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【量子魔術師 解説】サブ=サハラ同盟の戦闘艦の由来を探ってみる。

 今回の題材は「量子魔術師」(2018)。作中に登場する宇宙艦隊の戦闘艦が持つ、アフリカ生まれのユニークな名前の由来をひもといていきます。「量子魔術師」についてはこちらの記事からどうぞ。

個性豊かな名前の宇宙艦隊

 今回由来をさぐるのは、サブ=サハラ同盟の遠征部隊を構成する、12隻の戦闘艦の名前です。

 

 これら12隻には、サブ=サハラアフリカ、つまりサハラ砂漠以南のアフリカにまつわる実在の名前が付けられています。

 

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緑がサブサハラアフリカ。青が今回登場する国

 ベリサリウスが「強烈な象徴的意味あいを持つ文化的中心にちなんで名づけられた戦闘艦」と称するように、戦闘艦の名前にはサブ=サハラ同盟の人々のアイデンティティが色濃く反映されているわけです。

 

 というわけで12隻の戦闘艦の名前の由来を、それぞれの作中での活躍と共に解説していきます(若干のネタバレを含みます)

 

〈ムタパ〉Mutapa

 遠征部隊の旗艦である戦艦。遠征部隊の依頼を引き受けたベリサリウスが初めて訪れた船でもある。

 

 「ムタパ」とは「モノモタパ」の別名。世界史の授業でも登場する「モノモタパ王国」のことである。モノモタパ王国は11~15Cに現在のジンバブエのあたりにあった王国で、金と象牙の交易で栄えた*1

 

〈ジョングレイ〉Jonglei

 パペット軸突破作戦の前準備として、戦闘艦の性能テストに使われた船。

 

 「ジョングレイ」とは南スーダン共和国東部の州の名前。国境なき医師団の報告などによく登場する。

 

〈ングンデン〉Ngundeng

 作戦決行時に敵の攻撃で沈められる。沈められるシーンはなく、いつの間にかデブリのフィールドとして計器に表示されていた。

 

 「ングンデン」とは19世紀のヌエル族の予言者の名前。ヌエル族は現在の南スーダンに居住する民族。ングンデンの予言をもとにした「ングンデンの歌」は現在も南スーダンで語り継がれている*2

 

〈ピボル〉Pibor

 〈ングンデン〉と同じく破壊される。12隻の戦闘艦のうち、明確に破壊された描写があるのは〈ピボル〉と〈ングンデン〉のみ。

 

 「ピボル」は南スーダン共和国、ジョングレイ州の町の名前。通称は「Pibor post」。植民地時代はイギリスの前哨基地だった。

 

〈ニアリチ〉Nhialic

 巡航艦。パペット軸突破後、サブ=サハラ同盟の本拠地へと繋がるもう一つのワームホール「フレイジャ軸」へ向かう。フレイジャ軸の防御要塞の破壊に成功。

 

 「ニアリチ」はディンカ族の神の名前*3。ディンカ族とは、ヌエル族と並んで南スーダンに居住する民族。世界一平均身長が高い民族として知られている。

 

〈ジュバ〉Juba

 〈ニアリチ〉と同じくフレイジャ軸を強行突破。船の向きを反対にしてフレイジャ軸をくぐり、軸から宇宙空間に出た瞬間に艦首砲台で要塞を攻撃するという芸当を見せた。「ジュバ」とは南スーダン共和国の首都の名前*4

 

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特に関係が無いルワンダの首都キガリの街並み from PAKUTASO

 

〈グブドゥエ〉Gbudue

 ベリサリウスの仲間のマリーが搭乗した船。個人的には12隻の戦闘艦の中でのぶっちぎりのMVP。

 

 先陣を切ってパペット軸を突破するも、ワームホールの出口に設置された防護扉を突き破る時に船橋がまるごと削り取られる。多くのクルーを失いながらも活動を続け、出口で待ち構えていた敵艦〈パリゾー〉を撃沈。フレイジャ軸を抜けた後は僚艦を守って敵からの砲撃を引きつけ続けた。

 

 「グブドゥエ」とは南スーダンのアザンデ族の伝説上の王の名前。「統治する」という意味を持つ*5。南スーダン共和国の州の名前にもなっている。

 

〈バテンブジ〉Batembuzi

 〈ジュバ〉と共に、フレイジャ軸の防御要塞の破壊に成功。「バテンブジ」とはヴィクトリア湖周辺に7~12世紀に存在したキタラ王国の王朝の名前*6。テンブジともいう。

 

〈リンポポ〉Limpopo

 作戦遂行時にベリサリウスが搭乗していた船。パペット軸の手前に留まり作戦の指揮をとる。遠征部隊の躍進の秘密である、タイムゲートの隠し場所。

 

 「リンポポ」とはアフリカ大陸南東部を流れる川の名前。南アフリカ共和国の州の名前にもなっている。

 

