ひつじ図書協会

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4月は「聞き覚えがあるSF」を読む月間

 こんにちは、対面授業が復活したはいいけど、長すぎる通学時間を持て余しているsheep2015です。

 

 というわけで、2022年4月から「聞き覚えがあるSF」を読む月間を開催しています。ルールは簡単。①一週間に一度、古本屋に行ってタイトルに見覚えのあるSFを買い漁る ②通学中に読む。それだけです。

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スローターハウス5

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戦争中、あなたたちは赤んぼうだったじゃないの‒二階にいるあの子らとおんなじような!

問1.Maryはどのような意味をこめて下線部のように言ったのか、50字以内で答えなさい。

 

 高二の時、英語の授業でこんな問題が出てきた。もちろんこれは、「あなたたちは戦争中はまだ生まれたばかりの赤ん坊だった」という意味ではない。たぶん、先生はそう間違えるヤツがいると思っていたのだろうが。

 

 問題文の状況を整理する。主人公は自分の戦争体験を本にするために、かつての戦友オヘアの家庭を訪れる。だが、オヘアの妻のメアリはなぜか主人公に対してよそよそしい。オヘアと昔語りを始める主人公だが、思い出されるのは本のネタにもならないくだらない思い出ばかり。

 

 そしてついにメアリがキレる。で、オヘアと主人公に向かって下線部のようなセリフを吐いたのだ。彼女はこう続ける。

 

わたしにはわかるわ。二人が赤んぼうじゃなくて、まるで一人前の男だったみたいに書くのよ。映画化されたとき、あなたたちの役を、フランク・シナトラやジョン・ウェインやそんな男臭い、戦争好きな、海千山千のじいさんにやってもらえるように。

 

 つまり、メアリは不必要に戦争を美化するような作品こそが戦争を助長すると思い、主人公を非難したのだ。そして「あなたたちは英雄なんかじゃなくて、ただの愚かな青二才だった」という意味を込めて下線部のセリフを言ったのである。

 

 つい先日、この問題の出典が「スローターハウス5」だと知った。

 

作品説明

 「スローターハウス5」はカート・ヴォネガット・ジュニアの自伝的SF小説。第二次世界大戦中にドイツで捕虜になり、ドイツの本土空襲で最大規模の被害を出した「ドレスデン爆撃」を経験した作者自身の戦争体験が元になっている。

 

 主人公のビリー・ピルグリムは「けいれん的時間旅行者」。彼の意識は、時間軸を無視して全く無規則に人生の様々な場面を行ったり来たりする。捕虜収容所にいたかと思えば、次の瞬間には戦争から帰ってから体験した飛行機事故の現場におり、また次の瞬間にはトラルファマドール星の動物園で見世物にされている。

 

 トラルファマドール星ってなんだよ、という話は置いといて、ここまでの説明でもただの戦争小説ではないことは明らかだが、本作のなによりの特徴は戦争の悲惨さを「なげやりに」描いてることだ。

 

なげやりな戦争体験

 「なげやり」な態度は、何度も出てくる「そういうものだ。」という言い方によく現れている。

 

 悲惨な出来事が起こったあと、作者は決まって「そういうものだ」と言う。戦友が死んだ。そういうものだ。妻が死んだ。そういうものだ。世界では一日に何十万人もの人が亡くなっている。そういうものだ。

 

 もはや戦争の悲惨さを嘆くこともなく、全てを「そういうものだ」という一言で片づけてしまう。こんな冷めた態度は作者の他作品でも共通している。

 

 出世作となった「猫のゆりかご」では、バカバカしいくらいあっさりと世界が滅ぶ。また「タイタンの妖女」では、トラルファマドール星人のある一言の「メッセージ」を伝えるためだけに、人類の歴史が引っかき回されてきたことが終盤で明かされる。

 

 あまりに悲惨な体験をすると、人は全てを受け入れて「そういうものだ」とあきらめてしまうようになるのかもしれない。

 

おさらい銀河英雄伝説 後編

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 この記事では「銀河英雄伝説、昔読んだけどあまりストーリーとか覚えてない…」という人向けに、小説版の銀英伝のストーリーを淡々とまとめています。ネタバレありです。前編はこちらから。

 

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皇帝暗殺未遂

 病身のキュンメル男爵が皇帝暗殺未遂事件を起こし、トリューニヒトの密告や残された証拠品から地球教の関与が明らかになる。帝国は地球へ討伐軍を派遣するが、ユリアン一行はそれに先んじて地球教本部への潜入を開始していた。

 

 同盟首都ハイネセンではヤン・ウェンリーが帝国軍に監視されながらも平穏な新婚生活を送っていた。一方ヤンに艦隊を託されたメルカッツは、帝国と同盟との講和条約「バーラトの和約」に基づき廃棄されようとしていた戦艦を奪うことに成功する。

 

 これをきっかけにヤンが反乱を企んでいるという噂が広まり、同盟駐在高等弁務官のレンネンカンプはヤンへの疑惑を新たにする。同盟元帥ジョアン・レベロはレンネンカンプからヤンの身柄を要求され、ヤンの身柄を拘束した。

 

地球教本部壊滅

 地球教本部では、麻薬を摂取させられたユリアン一行が禁断症状に苦しんでいた。何とか症状を克服したところに、帝国軍が乱入する。

 

 ユリアンたちは帝国軍を手引きして地球教本部壊滅に貢献するが、教団の幹部たちは信徒を犠牲に姿をくらます。そして騒動の最中にユリアンは地球教の機密情報が記された光ディスクを入手するのだった。

