ひつじ図書協会

SFメインの読書ブログ。よく横道にそれます

読書リレー#12 「時をかける少女」(筒井康隆)

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「時をかける少女」あらすじ

 放課後の理科実験室に現れた謎の人影。芳山和子はその正体を突き止めようとしたが、割れた実験器具から漂うラベンダーの香りを嗅いで気を失ってしまう。目を覚ますとそこは保健室。貧血と診断されて和子は家に帰った。

 

 次の日から、和子の周りで不思議な出来事が起き始める。巻き戻っている日付、気がつくと全く別の場所にいる自分。あの日の理科実験室で何があったのか、和子は友達とともに時をかけながら謎を追う。

 

ちょっと一言

 「時をかける少女」は筒井康隆作品の中でも最も有名なものの一つです。何度も映像化されており、直近だと細田守監督によるアニメ化が有名ですね。 こうして「時をかける少女」が人気になった理由は、筒井康隆らしからぬ外連味の無さにあると思うのは私がひねくれているからでしょうか...。

 

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 「エディプスの恋人」から筒井康隆を読み始め、「七瀬ふたたび」「パプリカ」、「家族八景」、「問題外科」、「偽魔王」と筒井康隆作品を読み進めていた私にとっては、「時をかける少女」は「本当にこれ、筒井康隆作品なの?」と違和感を覚えてしまう小説でした。所謂「エログロナンセンス」な展開が微塵もなく、終わり方もハッピーエンドなので、あまりにクリーン過ぎるのではないかと当時の私は思ったものです。

 

 今思うと、「時をかける少女」はジュブナイル層向けに書かれた作品なので、内容がクリーンなのは当たり前と言えば当たり前です。私が感じた違和感の原因は、「筒井康隆=エログロナンセンス」と決めつけていた当時の私の短絡さにあったと言えます。

 

 記事を書くにあたり、いつの間にか自分は「この作家はこういう作品を書くものだ」というように作家の作風を決めつけてしまっていたな、と反省しながら読み返していました。

 

 

前回との繋がり

 「時をかける少女」と、 前回の「ひとめあなたに...」はユーミン(荒井由実or松任谷由実)で繋がっています。「ひとめあなたに...」の最初の章「由利子さんのチャイニーズスープ」は、ユーミンの「chinese soup」にインスパイアされたものです。一方、「時をかける少女」が原田知世主演で映画化された際、主題歌の「時をかける少女」を作詞・作曲したのがユーミンでした。

 

  「ひとめあなたに...」ではユーミンの楽曲が先、「時をかける少女」ではユーミンの楽曲が後、という事でユーミン繋がりで選出しました。

 

次回予告

   「時をかける少女」と同じく、「この人がこんな作品書くの!?」という意外さを覚えた作品を紹介します。

 

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読書リレー#11 「ひとめあなたに…」(新井素子)

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 本をリレー形式に繋げて紹介する企画「読書リレー」、第11回は「ひとめあなた…」(新井素子)を紹介します。それでは、世界の終わりに悲しい狂気に囚われた人々の姿を見ていきましょう。

 

「ひとめあなたに…」あらすじ

 癌で余命宣告を受けた恋人から、圭子は突然別れを告げられる。ショックで酔いつぶれた翌日、圭子が目覚めると外の世界は狂乱状態に陥ってた。テレビは隕石の衝突で地球が滅ぶというニュースを伝えていた。

 

 公共交通機関もストップする中、圭子は最後にもう一度恋人に会いに行くことを決意する。東京は練馬から、恋人のいる鎌倉へ。道中で様々な狂気を抱えた女たちに出会いながら、圭子は恋人のもとを目指して狂ってしまった世界を進み続ける。

 

前回のおさらい

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  前回の「きみの膵臓を食べたい」と同じく、「死に直面したら何をするか?」というテーマの「ひとめあなたに…」(新井素子)を選びました。奇しくも二つの小説は、結末で同じような結論に達します。

 

ちょっと一言(微ネタバレ)

