2011年。小川一水の長編SF「天冥の標」シリーズの四作目。
「機械じかけの子息たち」あらすじ
キリアンが目覚めると、そこは見知らぬ宇宙船の中だった。前後の記憶もはっきりとしないうちに、訳も分からず目の前に現れた少女アウローラと性交に及ぶことになる。行為の後に記憶を取り戻した瞬間、キリアンは失神させられる。そして再び目覚めると、辺りは全く異なる場所だった、「恋人たち(ラバーズ)」のアウローラの存在以外は。
記憶喪失と目覚め、そして様々なシチュエーションでのアウローラとの性交を繰り返すうち、キリアンは自分が多数のスタジオを備えた謎の施設に囚われていることを知る。キリアンと幾度も性交に及ぶアウローラたちの目的とは、そして本人も気づいていないキリアンの真実とは。
「機械じかけの子息たち」解説・感想
本作はシリーズの中でも異色の一冊だ。まず羊が全くと言っていいほど登場しない。確認したところ、「シーン」の一つとして「羊が草を食む牧場の東屋[1]」が登場するだけで、ストーリーには羊は全く絡まない。羊と言えばノルルスカインだが、彼もこの巻に限っては太陽系での通り名である「ダダー」でなく、「サーチストリーム」と名乗る。
第二に、物語の舞台が極端に狭い。差し渡し4キロの小惑星に作られた施設に、「恋人たち」とゲストを合わせても6000人にも満たない人口。草創期のブラックチェンバーにも満たないこぢんまりとした世界で、物語は繰り広げられる。
性と小説
第三に、そして本作の最大の特徴でもあるが、性描写が異常に多い。特に前半は官能小説かと見まごう程で、後半に至っては常人には思いもよらない前衛的な性交が次々と登場する。シリーズ四作目にして最大の問題作であり、多くのレビュアーたちが困惑の意を示している。
作者自身も10巻の後書きで
多くの方に通るショットガンエロを撃ちたいのか、それとも自分と好みが同じ人だけを狙ったスナイプエロを撃ちたいのか、決めていなかったこともあって、それがこの話の印象をいくらか混乱させたとは思ってます。(「青葉よ、豊かなれ part3」p368)
と述べているように、本巻に限らずシリーズを通しての豊富な性描写については賛否両論があるようだ。必要以上に性描写が多いのではないか、という意見もある。
者としては、全10巻の内一つくらいはこういうぶっとんだ巻があっても良いと思う。ハードな描写や不快な描写があるわけでもないので、これくらいのヤンチャはシリーズのマンネリ化を防ぐにもちょうどいいのではないだろうか。とはいえ、作者の言葉を借りれば人によっては「エロは暴力にもなりうる」のも事実で、人を選ぶ内容であるのは確かだろう。
少年キリアンの魅力
とはいえ、本作はエロ要素を抜きにしても筆者のお気に入りの巻であって、その理由の一つが主人公キリアンのキャラクターだ。道徳家ぶっても最後は性欲に負ける。しかも床下手で異性の感情に鈍感。時々感情を爆発させるけど、すぐに弱気になる。ティーンエイジャーの青春の、「イタイ」側面を凝縮したような少年だ。
そんなどうしようもないティーンであるキリアンだが、若さがもつ可能性を感じさせる面もある。「恋人たち」の最古参のラゴスが披露するものづくりのわざに関心をもったり、時々「恋人たち」の存在の根幹に関わる鋭い発言をしたり。「やるじゃんキリアン!」と思わず声援を送ってしまいたくなる。
ドロドロしがちな内容を扱う本巻が不思議な清涼感を保っているのは、こうしたキリアンの魅力的なキャラクターに負うところが大きいだろう。
前巻、次巻の記事はこちら
bookreviewofsheep.hatenablog.com
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