 

 一方ハイネセンでは、ヤンの危機にフレデリカをはじめかつての部下たちが動いた。シェーンコップ率いる"薔薇の騎士"ローゼンリッター連隊がジョアン・レベロを誘拐し、交換にレンネンカンプを拘束してヤンの身柄を解放する。

 

 レンネンカンプの命を盾にハイネセンを離れたヤンはついに同盟と袂を分かった。時を同じくして、ヤンの軍功の出発点となったエル・ファシルが分離独立を宣言するのだった(⑥飛翔篇 完)

 

第二次「神々の黄昏」作戦

 レンネンカンプの自殺とヤンの出奔を同盟政府が隠ぺいする一方、ラインハルトは情報を先んじて公開し第二次「神々の黄昏ラグナロック」作戦を決行して同盟を完全に滅ぼそうとする。

 

 一方出奔したヤンと部下たち、通称「ヤン不正規隊イレギュラーズ」はエル・ファシルの独立政府に身を寄せる。ヤンたちは、以前要塞を放棄するときに残してきたプログラムを利用して、要塞砲「雷神トゥールのハンマー」を無力化してイゼルローン要塞の奪回に成功した。しかしそこに、ビュコック元帥戦死の報がもたらされる。

 

マル・アデッタ星域の会戦

 ビュコック元帥と参謀のチュン・ウー・チェンは同盟の矜持を守るために、敗北を覚悟してラインハルトの直属軍との戦いに挑んでいた。ビュコックは小惑星帯や恒星風で大艦隊の運用が難しいマル・アデッタ星域を決戦の舞台に選び善戦するが、多勢に無勢で敗北し艦隊と運命を共にする。

 

 しかし彼らは、エル・ファシル政府の前途のためにヤン艦隊のメンバーだったフィッシャー、ムライ、パトリチェフをヤンの元へと送り出していたのだった(⑦怒濤篇 完)

 

 

巨星墜つ

 腹心たちが反対する中、ラインハルトはヤンと雌雄を決するためにイゼルローン回廊に軍を進め、「回廊の戦い」が始まった。兵士と艦船の損害はもちろん、帝国軍側ではファーレンハイト、シュタインメッツの二人の上級大将が、ヤン艦隊からも艦隊運用でヤンを支えたフィッシャーが戦死する激しい戦いとなる。

 

 皇帝の発熱もあり帝国軍は一時軍を退き、和平を申し出る。交渉のために帝国軍の元へ向かうヤンだったが、その道中で地球教徒たちの襲撃に遭う。危機を察知したユリアン、シェーンコップたちが駆け付けるも間に合わず、「魔術師」と呼ばれた男はその生涯を閉じた。

 

フェザーン遷都

 好敵手を失い、ラインハルトは失意のうちにイゼルローン回廊から軍を退く。帝国は正式にフェザーンに遷都し、旧自由惑星同盟領の総督にはロイエンタールが任じられた。そしてトリューニヒトが高等参事官の地位を得てハイネセンに舞い戻る。

 

 ヤン暗殺の黒幕は、弾圧を生き延びた地球教とルビンスキーだった。彼らは帝国内務省次官のラングを抱き入れ、さらなる混乱を引き起こすべくロイエンタールを次の標的に定める。

 

 一方エル・ファシル新政府はヤンという大きな求心力を失って解散し、少なからぬ軍民がイゼルローンを去った。残った人々はユリアンを軍司令官に、フレデリカを政府主席に据えてイゼルローン共和政府、通称「八月政府」の樹立を宣言するのだった(⑧乱離篇 完)

 

新たな戦火

 ユリアンとフレデリカを中心に共和国が体制を整える一方で、皇帝ラインハルトは無柳をかこっていた。側近たちと詩の朗読会や古典バレエの鑑賞に赴き、武骨な軍人たちを辟易させる毎日。

 

 そんなある日、ラインハルトはヴェスターラントの暗殺者に襲撃される。暗殺は未遂に終わったものの、キルヒアイスの死にまつわる傷をえぐられ傷ついた皇帝は、リップシュタット戦役の頃から参謀として付き従ってきたヒルダと衝動的に一夜を共にする。

 

 一方、新帝都フェザーンでは内国安全保障局長ラングの策略で、「ロイエンタール総督に叛意あり」との流言が流れる。疑念が渦巻く中でラインハルトは旧同盟領への行幸に赴くが、惑星ウルヴァシーに逗留中襲撃を受けルッツ上級大将が命を落とす。

 

 襲撃の黒幕は地球教だったが、調査に当たったグリルパルツァーはロイエンタールを陥れようとこれを故意に隠ぺいした。

 

 叛逆の状況証拠がそろう中、かねてからラインハルトに対抗心を抱いていたロイエンタールは反乱を決意する。ミッターマイヤーが討伐軍として派遣され、帝国軍の双璧が相まみえる「新領土ノイエ・ラント戦役」がはじまった。

 

新領土戦役

 ロイエンタールは二正面作戦を避けるためにユリアンらの共和政府にイゼルローン回廊の封鎖を要求する。ユリアンは帝国の内戦に巻き込まれるのを避けるため、要求を拒絶して正規軍のメックリンガー率いる艦隊に回廊を通過させた。

 

 ランテマリオ星域で戦う反乱軍はこの知らせを聞きハイネセンへと退却する。ミッターマイヤーの追撃が迫る中、裏切ったグリルパルツァー艦隊からの砲撃を受け旗艦トリスタンが被弾し、ロイエンタールは重傷を負う。