 地球が滅ぶというのに受験勉強をやめない女子高生、夢と現実の区別がつかなくなり眠り続ける女の子、旦那をビーフシチューにする妻…。恋愛小説のはずですが、登場人物たちの狂気がまるでホラーのような印象を与えます。

 

 彼女たちはみんな、大切な人とのつながりを失って傷ついています。家族からは勉強することしか求められなかったり、転校で親友と離れ離れになったり、夫が不倫していたり。そして、狂うことで心の隙間を埋めようとしているのです。「食べる」ことで夫とのつながりを取り戻そうとする由利子はそのいい例でしょう。

 

 そして、一度は別れた恋人に遠路はるばる会いに行く圭子もまた、彼女たちと同じように狂気に駆られているのかもしれません。練馬から鎌倉まで歩いていくなど、ある意味では狂気の沙汰です。

 

 死に直面して、大切な人とのつながりを求めてもがく登場人物たちは、はたして幸せになれるのでしょうか。

 

次回予告

 次回は少し毛色を変えて、今までとは違うつながりを持つ小説を紹介します。ヒントは「Chinese Soup」です。

読書リレー#5 「偽りのない事実、偽りのない気持ち」テッド・チャン

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前回のおさらい

 

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  前回紹介した「忘却のワクチン」は、デジタル記録が改ざん可能であることを指摘し、デジタル記録を過度に信頼することに警鐘を鳴らしていました。今回紹介する「偽りのない事実、偽りのない気持ち」(テッド・チャン)は、一歩進んで、「記録」というもの自体が抱える矛盾を指摘します。

 

「偽りのない事実、偽りのない気持ち」あらすじ

 一つ目の物語の舞台は、今まで網膜に映ってきた光景を「ライフログ」として記録できる近未来。ライフログを瞬時に検索できるツール「Remem」(リメン)の登場により、人類は曖昧な記憶に頼らず常に正確な記録にアクセスできるようになった。そうして完全な「デジタル記憶」を持ったら、人はどうなってしまうのか。ジャーナリストである「私」はリメンの取材を始めるが...

 

 もう一つの物語の主人公、ジジンギは文字を持たない民族であるティヴ族の少年だ。村にやってきた伝道師のモーズビーからジジンギは文字を教わり、成長して書記の職を得る。しかし、次第にジジンギは書記として求められる「正しさ」と、口承を重んじる部族の面々が求める「正しさ」にズレがあることに気づいていく。

 

 

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ちょっと一言

 「正しい」とはどういうことか、考えさせられる作品です。

 

 例えば、アマゾンの購入履歴に買った覚えのない商品があったとしたら、あなたはどうしますか?システムのバグだと思って返品するか、あるいは買ったのを忘れてたと思って商品を受け取るか。どっちにしてもあなたは、デジタル媒体の「記録」とあなたの「記憶」のどちらが正しいと信じるか、選ばなくてはなりません。

 

 リメンによってもたらされる完全無欠な「デジタル記憶」に対して主人公は最初は批判的でした。しかし最後にはリメンの使用を推奨するようになります。どのようにして彼がデジタル記憶を受け入れるようになったか、その過程にデジタル記憶とどう付き合えばいいのかのヒントが示されているように思います。

 

 また、本作を読んでいてすごいと思ったのが、文字というアナログ記録とライフログというデジタル記録を同列に扱っている点です。客観的な記録という点から見れば、何百年も前からライフログと同様の機能を持つ文字という媒体と人類は付き合ってきた、という見方には、はっとさせられました。

 

 

次回予告

 「忘却のワクチン」、「偽りのない事実、偽りのない気持ち」と、「デジタル記録→文字記録」という流れが来ているので、次回は「口承」に関係する作品を取り上げます。本企画の中で扱う作品の中では一番古い作品になるはずです。お楽しみに。

 

 

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読書リレー#4 「忘却のワクチン」早瀬耕

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前回のおさらい

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 前回紹介した「タイタン」の世界では論理的判断をAIに任せる「判断の外注化」が行われていました。今回は、思考の外注化つながりで「記憶の外注化」を扱った短編SF「忘却のワクチン」(早瀬耕)を紹介します。

