コロナ禍で留学やレジャーができなくなり、外に出たいのに外に出られなくなった人、
逆に家にこもるのが性にあってて、外に出る必要がなくなって嬉しい人、
外出自粛については賛否両論だと思うが、「青い星まで飛んでいけ」はそのどちらの意見の人にもおすすめしたい一作だ。
「青い星まで飛んでいけ」の主人公は、人類が創造した宇宙船群に宿るAI「エクス」。「ホモ・エクスプロルレス」という正式名称の通り、地球外生命体とのコンタクトを目指してひたすらに宇宙を探索するようプログラムされている。人類との交信が途絶えても、「未知こそ宝、未知の地を踏もう」という人類に与えられた基底衝動に従ってエクスはまだ見ぬ知性を探し続ける。人がもつ未知への探求の精神を、機械ながら見事に体現した存在だと言えるだろう。
エクスには自我があり、感情も豊かで日常的に任務の愚痴をこぼしたりしている。また面白いことに宇宙船群全体としてのエクスの自我とは別に、下位機械たちもそれぞれの自我を持っている。例えばエクスが敵を感知すると、戦闘機械群たちが
「ヤるのかしら、ねね、ヤっちゃうのかしら」「溜めとく?備えとく?」
などとおしゃべりしながら兵装や弾薬の準備を始める。
下位機械たちは基本的にエクスの指示に従うが、時にはエクス本体の意思と無関係に行動する。本体が接触を控えている生命体と独自のコンタクトをとったり、本体が怒ると「逆上した子供がとっさに相手を叩いてしまうように」攻撃を仕掛けてしまったりと、まるでやんちゃな子供のようだ。
一方でそうした比較的「若い」機械群を世話する老齢のエキスパート機械もあり、エクスは本体自我を中心とした大きな家族のような様相を呈している。こうしたやけに人間臭いエクスが、実は元素変換や亜光速恒星間航行を行う高い技術レベルを備えているというギャップもまた面白い。
ところで、エクス本体は未知の生命体とコンタクトをとるという使命について、どのような思いを持っているのだろうか。長くなるが以下に引用する。
未知こそ宝だ。未踏の地を踏もう。未見の人々に触れよう。
そう謳いあげたホモ・サピエンスの気持ちが、エクスには皆目わからない。一体どこの能天気なボンクラどもだ、と思う。
未知ほど恐ろしいものはない。未踏の地ほど危険な場所はない。未見の連中なんぞ害虫と同義だ。住み慣れた場所で、親しい仲間だけに囲まれて、一生安楽に暮らしたい。これこそ汎宇宙的な生命の願いだろう。何が探検だ。何が接触だ。そんなことを続けていたら病気が移って腐っちまう。
現実は厳しい。未知は魅力的だが脅威でもある。好奇心の赴くままに何の備えもなしに外の世界にホイホイ飛び出すのは自殺行為だ。作中最初のコンタクトで、エクスは容赦ない攻撃を受ける。相手方の周到な欺瞞工作によって不意を突かれたエクスは一時期自我を保てなくなるまで破壊され、バックアップが再びコアを形成し自我が蘇るまで8000年の時を費やした。
エクスにとっては未知の知性からの攻撃は日常茶飯事であり、コンタクトの瞬間には毎回激しい恐怖と緊張に襲われている。それでもエクスは未知との接触を止めることができない。なぜならそれはエクスに埋め込まれた基底衝動だからだ。
そしてエクスと同じように、人類も未知への探求のために外に飛び出すことを止めずにはいられない。エクスが、何度も何度も欺瞞と攻撃と拒絶にあってもなお知性とのコンタクトを求めてしまうように、若者たちはいつの時代にもどんな困難があっても外へ外へと飛び出していく。
未知への飽くなき探求心と、未知の計り知れぬ危険。基底衝動と現実の残酷な矛盾がもたらす問題に、物語の結末でエクスは一つの解答を見出す。「外に出る」ということが賛否両論な話題になってしまった今、エクスが達した境地はコロナ禍の時代を生きるための一つのヒントになるのではないだろうか。