 

 ハイネセンへ帰投した瀕死のロイエンタールは死の間際にトリューニヒトを殺害する。そして自らの子をミッターマイヤーに託すよう言い残し、この世を去った。「新領土ノイエ・ラント戦役」は終結し、ラングは過去の陰謀を暴かれて逮捕される。そしてフェザーンへ帰った皇帝はヒルダの懐妊を告げられるのだった(⑨回天篇 完)

 

世継ぎの誕生

 皇帝ラインハルトとヒルダの結婚式の最中、ハイネセンで騒乱が発生し、旧同盟領は混乱に陥る。小規模反乱勢力からの要請に応えてイゼルローン共和政府は初めて軍を動かし、ユリアンはワーレン率いる帝国軍を巧みに要塞砲「雷神トゥールのハンマー」の射程に誘い込み勝利し、軍司令官としての力量を見せた。

 

 反抗を続ける共和政府に対処するため、オーベルシュタイン軍務尚書がビッテンフェルト、ミュラー上級大将と共にハイネセンに派遣された。軍務尚書は上級大将たちと軋轢を生みつつも旧同盟の有力者たちを軒並み拘束し、彼らを人質に共和政府に降伏を勧告する。

 

 ユリアンらはこれに応えてハイネセンへ向かうが、再び首都で騒乱が発生したためイゼルローンへ帰還する。中々進まない共和政府との交渉に業を煮やし、皇帝ラインハルトは自らハイネセンに赴いた。

 

 フェザーンでは皇妃ヒルダが地球教徒の襲撃を受けるが、憲兵総監ケスラーやラインハルトの姉アンネローゼの活躍で皇妃は難を逃れる。そして襲撃の直後に皇子が誕生し、ラインハルトはキルヒアイスの名をとり、息子をジークフリートと名付けた。

 

シヴァ星域の会戦

 イゼルローン回廊では共和国軍と帝国軍の遭遇戦が全面的な衝突に発展し、帝国とイゼルローン共和国との最後の衝突となるシヴァ星域の会戦が始まった。

 

 ラインハルトの前にユリアンは一歩も引かず、戦況は硬直する。しかし持病が悪化したラインハルトが昏倒し、帝国軍に動揺が走る。

 

 ユリアンらはこの機を逃さず、皇帝を倒すために旗艦ブリュンヒルトに乗り込み白兵戦を仕掛ける。帝国軍の反撃を受けメルカッツ提督が命を落とし、ブリュンヒルト艦内でも”薔薇の騎士ローゼンリッター”連隊が次々と斃れ、シェーンコップとマシュンゴが戦死する。

 

 ユリアンは単騎となってラインハルトの居室に辿り着き、講和を成立させた。

 

大団円

 ユリアンはハイネセンを含むバーラト星域を自治領とすること、イゼルローン要塞を帝国軍に明け渡すことを病身のラインハルトと約した。民主主義の萌芽を残し、憲法制定と議会開設を促しながら帝国を民主化していくのが、ユリアンが選んだ妥協点だった。

 

 ルビンスキーは軍務尚書に逮捕され、密かに仕掛けていた爆弾を死に際に起爆させハイネセンを道連れにする。オーベルシュタイン自身も、地球教徒の最後の残党を掃討する中で命を落とす。乱世を生き残った部下たちに見守られる中、ラインハルトは生涯を終え、英雄の時代は終わりを告げたのだった(⑩落日篇 完)

 

 

おさらい銀河英雄伝説 前編

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 この記事では「銀河英雄伝説、昔読んだけどあまりストーリーとか覚えてない…」という人向けに、小説版の銀英伝のストーリーを淡々とまとめています。ネタバレありです。

アスターテ会戦

 銀河帝国のラインハルトと、自由惑星同盟のヤン・ウェンリー。二人の優れた用兵家がはじめて戦場で相まみえる「アスターテ会戦」で「銀河英雄伝説」は幕を開ける。

 

 兵力差で圧倒的に有利だった同盟軍は、ラインハルトの意表を突く作戦で全滅寸前に追い込まれる。しかし、司令官の負傷により艦隊の指揮権を譲られたヤンの活躍で、同盟軍は損害を最小限に抑えて退却を成功させた。

 

 首都ハイネセンに帰投したヤンは英雄に祭り上げられ、新設の第13艦隊の司令官として帝国と同盟をつなぐ唯一の軍事ルート、イゼルローン回廊の要衝イゼルローン要塞の攻略を命じられる。

 

イゼルローン攻略、アムリッツァ会戦

 ヤンは奇策を用いて要塞攻略に成功するが、この成功に味を占めた最高評議会は選挙戦略のために無謀な遠征を強行。ラインハルトは戦略的撤退を重ねて遠征軍を帝国領に深入りさせ、伸び切った補給線を絶って一転攻勢に転じる作戦をとる。

 

 物資不足に苦しみながら退却する同盟軍は恒星アムリッツァ近傍の戦いで遠征軍の三分の二を失う大敗北を喫する。しかし、ここでもヤンは巧みな用兵で帝国の完全勝利を阻む。

 

 アムリッツァ会戦後、母国に戻った両雄を待っていたのは銀河帝国皇帝崩御の知らせだった。ラインハルトは幼い新皇帝を擁立するリヒテンラーデ公クラウスと手を組み、ヤンはイゼルローン要塞司令官に抜擢された。

 

 一方、フェザーンラントの領主ルビンスキーは、地球の勢力を背後に着々と自由惑星同盟と銀河帝国の経済支配をすすめるのだった(①黎明編完)