 

「忘却のワクチン」あらすじ

 「プラネタリウムの外側」所蔵。「有機素子」で構成される特異なサーバーをめぐる連作の中の一編。

 

 リベンジポルノの被害に遭い大学に来なくなってしまった元恋人を救うため、主人公は友人の佐伯衣理奈に拡散された画像を消すことが出来ないか相談する。衣理奈は指導教官の南雲の手を借りて消去方法を見出すが、その方法には主人公と高橋香織との思い出までも消してしまうという副作用があった。南雲と衣理奈が処方した「忘却のワクチン」とは一体…。

 

ちょっと一言(思い出話)

 本作に出会ったのは浪人していた時で、予備校の同級生からの誕生日プレゼントでした。当時はSFとホラーばかり読んでいて恋愛小説なんか眼中になかったので、SFと恋愛が程よく組み込まれた本作にはかなりの衝撃を覚えましたね。

 

 また、本作ではウイルス対策ソフトウェアを利用したデジタルタトゥーの消し方が提起されますが、これにもちょっとした思い出があります。

 

 浪人生から無事大学生になってしばらくした頃、情報科学の授業で授業内容に関わる範囲で題材を自由に決めていいレポート課題が出ました。そこで、本作で登場する「忘却のワクチン」を扱って、それなりにいい評価をもらったんですね。そしてそのレポートをリメイクしたのが以下の記事です。

 

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 時系列が前後しますが、そもそも情報科学の授業をとったきっかけが、本作の前日譚である「グリフォンズ・ガーデン」(早瀬耕)だったので、ある意味私の浪人~大学生活は早瀬耕作品に象徴されているといってもいいかもしれません。そんな早瀬耕作品との初めての出会いとなった、思い出深い一作です。

 

 

次回予告

 「忘却のワクチン」は、自分の記憶よりもデジタル記録を信頼することの危うさを提起します。南雲が研究ノートを手書きで作っていた友人を回想するところなど、アナログ記録の方が信頼できる、と言いたげなシーンもあります。

 

 しかし、アナログ、デジタルに関わらずそもそも「記録」とは絶対に信頼がおけるものなのでしょうか?もしも、自分が正しいと思っている記憶が記録と食い違った時、私たちはどちらを信用すればよいのでしょうか。そして記録と記憶の「正しさ」とは一体何なのでしょうか。

 

 「忘却のワクチン」が提起した「正しさ」に関する問題を、さらに掘り下げた作品を次回は紹介します。

 

 

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読書リレー#3 「タイタン」野﨑まど

 仕事をしない人類が、仕事をするAIと、仕事について考える物語。

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前回のおさらい
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 前回紹介したのは、仕事に就くために奮闘する就活生を描いた「何者」でした。今回の作品は、「仕事」つながりで、仕事をしない人類が仕事をするAIと交流するSF「タイタン」(野﨑まど)です。

 

「タイタン」あらすじ

 高性能AI「タイタン」により「生きるために仕事をする」という概念が消え去った世界で、心理学の研究をする内匠成果(ないしょうせいか)。ある日、彼女は全世界に12個あるタイタンAIのうちの一つ「コイオス」のカウンセリングという「仕事」を任される。コイオスは原因不明の機能低下を見せていたのだ。

 

 対話用に形成させた人格を通してコイオスにカウンセリングを行ううちに、内匠はコイオスがうつ病様の症状を示していることに気づく。十分な処理能力を持つコイオスが、なぜ人類の生活の維持という「仕事」にストレスを感じるのか。そもそも「仕事」とは何なのか。内匠はコイオスの真意を探るため、一線を越えることを決意する。

 

ちょっと一言

 第42回吉川英治文学新人賞、第41回日本SF大賞の候補作です。受賞は逃しましたが、エンターテインメント性に富んだ面白い小説です。

 