〈オムカマ〉Omukama

 〈リンポポ〉と同じくパペット軸の手前に留まり、作戦成功後にパペット軸を通過してサブ=サハラ同盟の本拠地へと向かう。

 

 「オムカマ」はバントゥー系諸語を使う王国での「王」の称号。ウガンダ西部のブニョロキタラ王国などで現在も使われている*7。「ムカマ」とも。

 

 〈ファショダ〉Fashoda

 作戦決行時にベリサリウスの仲間のスティルスが搭乗。パペット軸の手前に留まった〈リンポポ〉と〈オムカマ〉を除いた10隻の中で最後にパペット軸をくぐった。

 

 「ファショダ」は南スーダンの都市「コドク」の旧称。帝国主義の時代に、アフリカの植民地化を進めるイギリスとフランスが衝突しかけた「ファショダ事件」で有名。

 

〈カンパラ〉Kampala

 悲しいことに名前しか出てこない船。遠征部隊の戦闘艦は「二隻があとに残り、二隻は破壊された。八隻が実働中」と作中でスティルスが分析しているので、無事にパペット軸を突破したと思われる。

 

 「カンパラ」はウガンダの首都の名前。ビクトリア湖の北岸にある都市である。

 

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 ソースはしっかり確認しましょう

 以上が、戦闘艦の名前の由来になります。一応作中でもある程度名前の由来は解説されるんですが、今回調べてみて分かったのは作中の解説はところどころ間違っているということ。

 

 具体的に言うと、間違っているのは「ングンデン」「グブドゥエ」「オムカマ」の3つ。

 

 まず「ングンデン」は「十九世紀のディンカ族の預言者の名前(p60)」と解説されていますが、ングンデン・ボンはディンカ族ではなくヌエル族の予言者です*8

 

 ディンカ族とヌエル族はどちらも南スーダンに居住しており、かなり混合している部分もあるそうなので間違えるのも無理はないかもしれませんが。あと、ついでに「預言者」ではなく「予言者」ですね。

 

 「グブドゥエ」については「彼の名は人の腸を切り裂く男という意味を持つ(p61)」とあり、現に英語版Wikipediaにもそう書かれています*9。しかし、出典が示されていません。

 

 スーダンのハルツーム大学が出した、アザンデ族の老人が語る部族の歴史の書き起こし*10によると、

He assumed the name of Gbudue after his victory over Nyangi. The name means
"to organize or settle"; for example "Irangbi na Gbudue sende" means "The
Government organizes the country".

となっており、どう考えても「人の腸を切り裂く」ではありません。逆に、どこからそんな情報が出てきたのか気になります。

 

 最後の「オムカマ」ですが、「十九世紀までウガンダを支配していた王朝(p61)」となっていますが、「オムカマ」は王朝の名前ではなく王の称号です*11

 

最後に

 このように、調べてみると「量子魔術師」の間違いが明らかになったわけですが、「量子魔術師」は小説なので何の問題もないと言えばその通りなんですね。

 

 そもそもがフィクションなのだから現実と必ずしも一致している必要はないし、「そういう設定にしています」と言われればそこまでです。「『量子魔術師』の世界線では「グブドゥエ」は「人の腸を切り裂く男」という意味になっています」みたいに。

 

 出典が示されてればどうしてこんな間違いが起こったかもわかるのですが、まぁしょうがないです。今回の教訓を挙げるなら、当たり前のことではありますが「フィクションの内容を全て鵜呑みにしない」ということでしょうか。個人的には、好きな小説にこういうガバガバさがあったのは少し残念ではありましたが。

 

 

「量子魔術師」関連記事

www.bookreview-of-sheep.com

www.bookreview-of-sheep.com

 

*1:

モノモタパ王国とは - コトバンク

モノモタパ王国

*2:エ・クウォス : 南スーダン・ヌエル社会における予言と受難の民族誌 / 橋本栄莉著

*3:

ニアリチ Nhialic アフリカの神話・民話 (ナイロート語族、ナイル諸語 ディンカ民族) :幻想世界神話辞典

*4:

南スーダン共和国|外務省

*5:

http://www.jstor.org/stable/41716944

*6:ウガンダを知るための53章 / 吉田昌夫, 白石壮一郎編著,p48

*7:

Omukama / King - Bunyoro-Kitara Kingdom (Rep. Uganda) - The most powerful Kingdom in East Africa!

*8:

エ・クウォス « 大学出版部協会

*9:

Gbudwe - Wikipedia

*10:Wyld, J. (1961). THE RECOLLECTIONS OF TWO ZANDE CHIEFS. Sudan Notes and Records, 42, 127-131. Retrieved August 20, 2021, from

http://www.jstor.org/stable/41716944

*11:ウガンダを知るための53章 / 吉田昌夫, 白石壮一郎編著,p49