リップシュタット戦役

 ラインハルトは帝国内の門閥貴族を一掃しようと試み、貴族側も名門の出のリッテンハイム候とブラウンシュヴァイク公らを中心に「リップシュタット盟約」を結びこれに対抗する。ここに帝国を二分するリップシュタット戦役が始まった。

 

 ラインハルトは帝国の内戦に付け込まれるのを防ぐため、同盟を攪乱すべく元同盟軍少将のリンチを自由惑星同盟に送り込む。はたしてクーデターが起こり同盟は分裂、両国内で激しい内戦が同時に繰り広げられる。

 

ヴェスターラントの惨劇

 貴族連合に先んじて帝国首都オーディンを占領したラインハルトらは、内輪揉めで統率を欠く貴族連合を次々と破っていく。虐げられてきた平民たちが各地で反乱を起こす中、貴族連合は見せしめにヴェスターラントに対して核攻撃を行い惑星ごと全滅させた。

 

 ラインハルトは核攻撃のあることを事前に察知していたが、参謀のオーベルシュタインの進言で、貴族連合の暴虐を示すプロパガンダとするためこれを阻止しなかった。

 

 ラインハルトの親友キルヒアイスは無辜の民を見殺しにしたラインハルトを責め、二人の間には亀裂が生じる。そしてそれが遠因となり、キルヒアイスはラインハルトを庇って命を落としてしまう。

 

ヤン艦隊、出撃

 一方同盟内部では、以前から政府の腐敗に不満を持っていた勢力がリンチに唆されて「救国軍事会議」を結成。各地での同時多発的な蜂起の後、首都ハイネセンでクーデタを起こして事実上の軍国主義体制をしく。市民の抗議集会で起こった「スタジアムの虐殺」で、反戦派の代議員ジェシカ・エドワーズも命を落とす。

 

 ヤンはイゼルローン駐留軍を率いて各地の反乱を鎮圧する。救国軍事会議が第11艦隊を差し向けるが、ヤンは艦隊が兵力を分散した隙をつきこれを撃退。ハイネセンに迫り、無敵の防衛システムとされた軍事衛星群「アルテミスの首飾り」を破壊し首都を奪回した。

 

 反乱は鎮圧されたが、「ネクタイを締めた衆愚政治」ことトリューニヒトは一連の騒動を「地球教会」に匿われて乗り切り、まんまと最高評議会議長に就任するのだった(②野望篇完)


査問会

 同盟の政治家たちはヤンの絶大な人気を恐れ、ヤンをイゼルローン要塞から召還して査問会にかける。副官のフレデリカがヤンを解放しようと奔走するが、ヤンは軟禁されたまま事実上の尋問にかけられる。

 

 一方帝国は帝国軍科学技術総監の発案で、イゼルローン要塞攻略のために新たな手段を用いる。それは、既存の要塞に推進機構を取りつけイゼルローン回廊に移動させ、「要塞を持って要塞を攻略する」という作戦だった。

 

 移動要塞来襲の報でヤンは査問会から解放されるが、イゼルローン要塞はヤンが帰還するまでの四週間、ヤン抜きで移動要塞と対峙することを余儀なくされる。

 

要塞対要塞

 ヤンの腹心たちや帝国から亡命してきた宿将メルカッツ、そしてユリアンの活躍でイゼルローン要塞は持ちこたえ、侵攻軍を返り討ちにする。追い詰められた侵攻軍は要塞ごと体当たり攻撃をしかけるが、推進装置を破壊され自滅した。

 

 要塞撃破に湧く同盟軍だったが、敗走する帝国軍を追って深入りした艦隊は救援軍を率いて駆けつけた帝国軍の双璧ミッターマイヤーとロイエンタールに壊滅させられる。

 

 再び帝国の侵攻を退けた同盟だが、その内実はアムリッツァ会戦での損害から未だ立ち直れておらず、人材と物資の不足でインフラが機能しなくなりつつあった。

 

 そして内乱を裏から操っていたフェザーンラントでは、ルビンスキーの補佐官ケッセルリンクが暗躍を続け、帝国に対して次なる謀略を実行に移そうとしていた(③雌伏篇完)


皇帝誘拐

 フェザーンラントはラインハルトの傀儡となっている銀河帝国皇帝を誘拐し、同盟内に亡命政府を樹立させようと目論む。その狙いは、ラインハルトに同盟を攻撃する口実を与えることだった。彼らの意図を汲んだラインハルトはしかし、計画に協力する条件としてフェザーン回廊の通行権を要求する。

 

 ラインハルトは皇帝誘拐を黙認し、同盟の政治家たちは皇帝の亡命を受け入れ、名ばかりの銀河帝国正統政府が成立する。ラインハルトは断固たる姿勢でこれに臨み、即座に「一億人・100万隻体制」とも言われる侵攻軍を組織する。こうしてフェザーン回廊を経由しての同盟への大々的な侵攻作戦、「神々の黄昏」作戦が動き出した。

 

「神々の黄昏」作戦(前半)

 イゼルローン要塞では、メルカッツが銀河帝国正統政府の軍司令官に指名され、ユリアンがフェザーンラント駐在武官の任を受けヤンの元を離れる。ヤンは帝国軍がフェザーン回廊を通過することを予測し、フェザーンラントに警戒を促すよう密命を与えてユリアンを送り出した。

 