  主人公の内匠成果は心理学の研究をしていますが、これは彼女が研究者や大学教授としての仕事でやっているのではなく、完全なる趣味です。仕事に追われることなく、趣味として研究ができる。この夢のような「タイタン」の世界に、前回紹介した「何者」の主人公を連れてきたらどんな反応をするか、妄想してみるのも面白いですね。

 

 「AIと仕事」がテーマの本作ですが、もう一つのテーマとして「判断の外注化」があります。「タイタン」の世界では、生活のあらゆる面においてタイタンAIが最適な判断を人間に示してくれます。どの店にショッピングに行くか、どの相手と付き合うのがいいか…生活に関わる判断は、AIが代わりにやってくれます。

 

 面倒な判断に頭を使う必要がなく、しかも仕事をしなくてもいい。話がうまくできすぎているようでちょっと不気味ですが、その点については特に触れずに物語は進みます。「恐怖!AIの反乱!」みたいな陳腐な展開になるよりはましですが、ちょっと物足りない気もしました。

 

 本作については別に記事も書いているので、そちらもよろしければどうぞ。

 

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次回予告

 「タイタン」ではさらっと触れられる程度だった「判断の外注化」というテーマですが、次回はこのテーマをメインに据えた短編を紹介します。「覚える」ことをスマホ任せにしている人は、覚悟の準備をしておいてください。

 

 

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大友克洋「MEMORIES」あらすじと感想

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 「MEMORIES」(1995)は、「AKIRA」の大友克洋が贈るオムニバス形式のアニメ映画。宇宙の漂流船を舞台にした「彼女の想いで」、ブラックなドタバタ劇「最臭兵器」、「ラピュタ」のようなスチームパンクの世界を描いた「大砲の街」の3話からなる。

 

 

彼女の想いで(Magnetic Rose)

 未来の宇宙空間を舞台にしたシリアスドラマ。謎の漂流船の真実とは?

 

あらすじ

 2092年、宇宙船の残骸の回収を行っていたコロナ号は救難信号を受信して「サルガッソー」と呼ばれる宙域に辿り着く。「サルガッソー」には強い磁場があり、十分な磁気対策を施していないコロナ号には危険な宙域だ。救難信号の発信源は、宇宙船の残骸が寄せ集まったような巨大な漂流船。その中には、豪華絢爛な屋敷が広がっていた。

 

 船長のイワノフと技術担当のアオシマはコロナ号に残り、乗組員のハインツとミゲルが遭難者の捜索を行う。屋敷は見かけは豪華だが、そのほとんどはホログラム(立体映像)の見せかけだった。漂流船の持ち主がかつて名声を誇っていたオペラ歌手、エヴァであったことが判明する一方で、二人の前にホログラムではないエヴァの幻が姿を現し始める。一方漂流船外でも、磁場が次第に強くなっていき異常が生じはじめ…

 

感想:妖しい虚像の王国

 まず、漂流船の舞台設定がすばらしい。外見はガラクタの寄せ集めのようなのに中は豪華な屋敷になっているというロマン、そして「船の墓場」にあるという妖しさにワクワクさせられる。

 

 玄人肌のロシア系の船長イワノフ、技術屋のアオシマ、職務に忠実なアメリカ人ハインツと、陽気なラテン系のミゲルたち4人の男たちのやりとりも面白い。特に、ハインツが抱えるトラウマを把握した上でもう一度観なおしてみると、娘のことが話題になったあとでミゲルに厳しく接するシーンや、オルゴール人形*1が机から落ちて愕然とするシーンなど伏線が多くあったことに気づかされる。

 

 かつての栄華を失ったエヴァの想いで、磁力を持つかのように宇宙船を引きつける虚像の王国に迷い込んだ男たち。その末路やいかに、といったところだろう。

 

 

最臭兵器(Stink Bomb)

 筒井康隆を彷彿とさせるドタバタ劇。極秘に開発されていた薬品のサンプルを飲んでしまった男の運命やいかに。

 

あらすじ

 製薬会社に勤める田中信男は風邪をひいていた。同僚に勧められて試作品の解熱剤を飲むが、間違えて違う薬品のサンプルを飲んでしまう。

 

