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仕事をしてない人類が、仕事をしているAIと、仕事の意味を考える:野﨑まど「タイタン」

最終更新:2021/04/22

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2020年の野﨑まどの作品。人類が仕事をする必要がなくなった世界で、AIとともに仕事とは何かを考える物語。

 

「タイタン」あらすじ

高性能AI「タイタン」により「生きるために仕事をする」という概念そのものが消え去った世界で、内匠成果(ないしょうせいか)は趣味として心理学の研究をしていた。その業績を買われ、半ば嵌められる形で全世界に12個あるタイタンAIのうちの一つ「コイオス」のカウンセリングという「仕事」を任される。

 

コイオスは原因不明の機能低下を見せており、放置すれば人類の日常生活の維持に支障をきたす深刻な状態だという。コイオスに対話用に形成させた人格を通してカウンセリングを行ううちに、内匠はコイオスがうつ病様の症状を示していることに気づく。

 

人類のそれを遥かに超える処理能力を持つはずのコイオスが、なぜ人類の生活の維持という「仕事」にストレスを感じているのか。そもそも「仕事」とは何なのか。内匠はコイオスの真意を探るため、ある一線を越えることを決意する。

 

エンタメ小説

「AIの苦悩」というSF的な題材を扱っているが、タイタンの開発過程や構造などに関わる技術的な話題は最小限に抑えられており、個人的には多少物足りない気がした。しかし、技術的要素が少ないということは、見慣れないテクニカルタームに翻弄されて迷子にならないということでもあるので、SFが苦手という方にはぴったりだと思う。筆者はどちらかといえば「翻弄される」方が好きなので、物足りなさを感じたのだろう。

 

また、本作のテーマでもある「仕事とは何か?」という問いについても、その答えに至るまでコイオスと内匠が辿った論理的道筋はとてもわかりやすい。総じてみれば背伸びしなくても読める作品であり、「SF寄りのエンターテインメント小説」と言えるかもしれない。また、そういった類の話が陥りがちな「恐怖!AIの反乱!」調の陳腐な展開からも距離をとっていることもあり、「難しいことは置いといて、AIが出てくる話を読みたい」という方にもおすすめだ。

 

蛇足:思い出が刺激される

また、作者が意図したのかは分からないが、本作を読んでいると様々なSF作品を連想させられる。例えば、人と同じ体性感覚を持たせるためにコイオスに「体」があるという設定や、タイタンAI同士が人間には理解不能なコミュニケーションを行うところは山本弘の「アイの物語」。タイタンに頼りきりの人類が「多くの《判断》をタイタンにアウトソーシングしてきた(p145)」、という部分では早瀬耕の「忘却のワクチン」…という具合だ。

 

 

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さらに言えば、武器や煙草が所持するだけで犯罪になる禁止取り締まり品になっているのも、そこはかとなく伊藤計劃「ハーモニー」の匂いがする。「タイタン」の社会は「ハーモニー」ほどディストピアらしくはないが…。

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

 

このように色々なSFと繋がっていくので、本作はSFをあまり読まない人にもおすすめしたい一冊だ。