 「神々の黄昏」作戦の第一段階として陽動部隊のロイエンタールがイゼルローン要塞を攻撃し、ヤンと互角の戦いを繰り広げる。その救援という触れ込みで帝都オーディンを進発した部隊がフェザーン回廊に侵攻し、フェザーンラントは帝国の手に落ちる。

 

 内紛が生じ、ルビンスキーは実子ケッセルリンクを始末して身を隠した。ユリアンはフェザーン商人を通して船を手配させて脱出を図る。そして、占領地に降り立ったラインハルトは兵士たちの「ラインハルト皇帝万歳」の声で迎えられるのだった(④策謀篇完)

 

「神々の黄昏」作戦(後半)

 宇宙暦799年が明けると共に帝国軍はフェザーン回廊を進発し、同盟領に侵攻する。ハイネセンでは祖国の危機を前にして目が覚めたアイランズ国防委員長が精力的に動き始め、イゼルローンのヤンには軍事行動における自由裁量が与えられた。

 

 ヤンはイゼルローン要塞を放棄し、「箱舟計画」の名のもとロイエンタールの攻撃をかわしながら軍民を無事に脱出させる。一方でフェザーン回廊を出た帝国軍とビュコック率いる同盟軍が衝突し、同盟軍はじりじりと追い詰められていく。しかし、間一髪で駆け付けたヤン艦隊がラインハルト軍の後背を突き、同盟軍は全滅を免れた。


バーミリオンの死闘

 両軍はひとまず矛を収め、帝国軍は惑星ウルヴァシーを当面の軍事拠点とし、同盟軍はハイネセンに帰投する。帝国の駆逐艦をのっとりフェザーンラントから脱出したユリアンも同盟軍に合流する。

 

 ヤンは劣勢を挽回するため、帝国軍が支えとするラインハルトを討ち取り、帝国軍を崩壊させようと試みる。同盟領内の補給拠点を転々としながらゲリラ攻撃を仕掛け、ワーレン、シュタインメッツ、レンネンカンプらを破ってラインハルトを前線に引きずり出すことに成功する。

 

 ヤンとラインハルトの両雄はバーミリオン星域で相まみえ、同盟軍はラインハルトを討ち取るべく最後の猛攻を仕掛ける。帝国軍の先鋒の暴走や、予想外に早いミュラー艦隊の帰投など諸々の要因で戦況が二転三転する中、同盟軍はラインハルトに肉迫し、旗艦ブリュンヒルトを射程に収める。

 

 しかしまさにその時、ハイネセンから突然の無条件停戦命令が届いた。

 

 バーミリオン会戦の直前、ラインハルトの首席秘書官ヒルダは秘密裏にハイネセンに艦隊を向かわせていた。ロイエンタールとミッターマイヤー率いる帝国軍の示威と降伏勧告を前に、トリューニヒトは降伏を決意。猛反対するアイランズやビュコックを地球教徒を使い制圧して、前線の兵士の奮戦を無視して降伏勧告を受け入れたのだ。

 

 こうしてヤン艦隊の奮戦空しく、同盟は降伏した。策を弄したヒルダ本人にも「一億人が一世紀間、努力をつづけてきずきあげてきたものを、たったひとりが一日でこわしてしまうことができる」と評されたあっけない最期だった。

 

英雄たちの会見

 政府に激しく憤る兵士たちをおさえ、ヤンは命令に従い停戦を受け入れる。しかし、捲土重来を期してメルカッツらに一艦隊を託し帝国の目をのがれ脱出させた。彼らは表向きは「戦死」とされ、隠密部隊として行動を始める。

 

 降伏が受け入れられ、帝国軍総旗艦ブリュンヒルトでヤンとラインハルトの二人が初めて顔を合わせる。ラインハルトは同盟政府のような暗愚な民主政より、優れた君主による専制政治が優れているといい、ヤンに帝国軍に加わるよう勧める。しかしヤンは、「人民を害する権利は、人民自身にしかない」と説き、かねてからの望み通り退役する意思を示した。

 

 同盟は帝国の手に落ち、ラインハルトは正式に皇帝に就任する。ヤンは軍を退役し、フレデリカと結婚して待ち望んだ年金生活を始める。ヤンの部下たちも野に下り、散り散りになる。そしてユリアンは地球教を調査するために、地球に向かうのだった(⑤風雲篇完)

 
後編はこちらから。

オタク「たち」による宇宙開拓記「われらはレギオン」デニス・E・テイラー

「名はレギオン。大勢だから」

 マルコによる福音書、第五章。イエスの前に現れた悪霊に取りつかれた男は、名を尋ねられてこう答える。

 

 我らが主人公、ボブも大勢いる。もとは1人だった。1人のSFオタクだった。そして増えた。複製人(レプリカント)となって。

 

 SFオタクのボブはある日、交通事故に遭って命を落とす。しかし、奇跡的に無傷だったボブの頭脳は、彼の遺言通りにコールドスリープによって未来に送られた。

 

 そして、未来の世界でボブは知らぬ間にAI探査機の頭脳として選出され、あれよあれよという間に不死のAI「レプリカント」として宇宙へ飛び出すことになる。

 

 目星を付けた星系に行って惑星探査を行い、資源を集めて自分自身のコピーを作ってまた別の星系へ向かって…を繰り返しながら、居住可能惑星を探すのが本来の役目のはずだった。

 

レプリカントは忙しい。

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 実際には、滅亡しかけの人類の世話を焼いたり、他国が作り出したレプリカントと戦ったり、異星文明をこっそり手助けしたり、惑星のテラフォーミングをしたり、「アザーズ」という凶悪な敵を防いだり…などなど追加の任務が続々と出てくる。