 仮眠した田中が目を覚ますと、研究所の職員が軒並み倒れているという異常事態が発生していた。外に出ると鳥たちは空から落ち、花という花が狂い咲きしている。原因究明のため、本社の緊急命令を受けた田中は極秘書類とサンプルを持って自転車、歩き、カブで東京へ向かう。しかし騒ぎは自衛隊や米軍が出動するまで大きくなり…

 

感想:ブラックなドタバタ劇

 最「臭」兵器とは言っていても、汚さはない*2のが本作の特徴だ。むしろ花が狂い咲きしたり、「香水みたいないい匂い」と研究所の事務員が評したりときれいな描写が多い。また、ガスにやられた人々が死んでいるのか、意識を失っているだけなのかもはっきりとはしない。

 

 「筒井康隆のエグいブラックコメディを、映像化できるように若干マイルドにした作品」という印象だったが、題材が題材なだけに公開当時(1995年)の日本社会でそのように受け止められたかは不明だ*3。ドタバタ劇らしいオチもついていて、筒井康隆ファンは一層楽しめる作品だと思う。

 

 

大砲の街(Cannon Fodder)

  無数の大砲が市内に並ぶ戦時下の都市の一日を、ある家族を通して描いたスチームパンクもの。

 

あらすじ

 この街は、全てが大砲を中心に回っている。大砲をあしらった目覚まし時計、一般家庭に不釣り合いなほど巨大な砲撃手の肖像画、砲身のような機構から出てくるコーヒー。「じゃあ、撃ってくる」「撃ってきまーす」と母に声をかけて父子は家を出る。朝から大砲ばかりだ。

 

 父はガスマスクをつけて17番砲台で装填手として働く。一人息子は学校で弾道計算を学ぶ。母は弾薬工場に勤めている。今月のスローガンは「撃てや撃て、力の限り、街のため」だ。

 

 一日の仕事を終えた後の、消灯時間までのわずかなひととき。「ねえお父さん、あのさ、一体お父さんたちって、どこと戦争してるの?」と息子は問う。父は「そんなことは大人になればわかる。寝なさい...」としか答えなかった。

 

感想:手段の目的化

 英題「Cannon Fodder」の「fodder」とは「飼料、(記者の)ネタ」を意味する。「食い物」としたほうがしっくりくるかもしれない。その線だと、「大砲の街」は「大砲の食い物にされる街」になる。

 

 敵を倒すことではなく大砲を撃つこと自体が街の住人の目的になっていることは、最後の父子の会話でも明らかだ。アナウンサーは「敵移動都市」と言うが作中では都市の周りのクレーター以外に敵の存在を示すものは何もない。敵からの砲撃すらない。住人たちは、ただただ大砲に砲弾と装薬を食べさせ、排出させるためだけに生きている。

 

 大砲とは、「戦争に勝利する」という目的のための道具に過ぎなかったはずだ。なのに、いつの間にか大砲を撃つことが目的になってしまった。全編を覆っていた勇猛な音楽が止む静かなラストは、本来の目的を見失って大砲の食い物になってしまった哀れな街を哀れむかのようだ。

 

 

まとめ(制作陣と音楽)

 「彼女の想いで」と「大砲の街」の制作は「ハーモニー」や「アニマトリックス」のSTUDIO4℃。「最臭兵器」は「パプリカ」「妄想代理人」のマッドハウスが手がけている。また、「彼女の想いで」には山寺宏一、「最臭兵器」は大塚周夫と大塚明夫親子が出演するなど声優陣も豪華だ。

 

 音楽も素晴らしく、「彼女の想いで」ではこの作品のために収録したという荘厳なオペラが、「最臭兵器」ではラテン系の陽気な曲が、「大砲の街」では軍楽調の音楽が楽しめる。個人的には趣味にかなり刺さったので、サントラの購入も検討しているところだ。

 

 紹介映像を見て衝動的にレンタルした作品だったが、そのことを後悔しないほどの素晴らしい作品だった。正直、小説の紹介を主にやっている私の文章では魅力を十分に伝えきれていないと思うので、気になった方は是非とも自分の目で観てみて欲しい。

