ。(6巻part1 p141)

 

「天冥の標」でちょくちょく登場する「大数(たいすう)の法則」。保険の基礎となる重要な法則ですが、どんなものなのでしょうか?

 

わかり易く言うと、大数の法則は「試す回数が増えるほど、結果が真の値に近づいていく」ということです。

 

コイントスで例えましょう。コインを投げて表が出る確率は50%。この「真の値」を、実際にコインを投げて表が出た回数を数えて確かめてみるとします。この時、投げる回数が増えれば増えるほど表が出る確率が50%に近づいていく、というのが大数の法則です。

 

証明が気になるという方はこちらのサイトをご覧ください。

manabitimes.jp

 

「そんなの当たり前じゃん」と言われそうですが、保険料率の設定にはこの大数の法則がとても役に立ちます。

 

初めから表が出る確率が「50%」と分かっているコイントスと違い、自動車事故が起こる真の確率はわからないので、自動車事故のデータを集めて推測するしかありません。この時、集めるデータの数を増やすだけで自動車事故が起こる確率をより正確に知ることができるです。それも増やせば増やすほどより正確に、です。

 

つまり、大数の法則があるからこそ、より大量のデータを集めてより正確に自動車事故のリスクを評価することが可能になるというわけです。

 

大数の法則と非分極化

ここまでをまとめると

①保険料率の設定は大事

②保険料率を設定するには、事故の起こるリスクを評価する必要がある

③データの数が増えるほど、より正確にリスクを評価できる(大数の法則)

となります。ここまできてようやく「ロイズ社団はなぜ非分極化を目指すのか」という答えにたどり着きます。

 

答えは、③に関係があります。大数の法則が働く前提には「それぞれのリスクが均質である」という条件があるからです。

 

ある意味これも当たり前のことで、例えば表が出る確率が毎回変わるコインを投げるのなら、何回投げても正確な確率をはじき出すことは出来ません。

 

それと同じで、自動車事故が起こる確率を予想する時にも「みんなが同じくらいの確率で自動車事故にあう」という前提がなければいけません。

 

作中で使われた例えのように、「車で他車にぶつかって死ぬことを救済だと考える奇矯な宗教が流行する」ようなことがあれば、その宗教が流行している地域では、自動車事故にあう確率は跳ね上がります。

 

そうすると、大数の法則を信じて算出した確率が正確ではなくなってしまうのです。リスク評価が不正確なら、保険料率も不正確になり、会社の利益に影響が出ます。だから、「少数の特殊ケースの発生」をロイズ社団は最も恐れます。

 

しかし「少数の特殊ケース」は、太陽系全体で人々が同じものを食べ、同じ製品を使い、同じような生活をしていれば起こりません。ローカル性が無くなり全てが均質化=非分極化された世界なら、大数の法則がうまく働き、ロイズ社団は安心して保険を売ることが出来ます。

実際にうまくいくかは別として、なるほどとは思える理屈です

 

非分極vs分極

これに対して、「天冥の標」前半に登場する人々は均質化とは正反対の行動をとります。

 

救世群はアウトブレイクの発生確率を引き上げ、酸素いらずは他の人がやらない危険な冒険をし、「恋人たち」はアブノーマルなセックスにも応え、パナストロの農家は「アケボシ」のような太陽系の一部でしか流通しない作物を作ります。

 

こういうことをされると、保険で儲けているロイズ社団には都合が悪いわけです。だから、ロイズ社団は救世群関連の保険料率を引き上げ、「艦隊化ヒューマノイド」を発売し、倫理兵器を派遣し、ミールストームを通じてより安価な作物を売ってこうした人々を圧迫し、「非分極化」を目指すのです。

 

現実のロイズ

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ロンドンのロイズ・ビルディング

以上、ロイズ社団が非分極を目指す理由について解説してきましたが、最後に現実のロイズについても軽く触れておきます。

 

ロイズ(Lloyd’s of London)とは、イギリスの保険市場です。1688年にまで遡る伝統を持ち、あらゆる保険、再保険を引き受けることで知られています。

 

特徴的なのが、ロイズは「保険会社」ではないこと。ロイズは「保険をかけたい人」と「保険を引き受けたい人」が取引をする市場です。市場を統括する組織は置いていますが、会社とは全く違います。

 

もう一つのロイズの特徴が「再保険」を引き受けること。規模の大きい保険を引き受けた保険会社が、自社以外にもリスクを分配するためにもう一回保険をかけることがあります。この「保険の保険」が再保険です。ロイズは再保険を引き受けられる数少ない存在の一つです。

 

正直、現実のロイズと「天冥の標」のロイズ非分極保険社団にはあまり共通点が無いのですが、現実のロイズにも中々興味深い点があります。機会があれば記事にまとめます。

 

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