 

 ボブは自分のコピー(オリジナルと完全に同じではなく、人格は違う存在になる)と共に、おおわらわで任務にあたる。

 

 ボブたちに課せられた使命は軽いものではない。核の冬を迎えた地球から、何千万人もの人類を救いださねばならない。我儘ばっかり言う人類にブチ切れたり、他国のレプリカントとの戦いで命を落としたり、ボブたちは何度もつらい目に遭う。

 

 でもそんな状況でも、ボブたちはジョークを飛ばしあうことを忘れない。任務の暇を見つけては、趣味として人型アンドロイドを開発したり、超光速通信技術を開発したり、時には人と恋に落ちたりと充実した生活を送る。そんなボブたちを見ていると、なんだか元気が湧いてくる。

 

ドラクエ3のような楽しさ

 数が増えたボブたちは、「ボブネット」を構築する。これはボブの最初のコピーの1人、ビルが開発した超光速通信技術「SCUT」を使ったネットワーク。SCUTを使えば、25光年以内なら遅滞なく即時の通信ができる。つまり、ボブたちが拠点を築いた各星系にルーターとしてSCUTを設置することで、全てのボブたちを遅滞なく繋ぐネットワークが完成するのだ。

 

 ビルはボブたちが各星系に散らばっていったあとでSCUTを開発したので、通常の通信手段でそれぞれのボブにSCUTの設計図を送り、現地のボブが装置を組み立てることで徐々に各ボブがボブネットに組み込まれていく。

 

 こうやってボブネットが広がっていく様子が、ゲーム「ドラゴンクエスト」で例えるなら、新しい町がルーラ*1に登録されていくのを見るようですごくワクワクする。

 

分別のあるオタク

 SFオタクたるボブは、事あるごとにSFネタをぶっこんでくる。基本的に、何かに名前を付ける時は大抵SFの登場人物の名前が使われると思っていい。

 

 「スター・トレック」や「スター・ウォーズ」は言わずもがな、「DUNE/砂の惑星」、「2001年宇宙の旅」、「All you need is kill」のような名作を始め、日本語圏では馴染みが薄いSF作品のネタでもお構いなしにぶっこんでくる。

 

 元ネタが分からないと、「オタクくんさぁ…」とちょっと呆れること必定。実際私もそうなった。

 

 とはいえ、多分自分が同じ境遇に置かれたらボブと同じことをするだろうなぁ、という自覚はある。だから、まぁいいか。いずれにせよ、ボブの初代のコピー、ライナスがインディアン座イプシロン星系に到着するシーンで「量子魔術師じゃん!」と興奮してしまった自分には、ボブのSFネタを責める資格はない。

 

 それに、ボブはちゃんと現実とフィクションを区別できている。滅亡しかけの異星人「デルタ人」を発見して、彼らに干渉するかどうかをボブたちが議論するシーン。議論の中で、「スター・トレック」シリーズの、異星文明には干渉しないという原則「最優先指令」が持ち出されるが、ボブは激しく反対してこのような皮肉を返す。

 

百年後にやってきた人たちに、ぼくたちが見つけた唯一の知性を持つ種族はあなたたちが来る一世紀ちょっと前に滅んだと説明するとき、それはぼくたちがテレビドラマの架空の規則を遵守したからだと伝えたなら、その人たちはきっと納得してくれるだろうな。

 

 結局ボブたちはデルタ人を保護することを決める。いずれにせよ、このセリフ一つをとっても、ボブは作品に入れ込むあまりフィクションと現実の区別がつかなくなるようなことはない、分別をわきまえた人間だということが分かる。

 

最後に

 ボブたちは果たして人類を救うことが出来るのか。そして、行く先々の資源を食い尽くす凶悪な敵「アザーズ」との決着は、ボブの恋の行方は?盛りだくさんな内容を含んだ三部作を、是非楽しんでほしい。

 

 現在、英語圏では三部作の途中で消息を断ったルークにまつわる4作目も出ているらしいので、翻訳を楽しみに待ちたいと思う。

 

追記:4作目「驚異のシリンダー世界」が、4/5から発売されました。やったぜ。感想は下の記事からどうぞ。

 

www.bookreview-of-sheep.com

 

 

 …それにしても、「レギオン」とか「レプリカント」とくると、どうしても「ニーア レプリカント」を思い出してしまう…。

 

*1:瞬間移動魔法。いったん登録した町なら、ルーラを唱えればすぐに訪れることが出来る

「並行世界」がテーマの小説を6つ紹介

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並行世界のイメージ

 並行世界とは、私たちのいる世界から分岐して存在する一種の異世界のことです。「パラレルワールド」とか「並行宇宙」とも呼ばれます。私たちのいる世界と並行世界は基本的には同じですが、どこかが決定的に違うのだとか。

 

 この記事では「並行世界って本当にあるの?」という検証や、量子力学の多世界解釈が云々という話はさておき、並行世界がテーマの小説を6つ紹介していきたいと思います。

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「宇宙【そら】へ」(メアリ・ロビネット・コワル)

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 差別やトラウマと闘いながら、主人公が女性宇宙飛行士を目指す「宇宙【そら】へ」(メアリ・ロビネット・コワル)。読んだ感想をまとめました。

 

 

宇宙【そら】へ あらすじ

 1952年、ワシントンDCに隕石が落下しアメリカ合衆国の首都が消滅。混乱の中、さらなる凶報が届く。隕石の落下で発生した大量の水蒸気により、近い将来に地球規模の気候変動が起こることが明らかになったのだ。人類は、地球を脱出しなくてはならなくなった。