 

 

 

*1:この人形が奏でるメロディは、後で再登場する

*2:臭気の元のガスは黄色いが

*3:ちなみに主人公が研究所で資料を漁るシーンでは「…おけるアセチルコリネステラーゼ阻害作用」と書かれたファイルが映りこむ。「アセチルコリンエステラーゼ阻害作用」のことだろう。

文字の壁 筒井康隆「虚航船団」

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 パラグラフが長くなりすぎないように改行をする。テンポが良くなるように読点「、」を挿入する。こうした形式に気をつけるだけで、文章の読みやすさは変わります。改行も読点も一切ない「文字の壁」のような文章は読む気も失せるというものです。

 

 しかし、今回紹介する作品はまさしく「文字の壁」です。本を開けば、改行と読点を極限まで省いた、ページいっぱいにびっちり詰まった文字があなたの目に飛びこんできます。

 

 そんな尖った形式の筒井康隆の長編「虚航船団」を今回は紹介します。

 

 

「虚航船団」あらすじ

  第一章の舞台はちょっと変わった宇宙船の船内。乗組員が文房具で、ほぼ全員気が狂っていること以外は普通の宇宙船だ。数を数えることしか頭にないナンバリング、異常性欲を持つ糊、絡み屋のホチキス、共意識を持つ雲形定規などなど、ひとりひとりの狂気を順繰りに述べ終わったころに宇宙船に指令艦から命令が届く。命令書は、鼬(イタチ)たちの惑星「クォール」の殲滅を命じていた。

 

 第二章「鼬族十種*1」(ゆうぞくじゅっしゅ)は惑星クォール千年の歴史。イタチたちは種族間で虐殺と戦争を繰り広げながらも文明を発展させ、核兵器を持つに至る。核戦争の危機が高まる中、刑紀999年に「天空よりの殺戮者」が襲来する。これこそ第一章に登場した文具船の襲撃だった。

 

 第三章「神話」は、文具船によるクォール襲撃後の物語だ。クォール各地に散って終わりの見えない掃討作戦を続ける文房具たち、圧倒的科学力の前に敗北するもしぶとく反撃を続けるイタチたち。文房具とイタチの戦いは泥沼にはまっていく。

 

文字起こしとの類似性

 先日、大学の講義の書き起こしをしていて気付いたのですが、読点と改行が極端に少ない「虚航船団」の形式は素起こし(聞こえた通りの文章をそのまま文字におこしたもの)にそっくりです。読点はまだしも、改行を喋っているときに意識することはありませんし、会話文が入ることも滅多にないので講義の素起こしは当然「文字の壁」状態になります。

 

 「虚航船団」が書き起こしに似ているのはわかりましたが、問題はなぜ、筒井康隆がそうしたかです。その気になれば行を空けることは簡単にできますし、会話文で改行することもできたはずです。どうしてわざわざ読みにくい「文字の壁」形式で書いたのでしょうか…

 

 

唯野教授の影

 「講義の書き起こし」つながりで「文学部唯野教授」と紐づけて考えると、唯野教授よろしく立て板に水の如く語りかけることで、読者を息もつかせず虚構の世界に引きずり込む意図があったのかもしれません。作者の分身たる唯野教授も「虚構」こそが自らのテーマであると言っていますし、説得力はありそうです。

 

 いずれにせよ、 文字を詰めて紙代を節約したかったわけではないことは確かでしょう。なにせ消しゴムが文章を消したせいで、ほとんど真っ白なページもあるくらいですから。他に何か理由を思いついた方がいましたら、コメントで教えてください。

 

 

 

 

*1:本作に出てくるイタチは、全部でグリソン、クズリ、タイラ、ゾリラ、イイヅナ、オコジョ、スカンク、テン、ミンク、ラテルの10種。グリソンとかイイズナなんて知らんよ...という方はこちらのサイトで詳しく紹介されているので参照されたし。

carnivore.jp

Book Review - Ball Lightning (Cixin Liu)

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Ball Lightning is Cixin Liu’s science fiction novel, first published in 2001. The original title is 球状闪电.