 

 急ピッチで宇宙開発が進められる中、主人公のエルマ・ヨークは女性宇宙飛行士に志願する。エルマはパイロットとして大戦を戦い、計算手としても高い能力を持つ人材だった。しかし、国際航空宇宙機構は「女性は宇宙飛行士として採用しない」という方針を固めていた。

 

 陸軍航空軍婦人操縦士隊(WASP)の元同僚たちや、黒人のマートル、台湾人のヘレンなどの計算手たちとの協力のもと、「ガラスの天井」を打ち破るためのエルマの戦いがはじまった。

 

「ガラスの天井」

 「もしも宇宙開発が早い段階から進んでいたら」という歴史改変SFチックな幕開けで始まりますが、ジェンダーなどにまつわる差別の問題がメインテーマだったように思います。

 

  「ガラスの天井」とは、資質や才能がある女性やマイノリティが、一定以上の地位に昇進することを阻む組織内の障壁を意味します。建前上は、どこまでも高く昇って行けそうに見えても、見えないガラスの壁があってそれ以上は進めない。エルマたちはそんなガラスの天井を突き破って、宇宙を目指します。

 

 大学内のどう見てもいびつな男女比などの、ジェンダーの問題を垣間見てきた身としては非常にタイムリーな話題でした。マイノリティの活躍という面で言えば、 後書きで著者も触れているようにNASAの黒人計算手たちを描いた映画「ドリーム」を思わせるプロットでしたね。

 

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差別する側、される側

 性別だけでなく、人種、国籍、宗教、陣営など様々なことから差別は生じます。黒人の計算手マートル、台湾人のヘレン、そしてユダヤ系のヨーク夫妻など、生きにくさを感じるのはエルマ一人ではありません。大戦中にナチスドイツでV2ロケットの開発を行っていたフォン・ブラウンも「ナチの手先」として白い目でみられます。

 

 そして、差別の解消は一筋縄ではいきません。エルマはユダヤ系で女性という「差別される側」の属性を持っています。その一方で、白人という「差別する側」の属性も持っているし、フォン・ブラウンをナチの手先として拒絶したりもする。差別する側とされる側の境界は曖昧で、時に立場が入れ替わります。こうした、「差別の複雑さ」を描いているのも、「宇宙へ」の見所の一つです。

 

 

「吐き気」への恐怖

   エルマは大学生の時の経験から、人の注目を集めることにひどいトラウマを抱えています。できるだけ人の注目を集めたくない、そんなエルマの思惑とは裏腹に彼女は「レディ・アストロノート」としてメディアに引っ張りだこになってしまいます。

 

   そして、人前に出るストレスにさらされる度に彼女は「吐き気」に苦しめられます。ストレスが限界に達し、職場で戻してしまったエルマはそれまで頑なに拒んでいた薬を飲み始めますが、結局最後まで彼女は吐き気と付き合うことになります。

 

    私も経験がありますが、ストレスからくる吐き気ってマジで怖いんですよ。吐き気がこみ上げると本当に絶望します。吐いても楽にならないし、そもそも酔っぱらってもないのに人前で吐くとか絶対に嫌だ、という恐怖が勝って吐こうとしても吐けないこともあります。吐ける方がむしろ楽かもしれませんね。

 

   キューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」では、破壊衝動が起こる度に吐き気がこみ上げるように刷り込んで、犯罪者を更正させるという描写がありました。多分実際にやってみたら残酷なまでに効果があると思います。

 

   差別との戦いよりも苦しかったかもしれない、エルマの「吐き気」との戦い。よくぞ乗り越えられたものだと、エルマに拍手をおくりたいです。「ストーンオーシャン」のプッチ神父じゃなくても、落ち着くために素数を数えるのはアリだと私は思いますよ。

 

 

その他雑多な感想

 強いて残念なところを挙げるとすれば、「悪役」のパーカーのキャラクターをもっと掘り下げて欲しかったです。ヨーク一家やマートル夫妻などの家庭事情は詳しく描かれるのに、パーカーの家庭事情については夫婦の不仲を仄めかす思わせぶりな描写があるだけで、ほとんど語られないのはちょっと不公平な気もしました。

 

 あと、ヨーク夫妻が頻繁に二人で「ロケット打ち上げ」を行うのもちょっと嫌でしたね。夜にロケットを打ち上げるなとは言いませんが、同じ例えを何度も使うのはいかがなものかと。

 

 細かい話になりますが、歴史改変SFとはいえど史実に基づくエピソードを多く取り込んでおり、時々にやりとさせられるのも本作の良い点です。国際航空宇宙機構のメンバーがレイ・ブラッドベリの「火星年代記」を読んでいたり(「火星年代記」の出版は1950年)、女性宇宙飛行士実現運動のために、第二次大戦中の最優秀機ともいわれるP51マスタングを使った女性だけのエア・ショーを開催したり。個人的にはフォン・ブラウンが登場したのが一番嬉しかったですね。

 

続編では火星へ

 「宇宙へ」は<レディ・アストロノート>と名付けられた一大シリーズの発端という位置づけらしく、2021年7月14日には「火星へ」という続編の邦訳が出版されます。これを機に、ガラスの天井に挑み宇宙を目指す者たちの物語「宇宙へ」を読んでみてはいかがでしょうか。

 

 

宇宙における愛の意味とは 三体Ⅲ 死神永生(劉慈欣)

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 今更な気もしますが、「三体Ⅲ 死神永生」を読んで思ったことを備忘録代わりにまとめておきます。ネタバレメガ盛りです。ご注意ください。

 

「藍色空間」 の活躍

「死神永生」そして「球状閃電」へ

 果たして第三部「死神永生」では何が起こるのか。三体人が何らかの形で「呪文」を無効化して「三体人vs地球人」という図式が復活するのか、あるいは重力波システムがETOの残党によって作動させられ、人類が三体人もろとも破滅の危機を迎えるのか。そして、外宇宙へと消えた「藍色空間」と「青銅時代」に乗った新人類はどのような形で未来の人類の前に姿を現すのか?