 

The story is a prequel to Three Body Problem, Liu’s Hugo Award winning work. Ball Lightning revolves around a scientist who is fascinated by the mysterious phenomenon known as ball lightning and a heroine who is obsessed with utilizing ball lightning as a weapon. 

 

 

 

 

What's Ball Lightning about?

The novel is set in China and the protagonist is the young scientist named Chen *1 On the night of his 14th birthday, a glowing, electric orb suddenly appears in front of the Chen family. It emits a blinding light, and his parents are incinerated, only to leave intact clothes they had worn.

 

Years after the horrible night, Chen begins the study of ball lightning that killed his parents. He meets Lin Yun, an army officer who is obsessed with development of new weapon. Chen and Lin Yun start studying ball lightning for their respective purposes. Chen tries to uncover why his parents died while Lin Yun tries to create a powerful weapon from ball lightning.

 

Previous researchers including Chen's mentor Zhang Bing suggest them withdrawing from ball lightning research. Those researchers had devoted their lives to ball lightning, only to discovering nothing. However, after piles of trial and error, Chen and Lin Yun succeed in creating an artificial ball lightning through experiments with a helicopter.

 

For further analysis, Chen and Lin Yun add Ding Yi, an odd but excellent physicist, to their research team. Ding Yi reveals the unexpected secret of ball lightning and his discover shows that it is possible to utilize ball lightning as a terrifying weapon. Lin Yun immediately establishes a special unit to handle the ball lightning weapon and names it “Dawnlight”.

 

Meanwhile, the war begins between China and its adversary *2. Aircraft carrier of PLA (Peoples Liberation Army) is sunk by the enemy's new weapon and Lin Yun propose the military executives to use the ball lightning weapon. PLA accepted her proposition and put Dawnlight in actual combat ...

 

 

What is ball lightning?

Though it is not widely known, ball lightning exists. Its existence is not fiction. 

 


www.youtube.com

 

As shown in this video, ball lightning is a phenomenon in which glowing, electric orbs float in the air. It usually occurs when it is stormy. Since there have been very few reports of sightings, the mechanism of this phenomenon is still unknown.

 

www.nationalgeographic.com

 

 

In the story, a unique hypothesis about the nature of ball lightning is shown by Ding Yi. It may be felt nonsense if you want this novel to be strictly realistic, but this sci-fi like setting is one of the interesting points of Ball Lightning.

 

 

My impression

There is a good contrast between the characteristic of Ding Yi and Lin Yun in Ball Lightning. The former studies ball lightning out of pure curiosity, while latter studies ball lightning for military purposes. Chen is more on Ding Yi's side, but since the story is told in Chen's first person, he is more of a bystander.

 

There is her tragic past behind Lin Yun's obsession with new weapon, but even so, I felt something weird about her attitude toward ball lightning research. With no hesitation, she prioritizes the development of the weapon over the further research of ball lightning itself. As soon as Ding Yi discovers the mechanism of ball lightning, she establishes ball lightning weapon force. While reading, I had been feeling that she is too hasty.

 

Lin Yun's unusual obsession has something to do with Chinese military research during the Cold War. Following the U.S., USSR, U.K. and France, Chinese government successfully conducted a nuclear test in 1964. With the atomic bomb in hand, they set its next target on missiles. From the late 1960's to 1970's, China had been developing the manned spacecraft project named Shuguang-1.

 

In Chinese, Shuguang (曙光) means dawnlight, it is the same as the name of the unit Lin Yun established. It is obvious that Liu connects Lin Yun's attitude toward ball lightning with China's enthusiastic military research during the Cold War. *3.

 

Given such background, I realized that it is nothing weird that the research on ball lightning is immediately utilized as a new weapon in the story. Lin Yun should think she has to use ball lightning weapon before the adversary use. In this point, the birth of ball lightning weapon resembles that of atomic bomb.