 

 前作「黒暗森林」の考察記事でこんなことを書きましたが、まさか「藍色空間」(と「万有引力」)の乗組員たちが重力波送信を実行するとは… 。

 

 重力波送信や「四次元のかけら」との邂逅などの紆余曲折を経て、「藍色空間」の乗組員たちが新しい「世界」へと乗り出していくのが感慨深いですね。地球の人類たちが紀元が変わるごとにコロコロ態度を変えるのに対して、「藍色空間」の乗組員たちは始終一貫した姿勢を貫いていて好きです。

 

「エディプスの恋人」

 執剣者羅辑によって三体文明とのかりそめの平和が保たれていた「抑止紀元」には「社会の女性化」とも言える現象が起きます。 戦いや名誉を求める「男らしい」西暦人は排斥され、最大の功労者であるはずの羅辑でさえ「呪文」で一つの世界を滅ぼした罪で訴追されます。一見すると女性のようにしか見えないファッションが流行り、執剣者の座が程心に渡り、智子は優雅に着物を着こなします。

 

 まるで「エディプスの恋人」(筒井康隆)のような展開です。「エディプスの恋人」では作中での神的存在が男性から女性に交代することで、社会が女性化しました。「死神永生」で執剣者が羅辑から程心に交代するのと重なりますね。

 

 こうした「社会の女性化」は、「宇宙における愛の意味とは」というテーマにも繋がっていきます。

 

「愛」は敗北したのか?

 「黒暗森林」は家族愛が地球を救う「愛の勝利」を謳う一面を持っていたのに対して、「死神永生」は一見「愛の敗北」を示しているようにも見えます。

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  程心は名も知らぬ赤子と出会ったことで抑止紀元の世界への愛を自覚し、執剣者に立候補しました。しかし執剣者としての役割を果たすことには見事に失敗します。15分しか続かなかった執剣者としてのキャリア、そして心的ショックによる失明、「愛の敗北」は十分示されたかに見えますが、さらに追い打ちがかかります。

 

 「藍色空間」の乗組員による重力波送信後、光速推進ドライブの開発が人類の一つの目標となります。程心からの資本提供を受けた西暦人のウェイドは光速推進実用化まであと一歩のところまで行きますが、土壇場で程心は研究をストップさせました。反物質を使って人類文明を脅迫し、研究を続けようとするウェイドに程心は反発したのです。この時、程心の心にあの赤ん坊の姿があったことからも、人類の暴走を愛が止めるという「愛の勝利」が達成されたかに見えましたが…。

 

 「掩体紀元」が始まってから67年目、異星文明からの暗黒森林攻撃が「双対箔」という形で太陽系を襲います。そして皮肉にも、双対箔がもたらす二次元化を逃れる唯一の手段は、程心が愛をもって開発をストップさせた光速推進でした。愛はまたしてもしくじったのです

 

 愛の象徴である程心の、二つの失敗。「宇宙の中では愛など何の意味も持たない」そんなドライな結論を「三体」は示しているようにも見えます。

 

 しかし、太陽系の二次元化を逃れた後に程心はこんな言葉をかけられます。

人類世界がきみを選んだのは、つまり、生命その他すべてに愛情をもって接することを選んだということなんだよ。たとえそのためにどんなに大きな代償を支払うとしてもね。(中略)きみはやっぱり、間違ったことはしていない。愛はまちがいじゃないからね。

 

 暗黒森林の宇宙を生き残るために、愛は役に立たないかもしれない。しかし、愛は間違いではない。愛についてそんな結論を出した後、「死神永生」はさらに先へと進んでいきます。

 

 

「2001年宇宙の旅」

 時々、「この小説は一体どこまで行ってしまうのだろう」と読んでるときに不安になる小説と出会うことがあります。例えばそれは「はてしない物語」だったり、「火星年代記」であったり、「2001年宇宙の旅」だったりするのですが「死神永生」はまさにその類いの作品でした。

 

 太陽系の二次元化から脱出した程心と艾AAは雲天明が程心に贈った星へと向かいます。人類が滅んで主人公だけが生き延びるというぶっ飛んだ展開だったけど、雲天明と程心が再会してハッピーエンドかなと思いきや、まだ一波乱あります。

 

 光速が極端に低速化する曲率航跡の中に囚われたことで程心と関一帆は1890万年後の未来に飛ばされ、程心は雲天明が用意した「時の外」に到達します。そこで智子とも再会し、程心は「時の外の過去」を執筆。最後は、宇宙が無限膨張して死んでいくのを止めるために、程心たちが「時の外」を出て元の宇宙に回帰するシーンで終幕。

 

 …読んでいた時の感覚を「2001年宇宙の旅」に例えると、程心の太陽系脱出までがハルの反乱で、「時の外」到達以降が主人公のボーマンが「星の門」をくぐった後、という感じでした。読みはじめた時には想像もしなかったほど遠い場所まで連れていってくれる、そんな小説でした。

 

 

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