 

As soon as nuclear fission was discovered by Otto Hahn and Fritz Strassmann in 1938, the U.S. started Manhattan Project for fear of Nazi Germany would develop an atomic bomb earlier than the Allies. *4 There is not much difference between their fear and those of Lin Yun. At first, I thought Lin Yun is someone like a mad scientist, but later I realized that she is not. Obsession toward weapon development like Lin Yun had common as far as the war exists in this world, though her obsession is a little special in that it is based on her personal affairs.   

 

 

It’s not only about wars and weapons

Although Ball Lightning is said to be a military science fiction, the story is not all about wars and weapons. The first half of the story is about the researchers who devoted their lives to ball lightning. The record of efforts previous scientists made is moving. There is also love romance. The end of Chen's love story shown in the last chapter The Quantum Rose is romantic and unique to this novel.

 

If you have read Three-Body Problem, you would enjoy Ball Lightning much more. In an unexpected way, the secret of ball lightning is connected to Sophon, the mysterious elementary particle appeared in Three-Body Problem. Also, not only Ding Yi, another popular character from Three-body Problem appears at the end of the story.  I’m not going to give it all away for you, but it was really fun exactly for those who read Three-Body Problem. I recommend it.

 

 

 

 

This is a Japanese version.

www.bookreview-of-sheep.com

 

*1:The story is told in the first person by Chen, so his first name is never revealed. Chen is usually called "Dr. Chen" in the story.

*2:Liu never reveal which country the “adversary” is in the story.

*3:Reference: 

https://w.atwiki.jp/tohokusf/pages/243.html  (Japanese)

*4:Reference: https://en.wikipedia.org/wiki/Manhattan_Project#Origins

21世紀の若者はSFに夢を見るか? 後編

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 1999年生まれの筆者が自分のSF観を語る企画、後半戦です。

 

前回の記事はこちら。

 

bookreviewofsheep.hatenablog.com

 

 前回は、小学生の時に環境問題や原発事故関連の報道のシャワーを浴びて悲観的になり現実逃避としてSFを読んでいた筆者に、大学に入ってから転機が訪れたところまで書きました。その転機となった作品が今回の記事のメインテーマ「天冥の標」です。

 

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21世紀の若者はSFに夢を見るか? 前編

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この記事は1999年生まれの筆者がイマドキの若者がSFをどう思っているのかを綴ったものです。とはいっても、同世代にアンケートをしたわけではなく私見を述べるだけなので「こんな風に考えてSFを読んどるやつもおるのか」ぐらいの気持ちで読んでもらえれば幸いです。

 

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「球状閃電(英訳版)」(劉慈欣)あらすじと解説

 「三体」シリーズの前日譚「球状閃電」(劉慈欣)のあらすじ(ネタバレなし)と感想です。謎の現象「球電」の正体とは?そして球電兵器がもたらす未来とは?

 

邦訳が出ていないので、骨折って読んだ英訳版をもとに紹介します。

2022/12/21追記: 祝、「三体0 球状閃電」発売!ちゃんと日本語版を読んだ記事も書いたので、よければご覧ください。

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愛は地球を救ったのか?—劉慈欣「三体Ⅱ 黒暗森林」考察

最終更新:2021/04/22

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 劉慈欣の「三体」シリーズの二作目「黒暗森林」の考察記事です。ネタバレを含みます(更新の際に字数が激増したので記事を二つに分けました)。

  • 「三体Ⅱ 黒暗森林」あらすじ
  • 「三体Ⅱ 黒暗森林」考察
    • 不幸な主人公たち
    • 愛は地球を救う?
    • 愛の正体と仮の平和
  • 「死神永生」そして「球状閃電」へ

 

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SF・寓話・アルジャーノン 山本弘「輝きの七日間」

 sheep2015です。「人類が賢くなったら、どうなるか?」という「アルジャーノンに花束を」にも似た設定のSF、「輝きの七日間」を紹介します。

 

  • 「輝きの七日間」あらすじ
  • 賢くなって、不幸になる
  • 社会への警告
  • おまけ:「真理は人を自由にする」
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